ざっくばらん介護保険 
「試算ではでは、個人生活の尊重にはほど遠い結果に」 


 福井和代(ホームヘルパー/在宅ケア研究会)記 
(日本在宅ケア・ネットワーク発行「こむ」6号から抜粋)

 不足分は市区町村の持ち出しか自費で!? 


 当初、国民の介護不安はこれで解決ばかりに宣伝され、いまは打ち出の小槌ではないと
言明されているこの介護保険法案。「4回流産したが、今度は生ませてほしい。産まれる
前から悪い子と決めつけないでほしい」と厚生省はいうけれど、国民に負担を押しつけて
いることに変わるはない。介護保険が悪いというのではない。中身が問題なのだ。
 
 介護保険で賄えるサービスは必要量の50%にも満たないだろう。あとは、市区町村の
持ち出しか個人の自費購入、または民間の介護保険で賄えというのが実際であろう。誇張
ではない。女性にとって切実な家族介護の問題も解決していない。施設入所にしても、ボ
ーダーラインの虚弱老人は行き場がなくなる不安もある。介護保険導入によって新たな問
題が噴出してくるのではないか。


 利用者の味方でありつづけられるのか? 


 現場も迷いが深い。この私にしても疑問はあってもこの流れに乗り遅れず、公務員ヘル
パーとしてどう役割を担っていけばいいのかと、少し浮き足だっている。介護支援専門員
の資格をとり、ケアプランに関わり、新しい時代の役割に加わっていくことが必要なのか。
しかし、結局はランクづけされた利用者に対し、自己決定を踏みにじり、「寝たきりの方
が得するよ」とささやくはめになるのか。

 
 勇気をもって現場からの発言を 
 

 1997年10月24日付の日本経済新聞では、自治体の不安の強さが調査で明らかに
された。勇気をもっていったん廃案にすべきという記事にほっとした。裸の王様に真実を
告げる勇気、自分の目で見たこと、考えたことを率直にいうことはたいせつではないか。
「そもそも、個人の生活を、介護を数量化できるのか」と、私が最初にもった疑問に対す
る明快な解答を私はまだ得ていない。いま現在の利用者がおおよそランクづけられるであ
ろう介護度を想定して、ヘルパーの援助を試算してみた時、人々の個人生活の尊重にはほ
ど遠い結果に唖然とした。もちろん、試算の仕方が悪いといわれればそれまでだが・・。
ヘルパーの援助内容、形態について変化が必然なのであれば、人々の心に沿った、人権を
尊重した福祉の理念も危うくなるのではないか。

 秋の夜のヘルパーの妄語録である。





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