
このまま君だけを奪い去りたい
静かに 佇(たたず)む 街並み はしゃぎ疲れ ただ優しく
忘れたはずの このさみしさ ムネの扉 たたいた
君の瞳には ボクが にじんで 消えゆく 愛を しった
このまま君だけを 奪い去りたい やがて朝の光 訪れる前に
そしてまたあの日見た 夢を叶えよう 二人素直なままの瞳で
いつまでも信じていたいよ 心震えるほど 愛しいから
懐かしいブル−の雨傘 ざわめく街で 君に会った
うつむき 歩く そのくせは 今も あの日のままだね
ふいに呼び止められ 笑いあえたら 言葉さえもいらない
このまま君だけを 奪い去りたい 胸の奥でそう 叫んでいるようだ
誰一人 わからない 遠い世界で君を守ろう 心燃やして
いつまでも抱きしめあいたい 永遠(とわ)に戻ることのない 時の中で
このまま君だけを 奪い去りたい やがて朝の光 訪れる前に
そしてまたあの日見た 夢を叶えよう 二人素直なままの瞳で
このまま君だけを 奪い去りたい やがて朝の光 訪れる前に
そしてまたあの日見た 夢を叶えよう 二人素直なままの瞳で
いつまでも信じていたいよ 心震えるほど 愛しいから
− DEEN −

ツバメが低く飛ぶと雨が降るといわれます。低気圧が近づいて空気中の湿度が高くなると餌となる虫が高く飛べなくなるからです。 天気予報には数値予報
を使用した現在の科学的なものの他に、昔の人は観天望気といって、空の状況を観察して、天気の予測をします。 雲の形や流れ、風の吹き方や太陽や月
の見え方などから経験的に予想するという方法です。また、動物や植物の行動や観察から短期間の天気や季節の予報を行うという方法、天気のことわざと
いったり、天気俚諺(てんきりげん)というのもあります。
ツバメは、ある意味では鳥の代表であるといえる。というのは、鳥とは空を飛ぶ動物であり、ツバメは空中を飛び続けながら餌をとる数少ない鳥の代表といえ
るからである。大多数の鳥にとっては、主食は植物の種子や実であり、地上や樹上にいる小動物である。だから、彼らは枝や茎にとまったり地上を歩いたり
して餌をとる。彼らが飛ぶのは場所を移るためであって、餌をとるためではない。だが、ツバメは飛びながら餌をとるし、飛びながらしか餌をとらない。彼らの
細長いつばさや弱い足といた形態はそれと関連している。これこそ空を飛ぶ動物としての鳥の代表にふさわしいといえよう。ツバメは空中を飛んでいる小さ
な昆虫を食べている。空中には小昆虫が予想外に多いことがわかってきている。それらは温帯や寒帯では冬には極端に少なくなってしまう。だからこそツ
バメは秋になると南方へ渡り、春にまた帰ってくるのである。

春と秋に日本列島を縦断し、長距離の旅をする蝶(ちょう)アサギマダラ。翅(はね)を広げた大きさが10�aほどで、アゲハチョウくらいの大きさである。翅に
淡い浅葱色(あさぎいろ、薄い水色に近い色)のまだら模様があることから、この名前が付けられている。アサギマダラは、地上付近ではふわりふわりと優雅
に舞うように飛ぶが、鳥などに捕食されることはほとんどない。それは体内に毒をもっているからである。毒と言っても誤って食べた鳥が嘔吐(おうと)する
程度で、人がさわっても問題はない。春には沖縄・台湾から本州・北海道へ北上することや、秋には北海道・本州から沖縄や台湾まで南下をすることが明ら
かになり、その移動距離が約2000�`を超えるものもあることが分かってきている。地上で優雅に飛ぶアサギマダラは、一度舞い上がると、ワシやタカのように
翅をはばたかず、上昇気流にのっている姿から、うまく風に乗っていることで長距離移動を可能にしていると考えられる。当地でもこの生態を研究する御仁
に粟野海岸でお会いしている。山陽小野田市のアサギマダラの会会員、福村拓己さん。初夏のアサギマダラは海のそばの草むら(ムラサキ科の海浜植物、
スナビキソウ)の花の蜜をもとめて飛んでいる。北上中に卵を産み、それがふかして今度は秋に南下するなど薀蓄をかたむけはじめ、しばし会話が弾んだ。

薄明という言葉があります。日の出のすぐ前、日の入りのすぐ後の、空が薄明るい(薄暗い)時のことである。わずかな時間ではあるが、照明がなくても屋外
作業ができるわけだ。でも人が真っ先に感じるのは、突然に日が長くなった、短くなったという感覚、心持である。急に ・ ・ ・ の感覚なのである。日が長くなっ
たなと感じるのは、夏至にあらず、春のほうだ。逆に日が短くなったと感じるのは、冬至ではなく、つるべ落としの秋の日のほうだ。
我が家の近くに黄色の花の群生地があります。これだけあると圧倒的な景観を楽しめます。これは外来種で農家の厄介者らしい。嫌われても何のその、たく
ましく繁殖している。秋にやはり黄色に咲くセイタカアワダチソウも外来種だ。農家の人からは草刈機や除草剤の標的され、目の敵にされる邪魔者でも道行
く人々には綺麗で楽しませてくれる。こういう野生の花は、控え目で決してスタ−とはなりえませんが、素朴さと道行く人々を和ませてくれる清涼感があります。


田んぼに水入れが始まると、乾いた田は水の世界になります。水田には鳥のサギが集ってきます。サギの多くは魚やカエル、ザリガニなどをエサにするた
め水辺をすみかとしています。近くのため池の林などにサギ山と呼ばれる集団繁殖地(コロニ−)を形成しています。サギの他にカモもいます。田植えが始
まった田んぼには生き物たちの小宇宙があります。トンボの生地は田んぼである。ヤゴは10回の脱皮を繰り返し、羽化して成虫のトンボになります。日増し
に増える昆虫を求めて鳥たちが集まってきます。田んぼに入ってくるものは昆虫や鳥だけではありません。メダカ、フナ、コイからドジョウ、ナマズのようなも
のまで入ってくる。目的は子孫を残すこと、産卵のためである。初夏の田んぼは、さまざまな生き物たちでにぎわいますが、同時に命をか>けた壮絶な闘い
が繰り広げられます。


我が家の近くの田んぼでは田植え前の最後の作業が続いています。田起こしが完了した田んぼに水を張って、土をさらに細かく砕き、丁寧にかき混ぜて、
土の表面を平らにする代掻きが始まっています。代掻きは稲をしっかりと育てるため、田植えの前に行う重要な準備です。代掻きは通常二回、間をおいて
行います。一回目は水をやや少なめに入れ、二回目はやや多めに入れます。一回目を荒代、二回目を植代といいます。一般に、荒代は田植えの三日か
ら一週間前、植代(本代)は田植えの2〜3日前ぐらいとされる。



毎年5月10日〜16日は「愛鳥週間」です。「バ−ドウイ−ク」と呼ばれることもあります。この時期は、野鳥の繁殖期に重なります。新緑の野山を歩くと、野鳥
たちの声に心が癒されることも多い。ウグイスの鳴き声が頻繁に聞こえてきます。美しいさえずりは、鳥たちの求愛の歌でもあり、縄張り宣言でもあり、ライバ
ルに対する威嚇でもあるのです。のどかに歌っているように聞こえますが、厳しい自然の中で、野鳥たちは必死でいのちをつなごうとしているのです。花と
鳥と風と月。この4つを自然の美しい景色の代表として生まれた言葉が「花鳥風月」です。このことからも、鳥は古来、日本人の暮らしを彩り、情緒や感性の
形成に大きく影響してきたことがうかがえます。
5月10日は「母の日」です。五年前の5月に母は他界しました、享年95歳。山の作業に邁進する傍ら、寝たきりの介護を最後までやってきた。朝、サジで
朝食を与えていたら、容体が悪化、救急車で病院へ、急性呼吸不全だった。肺の機能低下によって、全身に酸素が回らなくなったようだ。まだ二年ぐらい
は生きられると思っていたので、まさに青天の霹靂だった。気づかなかったが、かなり弱っていたようだ。介護施設への入所は嫌って自宅での介護を熱望
していた。何があろうとも天命と思って介護に当たっていた。病院への通院から自宅介護を入れれば、20年近く介護したことになる。その母が好きだった花
がアジサイだった。
新しいアジサイ群を数年前に造ったが、度重なる鹿の食害で全滅した。そこで意を決して網で囲むことにした。昨年のことである。その成果か、鹿の被害
はなく、無事に育ちきれいな花をみることができた。ところが一年経った現在、葉があまり出てこない、出てもとても小さい。これでは花は無理だろう。花が
終わってからの管理が不十分、甘かったようだ。ここは元々孟宗林で土壌は良くなかったところで、土壌が痩せていた。今回網を広げて新しい苗を植えた
から、昨年までのアジサイが咲かなくても楽しめるだろう。
鹿の被害は桜や花菖蒲だけでなく、アジサイも例外ではありません。アジサイにはアルカロイドの一種 「フェブリフギン」 が含まれているため、食べると食
中毒を起こすと言われています。なぜシカやイノシシがアジサイを食べられるかですが、草食動物は順応と解毒という方法で対応している。順応:毒のあ
る植物を少しずつ食べていくことで、腸内細菌が毒を分解する酵素を出すようになり、体が順応できるようになると本格的に食用にするという方法。解毒:
土や粘度を舐めることでCa(カルシウム)、Mg(マグネシウム)、Na(ナトリウム)、Fe(鉄)、Mn(マンガン)、P(リン)などを摂り込んで、植物に含まれるシア
ン化物、アルカロイド、サポニン、タンニン、ニコチンなどを解毒する方法。草食動物と植物は常に戦っています。食べられたくない植物は、食べられない
ようにシアン化物、アルカロイド、サポニン、タンニン、ニコチンなどの毒を持ち、何としても食べたい草食動物が解毒作用を身に付けるという生存競争が
常に繰り広げられているわけです。

今まで別ル−トで三回登った下関の竜王山ではなく、こちらは山陽小野田の竜王山です。西日本有数のヒメボタルの生息地として知られる山陽小野田・
竜王山で現在、今年もヒメボタルが見頃を迎えている。ヒメボタルはゲンジボタルやヘイケボタルより一回り小さい。短い間隔で点滅する光を放つのが特
徴。ゲンジボタルは一分間に、30〜40回ほどゆっくりと光ります。このヒメホタルに関してはその倍以上、一秒間に2〜3回も点滅します。車のウインカ−よ
りも短く、ピカピカとフラッシュのようなので 「点滅」 という言葉がしっくりきます。ヒメボタルは源平の二種より活動時刻が遅く深夜に花嫁を探す。花嫁を探
すといえば、雄だけが群れになって一緒に明滅を繰り返す壮観が、ゲンジボタルの特徴。地上の草や岩の上にいる雌に愛の光を送って探すわけだ。生
物としてまっとうな行為である逢い引きを我々は特別な感情で眺めていることになる。竜王山では毎年、山の中腹から山頂にかけての登山道や雑木林の
中や車道などで、金色の光をきらめかせながら舞うヒメホタルを観察でき、幻想的な光景を見ることができる。ゲンジボタルに比べて、光が少し黄色がか
っている。
ゲンジボタル : ゆっくりと尾を引くように発光、光る回数は一分間に30〜40回
ヘイケボタル : やや速く息づくように発光、光る回数は一分間に110〜120回
ヒメボタル : 断続的な光を放つ、約1秒に1回規則的に発光
5月に入り、九州各地でホタルの数が多くなってきました。ホタル前線は関門海峡を渡り、ゆっくり北上を続け、関東でもホタルが出現し始めています。
ホタルの里として知られる下関市豊田町の一の俣川周辺でゲンジボタルが出現し始めている。同町荒木では午後8時ごろから同9時ごろにかけてたくさん
のホタルが飛び交い、光の軌跡を描く。一の俣川のゲンジボタルは例年5月下旬に出現のピ−クを迎える。同町木屋川では6月中旬にピ−クを迎える見
通し。時期と気候があえば、クリスマスツリ−のような光が川岸をうめつくし、幾千万もの光の乱舞が目を奪います。川岸に点滅する光の帯が幻想的な世
界へと導いてくれます。

ホタルは6月に産卵をし、7月頃に卵からかえると幼虫は水中へ入り、脱皮を繰り返しながら成長します。そして4月頃に陸へ上がると、今度は土の中でサ
ナギになり、6月頃に羽化。成虫となったホタルは、恋の相手を探すため、お腹の光を点滅させながら飛び回ります。ホタルが飛び交う時期は、おおよそ
5月下旬から6月中旬頃ですが、地域や気候、ホタルの種類などによって違ってきます。日本の温かい南の地域から徐々に北上していく「ホタル前線」は
、桜の開花のようで面白いです。ホタルの出現率は、その日の天候にも左右されます。風が少なく湿っていて暖かい日には、ホタルが活発に活動します
。時間帯はだいたい20時頃がピ−クのようです。ホタルは「きれいな川にしかいない」とよく言われていますが、まさしくその通り。近代化による開発や水
質汚染などによって、ホタルの数が減った地域もあります。そのため、ホタルが飛び交う美しい川を取り戻そうと、川辺の生物の住処になる水生植物や樹
木を植樹したり、川を清掃したり、ホタルのエサとなるカワニナが生息しやすい環境を整えたり、といった活動が各地で行われています。成虫になって、数
日しか生きられないホタル。翌年も美しいホタルの乱舞を見るためにも捕まえたりせず、川岸へ近づくときには、ホタルを踏みつけてしまわないよう気を付
けましょう。水場ですからマムシがいる可能性があります。川岸に近づきすぎないようにするのが無難です。

12日の朝、ホトトギスが鳴いていました。「特許許可局」 「てっぺんかけた」 とも聞こえる奇妙な鳴き声だからすぐわかり。昨年と一日違いだ。ホトトギスの鳴き
声が高らかにこだまします。花菖蒲の声を聞くと田植えの合図。ホトトギスの渡来を知り、田植えの準備に取り掛かり、コブシの花が咲き始めたら苗代に稲の
タネをまく、そして田植えはアヤメから始まって花菖蒲で終わる、これらは自然から教えられてきた農作業の目安だった。
田植えとは、田んぼに稲の苗を植えることを指します。このため、稲は種から苗に育つまで、ビニ−ルハウスなどで育てる必要があります。これは、種まき後に積算温度(水温×日数)が保たれると発芽することから、10〜25度に保てるよう一定の温度管理が必要なためです。発芽の後、苗の高さが12〜15cmまで成長し、本葉が3〜5枚になったら田植えできます。これが、種まきからおよそ20〜40日後のことです。 また、田植えをするためには外気温も重要です。気温が10度以下になると苗の成長が止まったり、最悪の場合枯れてしまったりする可能性があるため、外気温が14度以上になってから植えるのが目安です。これらの条件を合わせると、およそ4〜6月、主に5月ごろに田植えをする農家が多い。
一昔前のごちゃごちゃした水田に比べ、近頃の水田は整然としてきれいになった。農村の風景が変わったのは昭和38年からはじまった国の圃(ほ)場整備
の影響だ。「21世紀型水田農業」の基板整備を目指して、田畑を整然と区画し、農作業の機械化、省力化を推進してきた。長方形の区画は一回り大きくな
ったし、畦畔も蛇行せず、幾何学的な一直線になっている。一昔前に牛が鋤いていたものがトラクタ-に、人海戦術で植えていた田植えが田植え機に変わ
った水田風景が広がります。
長門の油谷では、田植えが盛んに行われています。当地豊北町よりも早い傾向です。苗を植えている田植え機はまさに魔法のような機械だ。何とも素晴ら
しい農機具である。見れば見るほどほれぼれとする。人間の英知の凄さを感じます。昔は短い期間に多くの労働力を集中する田植えは、稲作全労力の四
分の一強、10ア−ル当たり二十五時間を要した。この単調で長時間の重労働であるから、大勢で一緒に行い、田植唄や田植えばやしによって激励・強調
をはかって進めた。だからこの重労働を機械化によって省力化することは長年の農家の夢であったわけだ。機械化に拍車がかかってからは、手植えの十
分の一の時間で、しかも1〜2人の家族労働だけで田植えをすますことが可能になった。今や田植えの時期は、のどかな田植唄の昔に代わり、エンジンの
轟音とともにわずか一日で終わってしまう。


ホトトギスは夏の鳥であり、渡り鳥である。インドから中国南部で越冬する個体群が5月頃になると中国北部、朝鮮半島、日本に渡ってくる。日本には5月中
旬ごろにくる。他の渡り鳥よりも渡来時期が遅いのは、托卵の習性のために対象とする鳥の繁殖が始まるのにあわせることと、食性の毛虫類を捕食するた
め早春に渡来すると餌にありつけないためである。ホトトギスが渡来する時期は、田植えの時期であり、その鳴き声は田植えの時期を告げる鳥として古くから
知られている。
山口県下関市が水揚げ量日本一を誇るアンコウの供養祭が行われました。下関漁港で行われた供養祭には水産関係者などおよそ50人が参加しました。祭壇には11日水揚げされたアンコウが奉納され、参加者は玉串を捧げて感謝を伝えていました。 今シ−ズンは機材のトラブルが少なく安定して漁に出られたことなどからアンコウの水揚げ量は去年を8トン上回る197トンでした。下関漁港のアンコウの水揚げは、24年連続で水揚げ量日本一を達成しています。水揚げ量日本一の座は今年も譲らなかったものの中東情勢の影響などから苦しい状況もあるということです。 そんな中でもアンコウのおいしさを知ってもらおうと市内のこども食堂に対しおよそ1000食分のアンコウの切り身がプレゼントされました。 供養祭の参加者にはアンコウのから揚げがふるまわれ、みな揚げたてを笑顔でほおばっていました。

雨が10日も降らない。日中も25℃以上の夏日をうかがう日が続いています。今年初めての夏を迎える植えたばかりの桜の苗にはこの乾燥はきつい状況にな
っているだろう。次の雨の予報は一週間先になりそうだから、灯油缶五杯分の水をその植えたばかりの桜の苗へ運んだ。最近は膝が弱って、水をかかえて山
を歩くのはきつい。
ホトトギスが日本へ渡来するのは5月中旬頃。他の渡り鳥より渡来時期が遅いのは、ホトトギスには、他の鳥が作り終えた巣に卵を産みつけ、子育ても全て
任せてしまうという「托卵」の習性があるためで、托卵の相手はウグイスが多いようです。ホトトギスの親は、ウグイスが巣から離れている隙に卵を産みつけ、
卵の数が不自然にならないようウグイスの卵を巣から落として数を合わせます。ウグイスはそれに気づかず、ホトトギスの卵も一緒に暖めていきます。数日後
、ウグイスよりも先に、ホトトギスのヒナが産まれると、ホトトギスのヒナは、まだ生まれていないウグイスの卵を全て落としてしまうのです。それでもウグイスは、ホ
トトギスのヒナにエサを運んで育て続け、やがて巣立っていくのです。人間の社会からすれば、こうした習性はとても許されないものです。

トラクタ−が稼動している隣りの田んぼでは、畦の雑草を刈り取ったのを焼く光景も見られます。虫の防除だけでなく、刈り取った雑草をいつまでも放置して
おくと次の刈り取りの妨げになる。高温多湿で生態系が豊かな日本の農業では、その分数多くの虫や菌が発生し、農家は一年をかけて防除・防虫・殺菌と
いった対策に追われます。米農家の場合、カメムシの防除は必須といえます。というのも、カメムシ類が吸汁した米は変色して黒い斑点が生まれ、「斑点米」
として市場価格が下落します。田んぼの畦の草を刈るのは、見栄えをよくするためだけではないのです。

里山などに生育する国内最大の水生昆虫ダガメの売買や販売目的の捕獲が禁止されてから久しい。カエルや魚などを獲物にし 「田んぼの王者」 とも呼
ばれるダガメ。かっては全国にいたが、近年は姿を見るのも困難になっていた。規制導入で、減少を食い止められたのか。かっての水田にはカエル、ヤ
ゴ、メダカ、フナ、コイからドジョウ、ナマズのようなものまでおり、生き物たちの小宇宙があった。そのダガメだが、主な餌であったドジョウやフナが水田か
ら姿を消してからは、カエルが最も重要な餌になった。そのカエルを狙うヘビも標的になる。自分の体長の数倍になるものも標的の例外でない。

ダガメ同様ゲンゴロウもいます。肉食性で、成虫は捕まえたエサをかじって食べます。幼虫はエサを大あごで挟み、消化液を注入して溶かしたものを吸
います。ふ化した幼虫は三回脱皮して蛹になります。野外での寿命は約3年です。

岳山に朝日が昇リだすころの水田をみるのは楽しい。桜山からみる光景は素晴らしい。田植え前の水をためた状態がいいのだ。カエルが鳴き、少し暗い幻
想的なたたずまいがいいのだ。水田が鏡面のようにあたりの景色を映りだしている。


国勢調査は5年に1度行われ、今回は去年10月1日現在の数値となっています。 山口県の人口は1236万4006人で、前回=2020年と比べ7万8053人、率にして5.8%減少しています。 減少数・率ともに1920年に始まった国勢調査で過去最大となっています。 県内全ての市町で人口が減り、最も減少数が多かったのが下関市で、1万7159人。減少率が最も高かったのは上関町の19.2%で、人口は1893人と初めて2000人を割り込みました。 最も減少率が低いのは下松市で、1.5%のマイナスでした。 これは市町から提出された集計結果を県が独自に集計したもので、総務省は29日に速報値を、9月に確定値を公表する予定です。
稲作は農家の事情により、早く済ませるところもあれば、のんびりと遅い家もあります。長門方面は当地よりも早い傾向のようです。豊北町では、これからにな
ります。今頃になって荒起こしをしているところもありますが、大半は田に水を張っている状況です。あちらこちらでトラクタ−が稼動して田んぼは賑やかです
。滝部や田耕ではもう田植えが終わっているところもあります。
高温多湿の日本では、すぐに雑草がはびこります。そのため、昔は米作りの所要時間の半分近くが雑草取りと言えるほどでした。今日は、稲を痛めずに雑
草だけを選択しながら防除する除草剤があり、広く使用されています。田植えの7日〜10日後、苗が活着した頃に1回目の除草剤を散布します。除草剤には
、液状のものと粒状のものがあります。散布方法で威力を発揮するのが背負動噴です。田んぼの中に入って粒状の除草剤を手でまくのは大変です。背負
動噴なら、畦から遠くへ飛ばすこともできます。畦道の雑草には除草剤を使わずに、鎌や刈払機で刈り取る場合がほとんどです。これは雑草の根が張り、
畦を強化しているからです。除草剤を使うと、根まで枯らしてしまい、畦が弱くなって崩れたり、水が漏れたりする原因となります。


背中に担いでいる背負動噴は万能機、これで一台で粒状農薬・肥料・粉剤を散布できまる。田植え前なら、肥料や藻の除去のための薬剤散布。田植え後
であれば、除草剤を撒いている。

田植えが始まりました。田植え機、何とも素晴らしい農機具である。見れば見るほどほれぼれとする。人間の英知の凄さを感じます。昔は短い期間に多くの
労働力を集中する田植えは、一昔前に牛が鋤いていたものがトラクタ-に、人海戦術で植えていた田植えが田植え機に変わった水田風景が広がります。昔
は短い期間に多くの労働力を集中する田植えは、稲作全労力の四分の一強、10ア−ル当たり二十五時間を要した。この単調で長時間の重労働であるか
ら、大勢で一緒に行い、田植唄や田植えばやしによって激励・強調をはかって進めた。だからこの重労働を機械化によって省力化することは長年の農家
の夢であったわけだ。機械化に拍車がかかってからは、手植えの十分の一の時間で、しかも1〜2人の家族労働だけで田植えをすますことが可能になった
。今や田植えの時期は、のどかな田植唄の昔に代わり、エンジンの轟音とともにわずか数日で終わってしまう。
夫婦二人三脚は田植えにおいてもみることができます。奥さんの仕事は苗運びです。ビニ−ルハウスから苗を軽トラに積み込み、水田に運びます。一反あ
たり苗箱約22枚の苗を植え付けます。主人の田植え機に苗箱をスム−ズに載せられるように、田んぼを行き来します。植え付けて行く田植え機を畦で静か
に見守る姿がみられます。

ウツギが咲き出しました。卯(う)の花ともいう。この花をみると梅雨が近いと思います。卯の花腐(くた)しという言葉があります。5月ころの梅雨型の長雨で卯
の花を腐らせるような長雨という意味。ウツギは日本の山野でよくみられる落葉性の低木。名前の由来は枝の芯が空洞なので 「空ろな木=空木」 、もしくは
旧暦の4月(卯月)頃に花を咲かせるので 「卯木」 となったとされます。別名の卯の花は 「ウツギの花」 の略。主な開花時期は5月〜6月で、枝の先端に1cm
程の白花を次々とたくさん咲かせます。葉のフチはぎざぎざがあり、全体に毛が生えているので触るとざらざらします。下のほうからたくさん枝を伸ばして大き
く茂ります。

道のわきの崖や田んぼの畦にハナウドが咲いています。食べられるウドににているのでハナウドと名前がついたようだ。ハナウドは川に近い場所や、常に
湿潤な土手などに生え、群生していることも多い。春の花が一段落し、少し花の少なくなった晩春に、人の背丈ほどにもなり白い花を咲かせるので遠目にも
目立ちます。拙者は食べたことはないが、このハナウドの若葉と葉柄が食べられようだ。定番はてんぷら。揚げたらタラの芽の味がするという。茎(葉柄)は
文句なしに美味で、パリッと揚がった緑の葉も、なかなかのもののようだ。これら野に咲く野草は、園芸家や農家の人からは草刈機や除草剤の標的され、目
の敵にされる厄介者。それでも天寿を全うしようと懸命に咲き続ける姿に感動を覚えます。道行く人々を和ませてくれることは間違いない。


今日17日(日)は、東京都心や名古屋、福岡などで今年初めて最高気温が30℃以上の真夏日となり、真夏日地点は200地点と今年最多となりました。18日
(月)には300地点近い予想が出ています。大分県日田市では35℃まで上がると予想されています。35℃に到達すれば今年全国で初めての猛暑日になりま
す。県下での最高気温は、岩国広瀬33.9℃、山口市33.0℃でした。いづれも内陸部です。当地は夏日越えの25.8℃でした。翌朝は12℃と肌寒かった。前
々から住むには楽園と自負していました。夏も暑さもほどほど、冬も温暖な気候で氷点下になることは滅多にありません。
豊作を願う伝統神事で、初夏の風物詩「御田植祭」が17日、山口県下関市一の宮住吉の住吉神社であった。晴天の下、地元の勝山中学校の生徒約40人が八乙女や早乙女、歌姫などを務めて奉仕し、豊かな実りへの願いと稲づくり文化継承への思いを込めた。 約1800年前に神功皇后が住吉の大神を祭った際に、米を毎日供えるため苗を田に植えたことに由来。本殿祭に続いて神饌(しんせん)田で御田植神事に移り、生徒たちは勇壮な弓鎮治舞や華やかな田植え舞などを披露。白衣に緋ばかま、すげがさを身に着けた八乙女たちがイセヒカリの早苗を手で植えていった。

18日、兵庫県豊岡市、大分県日田市で35.3℃となり、今年全国で初めて35℃以上の猛暑日となりました。30℃以上の真夏日になった所は313地点を超え
、全国観測点の3割を超えた。25度以上の夏日を観測したのは682地点と共に今年最多でした。
高い声でけたたましく鳴くホトトギス、昼夜問わず鳴いています。朝はホトトギスの鳴き声で目が覚めます。日中もホトトギスの独壇場です。農家にとっては、
田植えの準備を急げとも聞こえるかもしれません。キジも鳴きます。ケ−ンケ−ンと鳴きながら羽をバタバタさせるドラミングを行います。繁殖期に行われる
キジにとってのなわばり宣言です。このケ−ンケ−ンですが、拙者には何か不気味な悲鳴ように聞こえます。これは音楽でいう不協和音ですね。その不協
和音というか汚声の主を挙げればホトトギス、キジ、そして極めつけはサギです。サギはガアッ、グワッと鳴きます。この三羽はさえずりというのにはほど遠い
鳴き声です。ウグイスも鳴きます。今年ほどウグイスが鳴く年は初めてだ。初音も2月13日と例年より一ヶ月も早かった。初春の頃のホ−ホケキョではなく、
ケケケ ・・・・ ケキョケキョ ケキョ と 嚠喨舌鋒の如く、けたたましく続ける 「谷渡り」 と呼ばれる鳴き声です。オペラにおけろソプラノ歌手の技巧的な速い楽
句とかトリルなどの多く含まれた装飾の多い華やかな旋律のコロラトゥ−ラを思い浮かべる。このけたたましく続ける「谷渡り」の鳴き声に違和感は感じない。
ウグイスはいつ聞いても清涼感を感じます。
季節が二か月も進んだような高温が続きました。最後に雨が降ってから17日になります。20日からは曇り、そして雨の日が続きそうです。ギラギラに照りつけ
る日射も本日までと思っても、日射が強く当たる植えたばかりの桜の苗に水を運んだ。葉には異常な兆候は認められないが、念のために水をやった。
明日からは曇りや雨の日が多くなる予報が出ています。これが「梅雨の走り」「走り梅雨」なのか、本格的な「梅雨」なのかはわからない。

麦穂(バクスイ)たゆたう麦畑
長門市日置町
5月21日は小満です。小満とは立夏から数えて15日目頃を指す。陽気が良くなって、万物の成長する気が次第に長じて天地に満ち始めることから小満とい
われます。ようやく暑さも加わり、麦の穂が育ち、山野の草木が実をつけ始め、紅花が盛んに咲き乱れます。梅の実がなり、西日本では、走り梅雨がみら
れる頃。田植えを始める頃でもあります。具体的には秋に蒔〔ま〕いた麦などの穂がつく頃で、ほっと一安心(少し満足)すると言う意味で、麦などに穂がつくと
「今のところは順調だ、よかった」 と満足したことから小満と言う名前が付いたようです。季節は夏でも、秋を百穀成熟の期とするので、麦の熟する時を麦の
秋・麦秋(ばくしゅう)といいます。また、このころの野を吹きわたる風を麦の秋風ともいいます。


豊浦町川棚
当地の田耕の麦畑では、黄金色に輝く麦の刈り取り前だ。初夏の季語の一つに「麦秋(ばくしゅう)」というものがあります。麦は秋から初冬に播種され、冬の
間に地中に深く根を伸ばし、穂を出す準備をします。春を迎えた麦は、ぐんぐん成長し、菜の花畑があるところでは緑と黄色の美しい景観を作ります。5月
下旬頃〜6月に麦畑は黄色く色づきはじめます。梅雨前のこの季節が麦にとっては収穫の秋であることから、麦秋という季節の呼び名ができました。黄金色
に輝く麦の隣では、田植えが始まってます。麦刈りと田植えの取り合わせ。 色即是空 空即是色 実りの世界があり、種を撒く世界があります。すべては
自然界の大循環と思えば、しわと白髪の増えた我が身を嘆くこともありません。

麦穂(バクスイ)たゆたう麦畑 豊北町田耕

麦畑と田植え 豊北町田耕
山口県長門市仙崎大日比(青海島)に「大日比ナツミカン原樹」といわれるものがある。昭和2年(1927年)に国の史跡および天然記念物に指定された。播
種の時期は安政年間(1772〜1780年)とも宝永年間(1704〜1710年)ともいわれている。 「おいでませ なと(長門市観光協会公式サイト)」には、「18世紀
に西本チョウという女性が、青海島の海岸で果実を拾い庭先に種をまいて育てたもので、日本の夏みかんの原樹と呼ばれています。」と紹介されている。
原木のある大日比の寺に参拝した萩の侍や町人が夏みかんの実や苗を萩に持ち帰り、家の庭などに植えられ、萩で夏みかんが栽培されるようになったよ
うである。
旧萩藩士小幡高政が、「夏橙樹を、経済栽培することによって収益をあげ、維新以来、生計の途を失って困惑している在萩士族救済の策としようとし(萩市
史第二巻)」て、明治9年に種子をまき、翌年苗木1万本を接木し、翌々年(明治11年)に苗木を氏族に配たのがはじまりである。その後も、苗木を植えるも
のは増え続け、萩はもちろん県内各地に夏橙の栽培が普及していった。この場所は青海島入口の王子山公園から2�`のところにあります。長門の仙崎で生
まれた童謡詩人「金子みすゞ」が、この王子山から眺める仙崎の町を銀の海に竜宮のように浮かんでいると歌っている。

青海島の王子山から仙崎の町をのぞむ
王子山
公園になるので植えられた 桜はみんな枯れたけど
伐(き)られた雑木の切株にゃ みんな芽が出た 芽が伸びた
木の間に光る銀の海
わたしの町はそのなかに 竜宮みたいに浮んでる
銀の瓦と石垣と 夢のようにも霞んでる
王子山から町見れば わたしは町が好きになる
干鰮(ほしか)のにおいもここへは来ない
わかい芽立ちの香(か)がするばかり
木の間に光る銀の海
わたしの町はそのなかに 竜宮みたいに浮んでる
木の間に光る銀の海
わたしの町はそのなかに 竜宮みたいに浮んでる
銀の瓦と石垣と 夢のようにも霞んでる
− 詩・金子みすゞ 曲・ちひろ −

原樹

分木
原樹のそばには、原樹と同じDNAを持つ分木が植えられ、たくさんのナツミカンが実っている。
18日ぶりの雨だったが、わずか6�_と期待外れに終わった。この程度だと地表に繁っている草やシダに横取りされただろう。乾燥に耐えていた分、喉の乾き
に拍車がかかるかもしれない。植えたばかりの桜の苗は地表の草やシダは取り除いているが、この程度の降水量では雨の効果はないだろう。5日先の雨の
予報に期待する他ない。