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冠木門の裏
冠木門は三の丸の入口にあたる門で、この城の大手門だったようです。写真左端には、現在の鶴山公園入口になっているゲートが少し写っています。 中央は冠木門の内側から撮った石垣で、勾配が綺麗ですね。
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表中門
別名二の丸門で、三の丸から二の丸への門です。ここの石段はこの城で一番広いですね。実は、写真中央には人が3人写っているのです。 二の丸から本丸へは切手門、表鉄門と、一転して狭い所を何度も折り返すことになります。
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天守曲輪 五番門
天守曲輪の虎口とされている門跡で、非常に狭い空間です。天守曲輪には五〜八番門の所在の明示はあるのですが、一〜四番門の明示はなく所在が分かりません。
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天守台
かつての層塔型五層天守の天守台で、天守は福岡の小倉城をモデルにしたようです。 忠政が築城にあたり小倉城を手本にするよう指示したところ、作事奉行が小倉で見取図をとっているところを見つかってしまいました。しかし率直に事情を打ち明けたところ、藩主細川忠興は快く城内を案内させたという伝承があります。
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天守台から
天守台の階段付近で撮ったものです。天守曲輪を区画している多聞櫓の石垣と、さほど高さに変わりなく、若干天守台のほうが高い程度です。 写真左上には八番門跡の入口があります。
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粟積櫓
小天守といわれた粟積櫓があったところです。勾配のきつい石垣はみごとですね。上に登ると城の北側の市内が一望できますが、柵がありませんので気をつけて下さい。
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本丸から
本丸東側には巨大な石垣の塀が立ちふさがっています。写真左端には月見櫓、中央には矢切櫓、右端には太鼓櫓があり、それぞれ多聞櫓で結ばれていたようです。 階段が”ハ”の字状にあるのが分かりますか?
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裏中門
裏鉄門、裏中門、裏下門が搦手のルートにあたり、緩やかな大手側と比べ、一気に降りていく感があります。写真はハレーションで見づらいですが、中央上には本丸の石垣があります。 搦手側は木々が多く少しジメジメしてますね。
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裏下門付近の高石垣
写真左の木のあたりが裏下門にあたります。このあたりの石垣は圧巻ですが、写真は綺麗に撮れませんでした。 津山城が築城された時期は、築城技術の最盛期であり、規模の大きな打ち込みハギの石垣は、国内でも有数のものでしょう。