ツツジヶ丘

日本の夏は三つの季節を含んでいます。むせ返るばかりの若葉が山野に満ち、青空に鯉のぼり

が泳ぎ、シャクナゲの咲く五月から、来る日も来る日も曇天が続き、雨に濡れて紫陽花のひっそりと

咲く梅雨を経て、炎暑が列島をおおいつくす七月へ ・・・・・・  この豊かな季節は自然をたたえ涼を求

める懐かしい風物詩に彩られます。一年を通じて心身ともにリフレシュし、自己啓発出来る時期はそ

う長くありません。その中でもこの季節は最適と申せましょう。

芽吹きの季節も過ぎ、本格的に春が訪れると、野山の雑木林をはじめ里の庭、公園などで色鮮やかに

咲くツツジ。眩しいまでに輝き、あたり一面を錦に飾るその花色には、ほかの春の花とはまた違

った華やかさがある。ツツジは古くから日本中に自生し、我々には馴染み深い春花のひとつ。万葉人は

ツツジをことに愛でたらしく、桜の花などとともに同格に扱っていた。柿本人麿も 「万葉集」 のなかで、

桜とともに、山道沿いに咲くツツジを愛しい美女にたとえて恋歌を詠んでいる。

物思はず 路行く行くも 青山を ふり放(さ)け見れば つつじ花 香少女(にほえをとめ)

桜花 栄少女(さかえをとめ) 汝をぞも われに寄すとふ ・・・・・・

時鳥(ホトトギス)は新緑が盛りを迎える五月に南方から渡来する夏鳥。 古来から詩歌や文学に登場

初夏を告げるその鳴き声が待たれていた。 「 てっぺんかけた 」 「 特許許可局 」 とも 聞える鳴き声で

高らかに鳴く。 それは日中に限らず夜中までも、その独特の鳴き声が響わたります。 昼間はウグイス

と華麗な二重奏を奏でますが、自らは巣も作らず、雛も育てない。ちゃっかりとウグイスの巣に、その

卵を産み落としすべてを託す鳥として有名です。「 うめにうぐいす 」 の組み合わせに対 して 「 ふじ

にほととぎす 」 が合うとされますが、この花の時期に鳴く鳥の声を、昔の人は身近に聞いて知っていた

のにちがいありません。

木漏れ日のなか、自然が発散する馥郁たる香りを吸収し、森のなかを歩くことを森林浴と称する。森のエ

ネルギーに触れ、身心ともに安らぎ、さわやかになる。まさにこれが森林浴の効用である。これは森の木

々が放つ、「フィトンチッド」 と呼ばれる芳香物質によるもの。この匂いは本来、害虫や病原菌を寄せつけ

ないようにと、植物の自己防衛のために発散される。しかし原始の頃、何万年もの間、森で暮らしてきた人

類にとって、ふるさとともいえる森の香りは郷愁そのもの。事実、フィトンチッドを嗅ぐと、自律神経の働

きが活発になるなど、人体に有効であることが実証されている。心弾む五月、豊かな木々の香りを全身で

感じとりたい。

田植えといっても前準備が必要です。まず春鋤きをして土を掘り起こします。イネの苗を育てるためモミを

苗代に蒔く、二十日で10cm に育つ。 田植えの二週間〜十日前に水が抜けるのを防ぐ 「代掻き」 を、更

に田植えの1週間〜4、5日前に 「植えしろ」 をして、いよいよ田植えとなります。「五月晴れ」の元の意味

は、梅雨の晴れ間をさすという。梅雨に入ればもうあらかた田植えは終わっている。それでもまだ少し苗代

から移した苗が植え付けを待っているし、鋤きかえしたばかりの田んぼもある。一昔前のごちゃごちゃした

水田に比べ、近頃の水田は整然としてきれいになった。農村の風景が変わったのは昭和38年からはじま

った国の圃(ほ)場整備の影響だ。「21世紀型水田農業」の基板整備を目指して、田畑を整然と区画し、

農作業の機械化、省力化を推進してきた。長方形の区画は一回り大きくなったし、畦畔も蛇行せず、幾何

学的な一直線になっている。一昔前に牛が鋤いていたものがトラクタ-に、人海戦術で植えていた田植え

が田植え機に変わった水田風景が広がります。昔は短い期間に多くの労働力を集中する田植えは、稲

作全労力の四分の一強、10アール当たり二十五時間を要した。この単調で長時間の重労働であるから、

大勢で一緒に行い、田植唄や田植えばやしによって激励・強調をはかって進めた。だからこの重労働を

機械化によって省力化することは永年の農家の夢であったわけだ。機械化に拍車がかかってからは、手

植えの十分の一の時間で、しかも1〜2人の家族労働だけで田植えをすますことが可能になった。今や田

植えの時期は、のどかな田植唄の昔に代わり、エンジンの轟音とともにわずか数日で終わってしまう。

人々はあわただしくまた町に働きに出てしまい、静寂さをとり戻した水田には、カッコウ、ホトトギスが鳴く

みである。

田植えは裏作をしていた頃や、田植えの機械化以前は今と比べずっと遅かった。裏作がなくなったり、機

械化により幼い苗を植えることになったので、本田期間を長くとる必要が生じたこと、稲の開花期が二百

十日の台風期を避け、害虫発生期も回避するなどから、昔よりは半月から一ヶ月早く田植えをする。早期

栽培が普及し、農村の夏は、昔よりずっと早く始まるようになったわけである。その田植えの時期も各々

の農家の事情もあるでしょうが、傾向的に遅くなってきてるようです。それは地球温暖化が影響しているよ

うです。通常、穂が出てから35〜40日で刈り取りますから、八月に穂が出て、九月終わりから十月に収穫

するのが普通でした。ところが最近は温暖化で早く穂が出て、穂が暑い日にさらされて米の品質が落ちる

のです。美味しい米を作るには、穂が出てからは涼しくなる必要があるのです。ですから最近は田植えの

時期を1〜2週間遅くする農家が増えているのです。地球温暖化が様々な生態系に影響を及ぼしており

ますが、田植えも例外ではないようです。

田に水が張られました。いよいよ田植えの始まりです。しばらくすると案山子も見られるようになります。

案山子は鳥にいかに人間と思わせること、鳥の目をごまかすことがポイントになる。この案山子はまさに人と

見違えるほどのものである。農家の人の案山子に込める想いは様々であろうから、軽々に推し測れない。

鳥獣対策にとどまらず、古き、よき時代を懐かしむ気持ちや田んぼに彩をそえる 「遊び心」 を具現化してい

るのもあるかもしれない。作業の手間を厭わず創った渾身の作品は懐かしさに彩られたこころあたたまる夏

の風物詩といえましょう。