
SEPTEMBER
からし色のシャツ追いながら 飛び乗った電車のドア
いけないと知りながら ふりむけばかくれた
街は色づいたクレヨンが 涙まで染めて走る 年上の人に逢う約束と知ってて
セプテンバ− そしてあなたは セプテンバ− 秋に変った
夏の日ざしが弱まるように 心に影がさした
セプテンバ− そして九月は セプテンバ− さよならの国
ほどけかけてる 愛のむすび目 涙が木の葉になる
逢ってその人に頼みたい 彼のこと返してねと
でもだめね気の弱さ 唇もこごえる
セプテンバ− そしてあなたは セプテンバ− 秋に変った
話すことさえなくなるなんて 私に飽きた証拠
セプテンバ− そして九月は セプテンバ− さよならの国
めぐる季節の色どりの中 一番さみしい月
借りていたディクショナリ− 明日返すわ
ラブという言葉だけ 切り抜いた跡 それがグッド・バイ グッド・バイ
セプテンバ− そしてあなたは セプテンバ− 秋に変った
私一人が傷つくことが 残されたやさしさね
セプテンバ− そして九月は セプテンバ− さよならの国
トリコロ−ルの海辺の服も 二度と着ることはない
− 竹内まりや −

夏はときめきの季節、 恋の季節そしてやがて訪れる別れの季節 ・ ・ ・
空が高く澄み、鰯雲が広がるとき、秋はもう始まっている。
躍動の季節から安らぎの季節へ移ろう秋の一日、遠い日の想い出が蘇える。
夏の日、二人で来たこの場所、今日は一人。 秋の淡い陽の光と潮風をうけながら、遠い水平線を見つめる。 拾い上げた小石を思いきり海に向って投げた。黒い小片は青空 にゆるやかな弧を描きながら、真青な海に吸い込まれてゆく ・ ・ ・ 水面を一度ジャンプして海に沈んでいったあの小石は、夏の日のきらめく想い出の欠片(かけら) ・ ・ ・ 高くうねる土用波に乗って、次の季節がゆっくりとふくらみはじめる。 美祢市で「秋芳梨」の初荷出発式が行われました。「秋芳梨」の銘柄で知られ美祢市の秋芳地区で栽培される二十世紀は県を代表する秋の味覚のひとつです。 秋芳梨はミネラル分豊かな土壌で栽培されみずみずしさとともに深い味わいが特徴です。23戸の農家が19ヘクタールで栽培していて今年は230トンを出荷し、2億 円の売り上げを目指します。 まもなく8月も終わろうとしているのにうだるような暑さが続いています。台風18号がもたらす熱気です。暑い空気が県西部の最高峰華山や狗留孫山を越えて、フェ −ン現象となって当地に流れ込みます。あまりの暑さにしばらく鳴いていた虫たちの鳴き声も途絶えています。雨が降らないのが、まもなく8週間になります。その間 、強烈な日差しが注いでいるのに、樹木や草の類は枯れることもなく生命を保っています。 夏が進むにつれ、秋も始まってます。夏の入道雲に混じって、刷毛で掃いたような巻積雲が高い空に姿をあらわし始めました。高い空から少しずつ秋という季節が しみ込み始めているようです。去り行く夏と近づいてきた秋が出会って、溶け合う 「行き合い」 の空です。立秋は夏と秋の境目である。夏の光はもう衰え始めてい るが、気温の季節変化は光より遅れる。つまり暑さの絶頂で秋は立つのだ。澄んだ光りの中をウスバキトンボが流れてゆきます。セミたちは残り少ない夏を惜しんで 鳴きしきります。まだまだ暑く、寝苦しい夜が続きそうですが、朝は蝉時雨(セミシグレ)で目覚め、夜は虫の音を聴きながら寝る楽しさもあります。 27日の朝、空に巻積雲が現れました。この雲が広がると1〜3日以内に雨が降る前触れとされています。必ず雨になるわけではありませんが、天気が下り坂に向か うサインと考えられています。 秋を感じるのは、栗がはじけ柿が色づいてきたり、稲刈りが終わった刈り田の風景、肌をなでる風の冷たさだけではありません。空が高く澄み、青空に流れるように 白いさざ波状の雲が広がるとき、秋はもう始まっている。このさざ波状の雲はいわし雲とかさば雲という名で知られる巻積雲。もくもくとわき上がる、たち岩のような夏 の積乱雲にならされた眼に映るこの巻積雲は、秋本番の到来を感じさせるものである。巻積雲が出た後には、天気は悪くなるようだ。一見矛盾しているようですが 、それなりの理由があります。澄んだ青空に巻積雲が出ると、空気の入れ替えが起こっている可能性があり、低気圧や前線が接近していることを示唆している。真っ 青の空にいわし雲が浮かぶ日は、天気は下り坂で要注意ということを頭に入れておかないといけない。 春雲は綿の如く、夏雲は岩の如く、秋雲は砂の 如く、冬雲は鉛の如し ・・・・・ 正岡子規 2026. 8. 27. AM 7:04 まだ8月末ですが、稲の刈り取りが始まりました。今年の生育も順調だったようだ。秋の日差しに輝く稲穂はまさに「黄金色」、稲田一面に金色の波が立ちます。曇 りの日でも穏やかな黄色に見えますが、晴れの日は見る方向により、同じ稲穂でも明らかに輝きに違いがみられます。 グレンタンク式の自脱型コンバインです。コンバインの大きさに合わせて、250ℓから2,000ℓの容量があり、約17aの面積を機械を止まることなく刈り続けることが出 来る。タンクが大きければ大きいほど、連続して刈り取りを続けることができ、作業能率が向上する。タンクに貯められた籾は、ラセンを使って籾を搬送するアン ロ−ダやオ−ガと呼ばれる排出装置によって、トラックに排出される。 台風18号が過ぎ去れば、暑さも一服するかと思いきや、そうではなかった。暑さが和らぐのは来週の木曜日ごろからだろう。夜が明けるまだ薄暗い頃、どこからとも なくヒグラシの鳴き声がします。少し経って明るくなるとミンミンゼミが鳴き始めます。日が落ち、夜の薄暗い間に鳴くのがツクツクボウシです。どれも残り少ない夏を 惜しんで鳴きしきります。 28日、県内は一段と大気の状態が不安定化 急な雨雲発達・雷など注意報が出ていた。空に黒い雲が広がり、あたりが薄暗くなってきました。普通であれば一雨あ ってもおかしくないのに降らない。当地は大気が不安定にならないのだ。この時、経度がほぼ同じの30�`離れた長門では40�_も降ったという。映画「八甲田山」の 神田大尉役、北大路欣也の「天は我らを見放した」というセリフが頭をよぎった。各地で豪雨やゲリラ雷雨が頻発する被害が報道されています。いよいよ当地は二 ヶ月間雨が降らないのが視野に入ってきた。Oh My God、なんてこった! 今週金曜日の28日は満月です。8月の満月は「スタ−ジョンム−ン」と呼ばれます。スタ−ジョンとはチョウザメのこと。この時期、北米の五大湖などではチョウザメ 漁が最盛期を迎えることから、こうした呼び名がつけられた。月は約29.5日の周期で、新月→上弦の月→満月→下弦の月→新月という満ち欠けを繰り返します。こ の月の満ち欠けは、月と太陽との位置関係が変わることによって起こります。満月となるのは、地球から見て太陽と月が180度離れたときです。地球上の私たちのい る場所が太陽の裏側へ回ったとき、つまり夜になったときに、私たちは太陽に照らされた満月を見ることができます。満月が最大となる時刻は様々ですが、満月は いつも一晩中見ることができ、見える方角は大体同じになります。 暑さがあってはじめて涼しさがある。 「涼しさは暑さとつめたさとが適当なる時間的、空間的周期をもって交代する時に生ずる感覚である」 と寺田寅彦は述べてい る。適当に交代するところがミソで、交代しなければ、ただの暑さかつめたさになってしまう。従って 「涼しさは瞬間の感覚である」。 「忙中閑あり」 と言うが、暑さの 中に真の涼しさがあるのかもしれない。暑い暑いと何もしなくては暑さは逃げていきませんし、不快感も増すばかりです。じっと我慢するばかりでなく、積極的に季 節を楽しむ工夫も必要ではないか。じっとしていても暑いのだから積極的に汗をかいてみたらということです。エアコンの効いた部屋で涼むのもいいが、第一健康 的でない。冷え過ぎや電力の節約を気にすることもない。夏場、山の仕事は暑くきつい。でも一息いれる木陰は涼しいし、見晴らしのよいところでは時より吹く風に そこはかとない涼味が漂い、一瞬の納涼を享受する、「暑中涼あり」 である。拙者も若い頃はそうだった。歳をとった今、そんなことも言ってられない現実がある。 草刈りが遅れています。 「高杉晋作」 です。 おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは 心なりけり 人生をおもしろくさせるのも、おもしろくないものにするのも自分の心しだいだということ 心の持ち方、有りよう一つで、人生はおもしろくもつまらなくもなるということ 苦しいという言葉だけは どんなことがあっても言わないでおこうじゃないか 先が短いなら短いなりに 僕は面白う生きたい 派手な打ち上げ花火を打ち上げて、消えていく ・ ・ ・ それが高杉の生き方です 人は人 吾は吾なり 山の奥に 棲みてこそ知れ 世の浮沈 百万の大群、恐るるに足りず! 恐るるべきは、我ら、弱き民 一人一人の心なり! 27才という若さで散った幕末の風雲児高杉晋作の言葉である。 第二次長州征伐の高杉晋作率いる長州軍は、総勢3000人で幕府軍15万人を打ち負かした。 「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し」 と評される高杉は 「花神」 である。 花神とは、花を咲かせるためだけに地上に舞い降りる神様で、花を咲かせると、さっさと天に帰る。 しぶとく生きる我が身には、派手な打ち上げ花火を打ち上げて、消えていく ・ ・ ・ 高杉の生き様は目映い。 たち岩のような入道雲が現れています。巨大でもくもくとした雲が夕方にはすっかり黒くなり大雨を降らせることもある。いわゆる夕立です。そう思って眺める日が続 きます。雨が降らない日がまもなく8週間になります。今までこんなことがあっただろうか。幾度となく発生する台風も当地を逸れ、恵の雨をもたらしません。暦の上で の処暑「暑気止息」を過ぎているというのに、暑さが止まらない。昼間の暑いのはわかる。朝夕は少しひんやりした涼しさが漂ってもよいのにその気配がない。長い 夏が続き、秋がなく冬になってしまうのだろうか。日本は住みにくい国になってしまった。 210日とは立春から数えて210日目をいう。暦の雑節の一つ。毎年9月1日頃にあたります。この時季は稲が開花・結実する大事なときですが、台風が相次いで襲来 し、農作物が被害を受けてしまうことがよくあり、厄日とか荒れ日などといわれています。一つの目安とし警戒を呼びかけていたようです。立春から数えて220日目の 二百二十日も厄日と考えられています。拙者が小さいときにもよく言われていた。ただ近年、気候の変動により、本土に影響する台風は二百十日以前のほうが多く なっており、昔ほど言われなくなった。 各地で豪雨やゲリラ雷雨が頻発する被害が報道されています。報道されている画像では道路が冠水し、多くの家屋の床上浸水がみられます。コンクリ−トに覆わ れた都市部は大量の雨水が行き場を失い、下水道に流れ込みます。いわゆる都市の浸水対策は一時間当たりの降水量は50〜60�_である。温暖化が顕著な現 在の降水量は100�_程度が頻発する状態となっていますから、下水道や排水路の処理能力を一時的に上回り、マンホ−ルや側溝から水が溢れ出し、道路や建物 が浸水するのです。都市に住むのもネックがあることがわかります。 体にこたえる焼け付くような暑さも今週水曜日(2日)までと思えば、山の水やりも力が入るというもの。力が入るのはもう一つある。雨が降らないのが8週間続いたが 、週後半雨の予報が入っている。いつものように空振りにならなければいいのだが。降れば二か月ぶりの雨ということになる。 全国的に稲刈りは猛暑でいつもの年より大幅に早まる見通しです。いつもの年より2週間程度早まる見込みのところもあります。各県は刈り遅れると米にひびが入 る胴割れの恐れもあるため、早めに準備し適期に刈り取るよう呼びかけています。 強い日差しに輝く稲穂はまさに「黄金色」、稲田一面に金色の波が立ちます。曇りの日でも穏やかな黄色に見えますが、晴れの日は見る方向により、同じ稲穂でも 明らかに輝きに違いがみられます。穂が出てから約40〜45日、黄金色の稲穂が垂れ下がると稲刈りの時期となります。早く刈りすぎると未熟粒が多くなり、収穫量 が少なくなります。逆に、遅れると収穫量は増えますが、籾が熟れすぎて米の色や、つやが悪くなり、品質や食味が低下します。稲刈りはタイミングが大切です。 長門の油谷町、隣町の豊田町では黄金色に輝く田んぼにコンバインの音が軽やかに響いています。田んぼの中を行き来するコンバインの音があちらこちらから聞 こえています。農家は稲刈りの真っ最中です。半年間丹精をこめて育てた総仕上げになります。
グレンタンク式の自脱型コンバインです。コンバインの大きさに合わせて、250ℓから2,000ℓの容量があり、約17aの面積を機械を止まることなく刈り続けることが出来 る。タンクが大きければ大きいほど、連続して刈り取りを続けることができ、作業能率が向上する。タンクに貯められた籾は、ラセンを使って籾を搬送するアンロ− ダやオ−ガと呼ばれる排出装置によって、トラックに排出される。 今年も異例の暑さに見舞われた日本列島。山口県内では今年、最高気温が40℃以上の「酷暑日」に見舞われた地点はなかったものの、8月3日に岩国市玖珂で39.7℃と県内での観測史上最高の気温を更新し、記録を塗り替える夏となった。
猛暑による熱中症で救急搬送された約700人のうち6割が65歳以上の高齢者だった。水難事故は7件発生し、6人が亡くなった。暑さを避けるため外出を控える動きも予想されたが、県内観光地や花火大会などのイベントは例年並の人出で推移した。 今年初めて夏を迎える植えたばかりの桜の苗13本に再び水を運ぶ。ハチに二回刺された個所ではまたアシナガバチがいた。ハチバズ−カ−ジェット噴射、強力 な噴霧の中にハチは消えていった。ハチは無意識、無防備でなければ心配することはない。今回はいつでもかかってこいとハチ撃退スプレ−を身構えていた。 トラフグのはえ縄漁が解禁され、下関市の港では出港式が行われました。出港式はトラフグの取扱量日本一を誇る「南風泊市場」で行われ、水産関係者が今シーズンの漁の安全と大漁を祈願しました。昨シ−ズンのトラフグの水揚げ量は約27トンで、前のシ−ズンを6トン下回りました。水温が高かったことや、シケなどで漁に出られない日が多かったことが水揚げが減った要因だということです。
県はえ縄協議会は、今シ−ズンは去年よりも水温が低く豊漁が見込めるとして、40トンの水揚げを目指すとしています。漁船には沖合で放流する体長12センチほどのトラフグの稚魚が約2000匹が積み込まれました。トラフグのはえ縄漁は来年3月末までで、初競りは9月下旬に行われる予定です。 長く続いた猛暑もひとまず収まりそうです。2日夜には、しばらく途絶えていた虫の鳴き声が聞こえてきました。明日から気温が下がってくるのを察知しているかのよ うです。4日の未明から雨の予報が入ってます。降れば二ヶ月ぶりの雨になります。二ヶ月といえば、子供たちの夏休みよりも長い。夏の猛暑の中、二ヶ月も雨が降 らなければ、大地はひび割れ、ちょっとした風にも土ぼこりが舞い上がります。 台風24号は東シナ海から沖縄周辺でグルッと円を描くように一周(ル−ピング)する複雑な進路が予想されている。今回の当地の雨は列島に停滞する秋雨前線 へ向けて、台風からの湿った空気の流れ込みが続くことが原因である。 夏が進むにつれ、秋も始まってます。夏の入道雲に混じって、白色で陰影のない非常に小さな雲片が多数の群れをなし、集まって魚の鱗や水面の波のような形状 をした雲があらわれ始めています。いわし雲とかさば雲とかいわれる巻積雲です。高い空から少しずつ秋という季節がしみ込み始めています。去り行く夏と近づいて きた秋が出会って、溶け合う 「行き合い」 の空です。きびしい残暑が続く中にも秋の気配が感じられてきてます。 二ヶ月ぶりの雨ということで期待したが、降水量は10�_も満たないものであった。植えて三年未満の幼木には、定期的に水はやっていたが、それ以外のものは今 回の雨に期待していた。特に6年前に伐採して植えた200本ばかりの桜はである。今後一週間も雨の予報は入っているが、当てにならないということだ。一週間前 の予報長門121�_、下関189�_に対し、一割にもならない降水量だった。当地は下関中心街から北へ50�`、緯度がほぼ同じ長門まで30�`離れており、傾向として は長門の予報が参考になる。それなりに降る降水量の予報を出していたが、二か月間も降らないということは、ことごとくハズれたことを意味する。気象予報会社の 迷走ぶりには悩まされています。予報がこんなにころころ変わるようではビジネスが成り立つのかなとも思います。たかが天気予報、されど天気予報、そこには様々 な人間模様があるのだ。人によっては藁にもすがる思いを逆撫でするようなものです。予報は慎重に正確に出してもらいたいもの。 これから咲くのがフヨウです。秋を飾る代表的な花木です。誰から教えられるわけでもなく、季節が巡ってくると咲き出す習性は天から与えられたDNAか。夏の終わ りに淡紅色の柔らかい色合い、秋の花とは思えぬほどふっくらと華麗な花を咲かせる。暑さも盛りを越す頃から主だった花々が姿を消す晩秋から霜降の頃まで、つ ぎつぎ大輪の花をつける。この花は美しさの中に一抹の憂いがある。朝咲いて夕べには凋む薄命の一日花だ。美しさとはかなさが同居 している。花言葉は「繊細 な美、しとやかな恋人」、「芙蓉の顔(かんばせ)」 は薄命の美女の形容にぴったりといえる。 二、三日前より5℃も低い気温には高齢者はこたえます。冷たい空気が入っているためだろうが、なぜ雨が降らないのだろうか。この冷たい空気と南からの暖かい 湿った空気がぶつかり大気が不安定にならないのだろうか。四国沖に停滞する秋雨前線に向かって迷走する台風24号や日本の南にある熱帯低気圧から暖かく 湿った空気が流れ込むため、太平洋側では大雨が降っている。前線が再び北上してくるというのに、当地にはまとまった雨の予報は入ってない。こう雨が降らな ければ、雨を必要とする農業関係者は死活問題だろう。5日は、夏の終わりを彩る花火大会付きの夏祭り・豊北夏祭りが開催される。本日だけは、雨が降らないで 開催されることを願っています。 9月5日(土)豊北夏まつりは、山口県下関市豊北町・阿川ほうせんぐり海浜公園で行われる夏の終わりを彩る花火大会付きの夏祭り。なんとか雨が降らずにもちそう だ。頬を撫でる潮風が心地いい「阿川ほうせんぐり海浜公園」は、穏やかな水平線が広がる海水浴場。このビ−チが昼の景色から一変するのが、「豊北夏まつり。 海上からの打上げ花火が夜空に炸裂する光景は、まさに圧巻、山口県内2位の人気を誇ります。花火のほかにも、各種ステ−ジイベントがまつり会場を熱くする。 打ち上げ花火のはじまりは、江戸時代まで遡ります。隅田川で行われた水神祭がその由来と伝えられています。 それが華やかなものを好む江戸の庶民にも受け 入れられ、花火の打ち上げが川開きの定番の行事として根付いていったという経緯があります。 また、日本の蒸し暑い気候が、夜風にあたりながら花火を眺めると いう夕涼みの文化として、花火大会をより根付かせました。夏の終わりを飾る下関市の一大イベントが豊北夏まつり。祭り会場は、竹製の和み灯篭やペットボトル 灯篭で飾られ、地上を照らします。優しく揺らめく灯りがまつりを盛り上げ、幻想的な空間を演出します。夏の風物詩といえば 「花火」 。花火は光(色)、音、煙、形 の4つの要素が織りなす真夏のスペクタクルとも言えます。フィナ−レを飾る花火は入り江から打ち上げられるため、迫力満点の臨場感が楽しめます。そして海上か らの打ち上げ花火が夜空に降りそそぐ光景は、まさに光の祭典のようです。 豊北花火大会 露は、朝晩が涼しくなるにつれ、空気中の水蒸気が冷えて水滴になって草木などに付く現象。夏の終わりでも時々見られますが、秋本番を迎える「白露」の時期 から、より多く現れやすくなります。白露とは、秋の気配が色濃くなり、野の草に白い露が宿る頃、という意味。また、この露と同じように水蒸気が目に見える形で現 れる現象に「霧」や「霜」があります。これは露が降りる頃よりさらに朝晩の冷え込みが強まるにつれて現れる現象。露が9月頃に多いのに対して、霧は10月頃、霜 は11月頃と発生しやすい時期が大体ひと月ごとに移り変わり、いずれも雨冠の漢字であることで、これらの現象が「雨冠3兄弟」と呼ばれることもあります。露が長 男、霧が次男、霜が三男、といったところでしょうか。この3兄弟は暦や和歌などで秋の季節の進み具合を示す言葉で昔から親しまれてきました。稲刈りの終わっ た田んぼをみていると、その現象をみることができます。 二十四節気をそれぞれ三分割したものを七十二候(しちじゅうにこう)といいます。一年間を七十二個に分けたもので、初候・次候・末候という三つの候があります。 白露も初候・次候・末候に分けることができます。白露の場合、初候-鶺鴒鳴く(せきれいなく)草の上に気温が下がり、陽から陰へ空気が変化する時期、動植物た ちもねぐらを変えたり季節に沿って変化を見せ始める時期なんですね。降った朝露が、朝の空気の中で白く見える時期。次候-鶺鴒鳴く(せきれいなく) 鶺鴒(セ キレイ)は、川辺を好む鳥です。鶺鴒は秋の季語でもあります。鶺鴒が鳴きはじめる時期です。末候玄鳥去る(つばめさる) 春先に日本へ渡ってきて子育てを終 えたつばめが、秋になり越冬するために東南アジアのほうへ海を渡っていく時期です。 秋の淡い光をいっぱいに受け、稲穂が輝いて見えます。また暮れなずむ夕日を浴びたハゼカケは、農村の秋を感じさせてくれる。天日干しすると機械乾燥よりも アミノ酸と糖の含量が高く、甘み・旨みが増すといわれています。ハゼカケは人手を必要とする大変な重労働になります。農家の高齢化や人手不足でこの光景は 年々減少しています。バインダ−での刈り取り、ハゼカケ作業は、コンバイン、機械乾燥にはない充実感があるように思えます。労をいとわず、旨い米つくりにこだ わりを持つこと、まさに農業の原点を見る思いだ。 早くも天日干しが見られます。このハゼカケは金属の鋼管から出来ているようで、二段の重い重量にも耐えられる構造なのだろう。鎌かバインダ−で刈り取った稲 はハゼカケによ天日干しをすることになります。ハゼカケは秋の淡い光をいっぱいに受けての作業になります。これぞ秋の風物詩です。天日干しは機械乾燥よりも アミノ酸と糖の含量が高く、食味値が高いと言われています。稲を逆さまに吊るすことで、稲穂の油分や栄養分、甘みが最下部の米粒へ降りてくるといわれていま す。ただハゼカケは人手を必要とする大変な重労働になりますから、農家の高齢化や人手不足で見られる光景は年々減少しています。田んぼのあちらこちらでコ ンバインが稼働しています。 澄んだ光りの中を赤トンボが流れ、ツクツクボウシ、ミンミンゼミが残り少ない夏の日を惜しんで鳴きしきります。 秋の長雨 ( 秋霖 )が始まってます。曇天、雨の日が続きますけれども、肝心の降水量が、1、2�_では焼け石に水、話になりません。降ってもすぐ止むのは通り 雨というのかな。雨らしい雨が降らないのは、地形的な問題があるのかとも思ったりする。大雨の原因である秋雨前線は列島に等しくかかっている。山口を囲むよ うに、九州南部、四国、島根等で災害級の大雨が降っているというのに摩訶不思議なことである。二ヶ月ぶりに降った雨もわずか7�_だった。喉の渇きに餓えた樹 木には、この程度の雨ではかえって乾きに拍車をかけることになる。ただ曇天が続き、日差しがなく、気温が上がらないのは蒸発防止にはなる。 道路沿いに夥しい数の植物が生えています。今年は早いような気がします。アメリカンセンダングサという。当地では 「くっつき棒」 と呼ぶらしい。黄色の花をつけ るかわいい草花ですが、この種が軍手やシャツ、ズボンに引っ付き、簡単には取れない。まだ黄色の花だけであるが、もう少し経つと種ができる。「くっつき棒」 とは まさに的を射た呼び名である。ところで俗称としてくっつき虫と呼ばれる草花がある。これも動物や人間に引っ付いてくる。正式名称はオナモミという。雑草の類はく わしくないので、間違いがあるかもしれません。アメリカンセンダングサは外来種で昭和初期にはあまり見られなかったが、最近は北海道を除く全国的な規模にな っている。海に囲まれた湿度の良い日本は生育環境がよく、爆発的に日本全国に繁殖してしまったようだ。 セイタケアワダチソウと外来種は農家の目の敵にされ る厄介者、時期、黄色の花という共通点がある。この二つは高原地域に咲き乱れる双璧になります。アメリカンセンダングサはセイタカタウコギともいう。 日本人にとって、萩はさまざまな意味で象徴性の豊かな植物であった。万葉集で一番多く詠まれた植物であるのも当然と思われる。萩の開花期は、稲・粟・稗な どの収穫期に重なる。豊かに咲きこぼれる萩の花は、豊穣の秋のシンボルであった。平安時代の庭園では萩が多く植えられ、「秋の訪れ」を視覚的に楽しむた めに活用されました。萩はまた奥ゆかしい美しさを持つため、俳句や和歌など芸術的表現でも好まれる題材となったのです。 万葉の昔から、萩に日本人は心ひかれてきました。しなやかな枝、紅白に咲き分けた可憐な花、雨に打たれ、朝露ぬれ、秋風にそよぐ姿、こぼれるように散った 美しくも哀しい情趣、萩の良さは淋しげなその佇まいである。月影に揺れ動く萩も、散り敷くこぼれ萩の風情にも、人びとは心ときめく。侘び、さびの境地をこの花 に求めようとしたのだろうか。田舎の山野ではいたるところにある萩だが、何故か禅寺、尼寺に萩の名所が多いのも故なしとしない。まもなく秋のお彼岸に入ります 。昔より日本人は、お彼岸というご先祖様へと通ずる特別な期間に、魔除けである小豆と高級品である砂糖を使用して 「おはぎ」 を作りご先祖様へとお供えをし た。秋は 「おはぎ」 と呼び、漢字で書くと 「御萩」 となります。 ここにきて雨の日が多くなっておりますが、肝心の降水量が3、4�_程度では話になりません。大雨の雨粒は太いが、当地の雨はか細い霧雨のような雨です。全国 で大雨の被害が報道されている。太平洋側だけでなく、日本海側もである。北陸だけでなく、山口と接している山陰の島根、鳥取なども大雨になっている。秋雨 前線が等しくかかっているにもかかわらず、降らないのは当地は冷たい空気が秋雨前線に吹き込まないからである。当地は他の日本海側の県と違って緯度が低 いから致し方ない。こうなったら、数打てば当たるで少ない降水量を積み重ねるほかないね。 雨が降らない被害は桜山の当地だけではない。山口県産ミカンの9割以上を占める産地は周防大島である。栽培している町特産のミカンが変色するなどの影響 が出ており、関係者を悩ませている。水が少ないと糖度は上がるが、日焼けや木へのダメ−ジも大きいという。 山口県下関市にある本州最西端の岬。海抜120mほどの高さにある展望デッキからは、視界いっぱいに広がる大海原を一望でき、日本海に沈んでいく夕日は本 州本土で一番遅い夕暮れとされている。「本州最西端の地」と記された模したモニュメントが建てられており、ほかの本州三端とは違った光景になっている。 本州最西端 " 琵沙ノ鼻 "
東経130度51分45秒
の地より 響灘に浮かぶ " 蓋井島 "
をのぞむ "
長門なる沖つ借島 奥まへて 吾が思ふ君は 千歳にもがも
" 天平十年(738)、長門守
巨曽倍対馬が、都で催された橘家の宴席で、時の右大臣
橘諸兄に詠んだ歌である。 「長門の国にある沖つ借島の名のように、心の奥に深く思っているあなた様は、千年も長生きしてほしいものです 」 と、
自分の任国の地名を巧に使い、長寿を願った歌である。
この地より西方五キロの海上に浮かぶ 蓋井島こそ、天平の昔の「 沖つ借島 」であろうとする伝承が、江戸時代 中期以降に既に見えている。 「
八幡宮本記 」 (1689) 「 防長地下申 」 「
長門一の宮住吉神社史 料 」 などがこれである。 蓋井島の周囲は海食崖をめぐらし、南岸の小湾頭にわずかに砂浜海岸があり、ここに72人の半農半漁が立地す。 晴天快晴時にはこの 琵沙ノ鼻より 「蓋井島」 の右端の海上に、沖島(沖ノ島とも)がかすかに眺められる。「沖ノ島」 は周囲4Km、玄武岩からなる山島で、切り立った断崖が海に臨んでいる。古来大陸航路の 要衝であった。 無人島で、神官だけが駐在し、「海の正倉院」 といわれる。拙者は2009年10月18日、初めて蓋井島へ船で渡った。 本州最西端の岬「毘沙ノ鼻」にもまもなくアサギマダラが飛来するだろう。毘沙ノ鼻は南下する通り道となっている。毘沙ノ鼻の手前に「吉母富士」と地元で愛され た山がある。NHKテレビで紹介されたのを観たことがある。正式の名称は「小倉ヶ辻」というが、地元の人は吉母富士と呼んでいる。標高も309�bと低く、頂上が 二つに割れており、双頭の山のようにも見える。反対側の室津側からはまったく違う姿に見える。ケチをつける気は毛頭ないが、富士というにはどうなのかなとい う感じ。まあいいではないか、地元の人が親しみ、愛する山に違いないのだから。リトル富士といったとろこかな。本州最西端というのに意味があるのだろう。 晩夏の害虫モンクロシャチホコの被害をみつけた。崖の一角に植えた八重桜である。木が大きくなるにつれ、成育環境の悪いことを後悔していた。葉をすべて食 べられていた。この害虫は主に涼しくなる9月頃に発生し、紫黒色の体に黄色みがかった毛が生えている。葉の上の方から食べている。この害虫にキンチョ−ル を噴霧すると糸をたれながら落てくる。まるで空中の防災ヘリから、隊員がロ−プで下りてくるのに似ている。何のために糸をたれながら落ちてくるのかはわからな い。葉が全部食べられても、木が枯れることはない。1,2ヶ月後にまた新しい葉が出てくるが、来春の花はかなり影響を受ける。 あわただしくコンバインが行き来する稲田、たわわに実る黄金の稲穂が刈り取られていきます。静寂を折り戻した稲田には何故か寂しさが残ります。田植えが終わ った頃の水田には、カッコウ、ホトトギス、コジュケイなどの鳴き声が聞かれますが、今は何も聞かれません。水田にはヤゴ、メダカ、フナ、コイからドジョウ、ナマズ のようなものまでおり、生き物たちの小宇宙があったのです。それもなくなりました。淋しく感じるのは、そういった鳥たちや水田の生き物たちがいなくなったからか 、これから淋しい晩秋をむかえるからなのかわかりません。昔は収穫の終わった稲田は子供達の遊び場になり、子供達の歓声が聞こえたものです。今はそれもなく なりました。エンジンの轟音、農家の人々の声が聞こえなくなり、静けさと寂しさが残る稲田に彩を添えるものがあります。そう彼岸花です。まもなく秋の日に映える 赤い花が静かに、音もなく幾重にも燃えひろがるだろう。 これから秋色が深まります。稲刈りが進んでいます、金色の波が立つ稲穂の光景も少なくなりました。刈り取った稲田は一抹の寂しさが漂います。早く刈り取ったと ころには 「ひこばえ」 が生えてきます。稲の孫と書いて稲孫(ひこばえ)といいます。青々したこの二番穂を見ても特別な感情は沸きません。田植えが終わった田 んぼの稲の青い光景のうきうきする感情と明らかに違います。夏にかけては生長の季節、躍動の季節、出会いの季節。そのときめの季節が過ぎ去ると淋しい秋が はじまる季節的要因なのか、米づくりという一大イベントが終わった後の虚脱感なのかわかりません。刈り田は子供達の格好の遊び場だった。 野球をしたり、相撲 を取ったり。その子供たちの姿や歓声がなくなって久しい。 相変わらず雨が降りません。樹木にとって救いは、気温が下がっていることです。葉からの蒸発が最小限に抑えられます。今後、曇天や雨の予報が入ってますが 、とにかくまとまった雨が欲しいのが偽らざる気持ちである。 山口県下関市一の宮住吉の住吉神社(鳴瀬道生宮司)で12日、秋恒例の収穫神事「御田刈祭」が行われた。境内の神饌田(しんせんでん)で黄金色に実ったイセヒカリを、白衣に緋袴(ひばかま)姿の「刈女(かりめ)」と呼ばれる女性や神職らが鎌で一株一株刈り取った。前日夜の大雨で田んぼがぬかるむ中、刈女に扮(ふん)したJA山口県下関統括本部の若手女性職員4人と白装束に烏帽子(えぼし)姿の神職や総代ら計18人が収穫。
鎌で一株一株刈り取り、刈り取った稲穂は「稲坐」と呼ばれるみこしに載せて運ばれ、本殿の神前に供えられた。同神社によると、今季は厳しい暑さが続いたものの水管理の徹底などで生育は良好で、神饌田全体で例年並みの500�`以上の収穫見込みという。収穫した米は年間を通じて同神社の神前や神事で供えられる。 阿川八幡宮の秋祭り準備作業の一環としてしめ縄作りに参加した。しめ縄作りに参加するのは初めて。しめ縄は、わらやしめ縄用の素材をねじって束ね、形を整 えて作る。わらを少し湿らせてから編むと扱いやすい。なにしろしめ縄作りは初めてだもんで、見様見真似でやるほかなかった。しめ縄は、神域と俗世を分ける結 界を示す注連縄(しめなわ)で、悪いものの侵入を防ぎ、神さまをお迎えするための標識です。神社やご神木をはじめ神棚にも用いられ、神様がいらっしゃる神聖 な領域である「常世(とこよ)」と、私たちの住む世界である「現世(うつしよ)」を分ける印を意味する。境界を作ることで、神域に不浄なものが入り込むことを防いで いることから、神様が宿るご神体をお守りする意味も持つ。 ワラを集めて一つの束を作ります 束ねたものを木づちでたたいて柔らかくします ワラを3束ほどに分け、2束を撚り合わせたあと、残りの1束を巻き付けて1本の縄にしていきます ワラをねじって束ねたものには、はみ出たワラ(ヒゲ)がでており、体裁を整えるためにハサミでヒゲを切っていく 13日、雨を待ち望んでいたが降らず。下関は30�_降ったというのに、当地では一滴も降らなかった。未明になって雨音らしい音がしたが、すぐにしなくなり、降っ たり止んだりを繰り返す。長門では60�_降ったようだが、当地は40�_に届いたかどうかだ。二ヶ月ぶりのまとまった降水量になった。 ツバメは夏までにはすべての雛が巣立っていきます。巣立ったひな鳥と子育てを終えた親鳥は、巣を離れて集団となって過ごします。その規模は数千羽から 数万羽。水辺のヨシ原などにねぐらをつくり、たくさんの餌を食べて渡りに備えるのです。そして、秋が近づき、9月〜10月になると、ツバメたちは日本を離れま す。九州、沖縄を経て海を越え、南方へと渡っていきます。渡りの時は1日300�q以上移動します。飛行能力は極めて優秀で、高速で飛行し、航続力も素晴らし いのです。 カリンの実は、硬く、酸味、渋味があって、とても食べられるものではない。果実はカリン酒として実用性はある。本来花とカリン酒が楽しめるものであるが、秋にな る実はいい香りがし、実のなる様を勧賞するのもいいものだ。木肌が美しく、果実にも風情があるので、庭木や盆栽に用いられます。紅葉も非常に美しいから、家 庭果樹として最適である。まだ青い実も、10月の終わり頃には成熟して黄色になる。 9月も半分終わりましたが、まだまだ暑い日が続いています。ただ朝夕のかすかな涼気に、忍び寄る秋の気配が感じられる今日この頃です。深夜、カネタタキが鳴 くのを聴くのも楽しい。夏の盛りといえば、虫たちの大合唱で、何時間聴いても楽しいものである。その大音量がうっとうしく思う人にはカネタタキは適当かもしれな い。カネタタキ(鉦叩き、かねをたたくような音で鳴く)のチン、チンという可憐な鳴き声はいかにも遠慮げでか細い。体長10�_内外のコオロギ科のこの虫は庭木 、垣根、植え込みの葉の陰に遠慮深げに棲んでいる。そのひっそりと棲む生態が鳴き声にも表れている。夜店の虫屋の店頭にかざられて親しまれてきた。沈吟と いう言葉がある。静かにくちずさむ、あるいは思いにふける、といった意味だろうが、この虫の音はこの言葉がぴったりだ。 東京では21日も連続して雨が降っているという。三週間も雨だとさぞかしうっとうしい毎日だろう。一方当地は先日に二ヶ月ぶりのまとまった40�_が降ったものの、 その後は雨は降らず、雨の予報もでていなかった。もう一雨欲しい思いである。新しく発生した台風25号が恵の雨をもたらしてくれることを期待している。今年は 観測史上最多の台風発生といわれていますが、台風はことごとく当地から逸れた進路を通っていた。ある面、台風による災害がなかったわけだが、雨を望む者 には複雑な思いがあった。異常な乾燥で枯れたと思っていた大きい桜がありました。枯れた葉が枝についたままの状態だった。ダメもとで大量の水を投入してき た。その成果か?新しい葉が出てきてます。

















































