
Heart of the sea
いつも近くに あった微笑みは 遠く離れた場所で思い出すよ
懐かしさだけではなくて 会いたい笑顔があれば
潮風を歩いた日々に今から帰ろう
Heart of the sea 輝いて 僕らがみた夢のつづきは波音のなかに
沈む夕日や 月の明るさを 感じることも忘れて歩いてた
とめどなくあふれる涙 ぬぐわずに泣きつづけた
そんな時 優しく包んでくれたあの海
Heart of the sea 輝いて あの日にみた夢のつづきは 波音のなかに
夕暮れが運んでくれた あの夏の日の記憶は
いつまでも 心に深く残っているから
Heart of the sea 永遠に あなたがみた夢のつづきは 波音のなかに
Heart of the sea 波音のなかに
− 杉山清貴 −
日本の夏は三つの季節を含んでいます。むせ返るばかりの若葉が山野に満ち、青空に鯉のぼりが泳ぎ、シャクナゲの咲く五月か
ら、来る日も来る日も曇天が続き、雨に濡れて紫陽花のひっそりと咲く梅雨を経て、炎暑が列島をおおいつくす七月へ ・・・この豊
かな季節は自然をたたえ涼を求める懐かしい風物詩に彩られます。梅雨入りの高温多湿となりますと不快感も増すばかりです。
じっと我慢するばかりでなく、積極的に季節を楽しむ工夫も必要です。
6月12日、シオカラトンボが地面に止まっているのを見つけました。下関地方気象台によれば、その初見の平年は6月7日ごろとされます。このあとに続くのが
コシアキトンボ、梅雨明け後にウスバキトンボになります。年によって、順番が変わることがあります。シオカラトンボが単独行動なのに対し、コシアキトンボや
ウスバキトンボは集団で舞うのが特徴です。トンボは広い空間や明るいところばかりとは限りません。少し山に入ると、薄暗いところにハグロトンボがいます。
力強く飛ぶのでなく、弱々しくすべるように、グライダ−のような感じですか。

オス
メスは全体が黄土色〜薄茶色で黒い縞模様があり、「ムギワラトンボ」とも呼ばれるのが最大の特徴です。ざっくり言うと身を守るための保護色と考えられて
います。シオカラトンボのメスは、水田や池のまわりで産卵するとき、植物の茎の間や地表近くにとまったり、低く飛んだりします。周囲の枯れ草や土の色に
近い黄褐色だと、鳥などの捕食者から目立ちにくくなるのです。
シオカラトンボは、羽化直後はオスもメスも黄色っぽい色をしていますが、オスだけが成長するとおなかが青白く「シオカラ色」に変わります。このオスの派手
な色には、次のような意味があると考えられています。
・なわばりを主張して他のオスにアピ−ルする。
・メスに「成熟したオス」であることを示す目印になる。
つまり、オスは「見つかること」が得になり、メスは「目立たないこと」が安全のために有利という役割分担が、色の違いとして表れていると考えられます。

メス
下関市豊浦町川棚とゆかりの深いフランス人ピアニスト、アルフレッド・コルト−(1877〜1962年)をしのぶ会が、命日(6月15日)を前にした14日、、同町川棚
の川棚温泉交流センタ−川棚の杜で開かれました。コルト−の弟子から陶酔を受けたピアニストの塩見貴子さんが「魂のピアニスト コルト− その美と心」
と題したレクチャ−を約30分間行った。会場では、コルト−が好きだったレモンティ−とサクランボが振る舞われた。
レクチャ−を受け、改めてコルト−というピアニストの演奏スタイルを再確認した。拙者のようなオ−デイオの愛好家にとっては、正確無比なテクニック、研ぎ
澄まされた音色は不可避だ。楽譜に忠実ということだ。コルト−はテンポ・ルバ−トの大胆な活用、拍節感の可変性、弱音の細やかなタッチ、音色の多様性
に特徴づけられた演奏をする。 いわば、音楽を生きた呼吸として表現するスタイルなのである。必ずしも楽譜に忠実ではなく、演奏上のミスも多い。

厚島

コルト−は、1952 年に来日し、全国各地で公演を行いました。山口県でコンサ−トを行った際に、現在の下関市にある川棚温泉のホテルに宿泊しました。ホ テルから眺めた美しい厚島(男島、女島、竜宮島、石島の四島からなる島々の総称で無人島)とそれを囲む海の美しい風景に魅了されたコルト−は、「私はこれまで世界の美しい海や山を見てきたが、こんなに美しい夢のような島はみたこ とがない。なぜか外国にいる気がしない。日本はまるで故郷のようだ。」と同行していた弟子に話したと伝えられています。コルト−は当時の川棚村の村長に 「天国のようなあの島でこっそり死にたい。ぜひ買いとりたい。」とも話したと言われています。村長は大変驚いたものの、コルト−の言葉と熱意に心を打たれ て、「あの島に永久にお住みになるなら、無償で差し上げましょう」と快諾し、島の名前を「孤留島(コルト−)」と命名することも提案しました。「私の思いは ひとりあの島に残るだろう」との言葉を残して、コルト−は帰国しました。帰国後のコルト−は、自分の名前の島が日本にあることを周囲に嬉しそうに話し、日本への再訪を夢見ていたと伝えられています。しかし、コルト−は病に倒れ、願 いを果たせないまま1962年にこの世を去りました。 コルト−の抱いた夢は叶いませんでした が、コルト−の思いが完全に消えたわけではありませんでした。厚島(孤留島)が縁となって、2007年に下関市とエコ−ルノルマル音楽院がパ−トナ−シップを締結しました。2010年には、コルト−が滞在したホテルの跡地には、隈研吾設計の「下関市川棚温泉交流センタ− 川棚の杜」が完成しました。この施設には、コルト−ホ−ルと名付けられた音楽ホ−ルが設けられ、毎年「コルト−音楽祭」が開催されています。 コルト−によって日本とフランスとの間の交流が生まれ、コルト−が残した言葉のとおり、コルト−の思いは今も日本で生き続けています。


コルト−ホ−ル


コルト−の銅像にカ−ネ−ションを捧げる

ピアニスト塩見貴子のレクチャ−
朝焼けが見られました。この時期は海側に見られますので気づくのが遅れます。朝焼けとは日の出時に太陽が地平線6度くらいに近づく時から東の空で雲
が赤く輝く現象。地平線の方向にある大気中の細塵のため短い波長の青い光が散乱され、主として赤色光が目に入ることによる。朝焼けのポイントは塵と
水蒸気になる。


6月16日 AM 4:55
田植えには前準備が必要です。春鋤きをして土を掘り返します。イネの苗を育てるためモミを苗代に蒔く。荒代・中代と続き、最後の植えしろをすればい
よいよ田植えとなります。田植えをすれば稲作の前半のイベントは終了になります。あとは9月中旬から10月にかけて稲刈りという後半のイベントで締めく
くります。
昔は短い期間に多くの労働力を集中する田植えは、一昔前に牛が鋤いていたものがトラクタ-に、人海戦術で植えていた田植えが田植え機に変わった
水田風景が広がります。昔は短い期間に多くの労働力を集中する田植えは、稲作全労力の四分の一強、10ア−ル当たり二十五時間を要した。この単
調で長時間の重労働であるから、大勢で一緒に行い、田植唄や田植えばやしによって激励・強調をはかって進めた。だからこの重労働を機械化によっ
て省力化することは永年の農家の夢であったわけだ。機械化に拍車がかかってからは、手植えの十分の一の時間で、しかも1〜2人の家族労働だけで
田植えをすますことが可能になった。今や田植えの時期は、のどかな田植唄の昔に代わり、エンジンの轟音とともにわずか一日で終わってしまう。それに
しても苗を植えている田植え機はまさに魔法のような機械だ。見れば見るほどほれぼれとする。人間の英知の凄さを感じます。

当地が梅雨入りしたのは6月4日です。にもかかわらず、雨がほとんど降っておりません。鹿の食害で山から家の前に逃避させていたヤマザクラの枝の一本
が真赤に紅葉しています。まだ6月というのに何故だろうか。雨不足による乾燥ではと思い、バケツ三杯分の水をやりました。週末にはまとまった雨の予報が
でていますから、それに期待する他ありません。

県道豊浦・豊田線に「岩谷13仏1.5�`、八丈岩4.0�`」という看板がある。そこから脇に入った小道をひたすら登る。行先を示す標識がないのが問題である
。目的地まで1.5�`とあったが、道に迷って二回ほど住民に尋ねた。車がやっと通れる細い道を登ると岩谷13仏があった。
かつて、陶隆房(後の晴賢)の謀反により追われた大名・*大内義隆(おおうちよしたか)*公が、この岩谷の奥の八丈岩に隠れ住んでいたことがありました
。岩屋の村人は 食べ物を運んだりして 温かく匿ってくれましたが、陶の追手が身近に迫ってきた為、お世話になった村人に大内家に伝わる楽踊り所作を
教え、 「ばんばら楽」という芸能を記した秘伝の巻物一巻を贈って去っていったそうです 。その後、村が大干ばつに見舞われた際、村人たちは義隆公へ
の供養と雨乞いのために、その「ばんばら楽」を熊野神社に奉納しました。するとたちまち大雨が降り、村は救われたのです。この奇跡に感謝した村人たち
が、義隆公の冥福を祈り、造り上げたのがこの十三仏だと伝えられています。
本来の目的はここから2.5�`奥に入った八丈岩だった。道らしい道をもなく、案内役もなく一人では遭難の危険もあり、またクマの遭遇も危険だから断念し
ていた。今回は八丈岩よりはるかに近い岩谷13仏を目指した。





道路を横切るカニが見られるようになりました。手が赤いので、アカテガニというのだろう。一部自治体のレッドデ−タブックで地域的な絶滅危惧・要注目種
として扱われています。このカニ、面白いことには水が嫌いであるようだ。田んぼの畦で捕まえて、水に返してやるとすたこら陸に逃げて上がってくる。海か
らかなり離れた川辺の小高い場所で暮らす、冬は川の土手などに穴を掘り冬眠する。繁殖期の初夏にはこれが徐々に河口域にまでさがってきて、満月の
夜に成熟した卵からゾエアと呼ばれる泳ぐ幼生を水中に放つ。これから産卵のため、二�`先の海まで土手を這い上がり、車に轢かれる危険のある道を遠
路はるばる向かわなければならない。

萩市の三見川の上流にかかる県下最大級の石橋。大正3年(1914)に建設され、径間54尺(約16m)の単一ア−チ型石橋。長さ21.4m、幅員3.4m、迫石5
45個を積んで構成されています。橋の真下から見上げると、ア−チの曲線のシルエットが力強く美しいさまを見ることができます。平成10年10月には、国登
録有形文化財に指定されました。江戸時代、中国より伝来したという石橋としての眼鏡橋は、九州地方では多くみられますが、山口県下では数が少なく、
建造年代は新しいですが、とても珍しい橋の1つです。周囲は自然公園で、桜・アジサイ・ツツジ・しゃくなげなどを楽しむことが出来ます。とくに6月中旬か
ら見頃を迎えるあじさいは、5種類150株が植えられており、色鮮やかな花を眺めながら散策を楽しめます。
重ね重ねになりますが、昨年咲いていた我が家のアジサイは一本も咲きません。おそらく、夏場の水やりに問題があったのだろう。不覚を取ってしまった代
償は大きい。今年網を広げ、新たに植えたものもガクがでているのは数本程度。
二十数年前に植えたアジサイ群は半日日陰であった。そのため、夏場の水やりもほとんど必要なかった。今回のアジサイ群は一日中、強い日射が照りつけ
る場所。肥料も適宜やっていたから、水分不足以外には考えられない。中には室内で育てる園芸種もあり、地植えにはそぐわないものもあったのだろう。

ふたたび、朝焼けです。朝焼けは、東の空が赤く染まる現象で、天気の変化を読む目安とされてきました。朝焼けの日は昔から「その日は雨になる」と言わ
れますが、実際には西から天気が変わるため、朝焼けは「近いうちに天気が下り坂になり雨が降りやすいサイン」と考えるのが妥当です。よく言われる天気
についてのことわざに「朝焼けは雨、夕焼けは晴れ」というものがあります。これは観天望気(かんてんぼうき)のひとつで天気がどう変わっていくかを直感的
に理解する指針になります。朝焼けが現れることは、西側から水蒸気を含んだ雲が侵入していることを示し、降雨が生じやすくなる。 夕焼けは西側の天気
が回復し、当地の雨雲が東へ移動して消散することを反映している。


6月19日 AM 4:50
19日、20日の二日間で50�_の降水量があった。充分ではないが長く降らなかったから、桜もこれで一息つけるだろう。草刈りができておらず、山は草やシ
ダで覆われています。少しくらいの雨では、これらに水分を横取りされるだろう。最近は加齢のせいか?、体力、気力共衰えて草刈りができなくなっている。
梅雨が明けたら、老体に鞭打って草刈りをやらなければならない。
21日は夏至です。夏至に朝日がのぞめないのは数年続きになります。岳山に昇る朝日は、この日を境に右に移動していきます。夏至は、一年で最も昼が
長くて、夜が短い日です。夏至と冬至では、昼の時間が4時間から5時間弱も違います。夏至は二十四節気のひとつで、季節の変わり目を表します。春から
順番に春分、夏至、秋分、冬至と一年はめぐっていきます。薄明という言葉があります。日の出のすぐ前、日の入りのすぐ後の、空が薄明るい(薄暗い)時の
ことである。わずかな時間ではあるが、照明がなくても屋外作業ができるわけだ。でも人が真っ先に感じるのは、突然に日が長くなった、短くなったという感覚
、心持である。急に ・ ・ ・ の感覚なのである。日が長くなったなと感じるのは、夏至にあらず、春のほうだ。逆に日が短くなったと感じるのは、冬至ではなく、
つるべ落としの秋の日のほうだ。

2015. 6. 23. AM 5:49

2018. 6. 25. AM 5:50
夏至は、1年のうちで昼間が一番長く、日の出が最も早いとされます。実際はそうではないようです。日本では、日の出がもっとも早い日は、夏至より1週間
ほど早く、日の入がもっとも遅い日は夏至より1週間ほど後になります。この現象は、日本中どこでもほぼ同様です。であれば、夏至の日にこだわることはな
いだろう。
マダニが媒介し致死率の高いウイルス感染症「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」の患者数が今年、速いペ−スで増加している。国立健康危機管理
研究機構によると、今月7日までの累計は72人。通年で過去最多の192人を記録した2025年の同時期(68人)を上回っている。都道府県別の累積患者数
は静岡、愛知、愛媛、長崎がそれぞれ5人。山口、佐賀、熊本、大分がそれぞれ4人だった。上野厚労相は16日、閣議後の記者会見で「患者数は増加傾
向にある。全国的な注意が必要で引き続き感染状況を把握する」と述べた。マダニは春から秋に盛んに活動するため、草むらに入る際は肌の露出を控え
ることや、ペットの犬や猫に防虫薬を使うよう呼びかけた。

草刈りでは通常の草は大した高さではないが、人の肩近くまで生えたシダを刈り取る際、草刈り機で巻き上げられたマダニが飛び移っている可能性が高い。重症熱性血小板減少症候群や日本紅斑熱を含むダニ媒介感染症については、発生する地域の広がりとともに継続して患者の発生が報告されています。SFTSについては、平成25年1月に国内で海外渡航歴のない方が罹患していたことが初めて報告されて以降,西日本からの報告が相次いでおり、県内でも平成27年5月19日に、SFTSの患者が初めて確認されて以降、毎年報告があり、令和6年3月までに28例の報告があり、うち7例の死亡が確認されています。また、令和6年3月、国内で初めてとなるSFTSウイルスのヒト−ヒト感染(患者から医療従事者への感染)事例が確認されたところです。SFTSは、マダニに咬まれてから6日〜2週間程度の潜伏期間の後,38度以上の発熱や,消化器症状(食欲低下,嘔気,嘔吐,下痢,腹痛)などの症状がでまSFTSの主な感染原因は、ウイルスを保有しているマダニに咬まれることにより感染するとされています。(すべてのマダニがこのウイルスを持っているわけではありません。また、このほかにも、マダニが媒介する感染症には、日本紅斑熱やライム病が知られています。)マダニは春から秋にかけて活動が活発になり、シカやイノシシなどの野生動物が生息する環境のほか、民家の裏山や裏庭、畑などにも生息していることから、特に屋外でのキャンプやハイキング、農作業や草刈り、山中での作業(山菜採りや狩猟等)は、ダニに咬まれるリスクが高まります。
「朝焼けは雨、夕焼けは晴れ」というものがあります。これは観天望気(かんてんぼうき)のひとつで天気がどう変わっていくかを直感的に理解する指針にな
ります。同様にツバメが低く飛ぶと雨が降るといわれます。低気圧が近づいて空気中の湿度が高くなると餌となる虫が高く飛べなくなるからです。 天気予報
には数値予報を使用した現在の科学的なものの他に、昔の人は観天望気といって、空の状況を観察して、天気の予測をします。 雲の形や流れ、風の吹
き方や太陽や月の見え方などから経験的に予想するという方法です。また、動物や植物の行動や観察から短期間の天気や季節の予報を行うという方法、
天気のことわざといったり、天気俚諺(てんきりげん)というのもあります。
ツバメは、ある意味では鳥の代表であるといえる。というのは、鳥とは空を飛ぶ動物であり、ツバメは空中を飛び続けながら餌をとる数少ない鳥の代表といえ
るからである。大多数の鳥にとっては、主食は植物の種子や実であり、地上や樹上にいる小動物である。だから、彼らは枝や茎にとまったり地上を歩いたり
して餌をとる。彼らが飛ぶのは場所を移るためであって、餌をとるためではない。だが、ツバメは飛びながら餌をとるし、飛びながらしか餌をとらない。彼らの
細長いつばさや弱い足といた形態はそれと関連している。これこそ空を飛ぶ動物としての鳥の代表にふさわしいといえよう。ツバメは空中を飛んでいる小さ
な昆虫を食べている。空中には小昆虫が予想外に多いことがわかってきている。それらは温帯や寒帯では冬には極端に少なくなってしまう。だからこそツ
バメは秋になると南方へ渡り、春にまた帰ってくるのである。

24日、九州地方に梅雨前線が北上しました。南からは台風7号や8号からの湿った空気が流れ込み、前線の活動が活発になりました。本日は終日雨にな
りました。降水量は100�_と一日としては最近にはなかった量です。これで水分に飢えていた山の桜木も喉の乾きも癒え、一息ついただろう。雨は更に続
きます。25日にかけて前線上の低気圧が九州北部(山口県を含む)付近に進み、前線が九州に停滞する見込みに伴い、低気圧や前線に向かって暖かく
湿った空気が流れ込み、大気の状態が非不安定になる見通しである。下関地方気象台は25日未明から昼前にかけて土砂災害や低い土地の浸水、河川
増水や氾濫に注意・警戒を呼びかけている。その後も激しい雨は続きそうで、24日からの三日間で300�_に達するかもしれない。
山口県下関市は、25日午前9時45分に「避難指示(警戒レベル4)」を発令しました。
台風の季節である。熱帯海上の高温多湿の空気を存分に吸い込んで大きくなった台風は、想像を絶する運動エネルギ−をもつ。巨大な空気のうずまきは
最大級の地震をも凌駕する。一つの台風が日本列島をかけ抜けると、三百億�dから六百億�dの雨を降らせる。これは恵みの雨だが、同時に甚大な被害を
もたらす。日本は雨の国だから水が豊かな国と思っている人が多い。年間降水量は世界の平均の2倍ある。しかし、人口一人当たりの年間降水量は世界
の平均の五分の一になってしまう。しかも、雨水の大半は使われることなく海に流れてしまう。原発の事故以来、電力の節電に躍起になっているが、水は生
命の維持に不可欠なものだし、工業界でも不足すれば、電力同様に喫緊の問題になる。大事にしたいもの。この大量の雨水を無駄なく利用する方法はな
いものだろうか。ダムはその一環だが、地下に大量に溜め込む技術ができれば、日本の水資源はその分だけ豊かになり、災害防止にもなる。大量の雨水
の大半を海へ流してしうまのはもったいない話である。

「角島マグロ」を知って
下関市豊北町の角島沖で取れるクロマグロをPRする試食会や即売会が27日午前10時から、同町神田上の道の駅北浦街道豊北で開かれる。「角島マグロ」と名付けている地元の角島漁協の協力を得て初めて企画したスペシャルイベントで、 存在やおいしさを多くの人に知ってもらう。山口県沖の日本海では多くのクロマグロが近年この時期前後にみられるようになり、漁獲数量管理(TAC)の範囲内で水揚げしている。同駅では毎月最終土曜日に他県の産のクロマグロの即売会を行っているが、角島漁協から地元でクロマグロ が取れている話を聞き、「ツナの日」の語呂合わせで27日に角島マグロを使ったイベントを今月開催することになった。角島漁協の組合員がはえ縄漁で釣り上げた生のクロマグロを入荷。同駅鮮魚コ−ナ−で午前10時から切り身や頭の即売会、同11時から刺身の試食会(先着100人)、正午から 「角島マグロ丼」(税込み800円)と「角島マグロ握りずし」(4貫で同600円)を各30食限定で販売する。地元ならではの新鮮さが自慢。同駅は「梅雨時期のじめじめした毎日が続いてる。おいしい角島マグロを食べて元気を取り戻して」と呼びかけている。

国の名勝と天然記念物に指定されて今年で100周年を迎えた山口県長門市の景勝地、青海島を市内外にPRすると共に市民により愛着を持ってもらおうと
、市は青海島観光をPRする記念ポスターを100枚制作した。
青海島は、北長門海岸国定公園の中心に位置し、周囲約40km で、別名『海上アルプス』と称され、大自然が削り上げた洞門や断崖絶壁・石柱など数多く
の奇岩・怪岩などの芸術作品が多く、まさにスケ−ルの大きい自然美術館と言えます。そんな青海島の景色を、陸上からは青海島自然研究路を散策しなが
ら、海上からは青海島観光遊覧船に乗って楽しむことができます。

よく降りました。三日間で250�_は降っただろうか。梅雨末期の大雨を彷彿させるような雨だったが、今回の雨はあくまでも台風の雨。梅雨はまだまだ続きそ
うです。台風一過、しばらく青空がのぞきそうですが、また雨が続きます。これは梅雨の雨になりますが、梅雨末期の雨になるか。
前回の台風6号、今回の7号、8号で列島にはかなりの降水量がみこまれます。昨年来続いていた全国的な渇水状況はひとまず解消されるであろう。

角島ではハマユウが咲いてきているようです。浜木綿(ハマユウ)は白色の反り返った花を咲かせます。彼岸花科といえばなるほどと思う花形である。花は
日没前後から強い芳香を発するようになります。この地は日本海側の生育北限に近いとされてましたが、長門の 「二位の浜」 にも群生したところがあります
。ハマユウは 「下関市の花」 にもなっています。
同じく、長門市日置上の二位ノ浜で、ハマユウ(別名ハマオモト)が開花した。天候に恵まれれば、今月中旬まで白色の花が楽しめる。市観光コンベンショ
ン協会によると、ハマユウは夕方から花が開き始めて深夜に満開になるという。暖地の海岸に自生し、日本海側北限地とされる二位ノ浜では群落が県の天
然記念物に指定されている。今シ−ズンは平年通り6月下旬から咲き始めたとみられる。

台風7,8号の接近,通過に伴って風雨や曇天の日が続いておりました。27日にやっと月明りの夜を迎えました。満月に近い月でした。そういえば、30日が6月の
満月のようです。翌朝の28日は共同草刈りになります。このところの大雨で草も一気に伸びた感じです。
下関市豊浦町小串の鳴き砂ビ−チうしろはまで28日、海開き神事がありました。海水浴客の安全を祈願した後、子どもたちが早速、初泳ぎを楽しんだ。同海水
浴場は砂の上を歩くとキュッと音がする鳴き砂で知られる私有地ビ−チ。例年、多い日は約600人が訪れる。美しい自然環境が保たれているかのバロメ−タ
にもなっている「鳴き砂」。砂の上を、足の裏をこするようにして歩くとキュッキュッとなるのが特徴です。鳴き砂の砂浜は日本国内でも限られた場所にしかなく、
うしろはま海水浴場は水質が最高のAAランクを誇る。ビ−チでは砂浴デトックスができ、肌触りのよいふわふわの鳴き砂は肌に密着して最高の気持ちよさ!
「節度を守りながら思い切り夏を楽しんで」と代表の八木愛さん。開設は9月10日まで。
1952年、川棚を訪れた世界的なフランス人ピアニスト、アルフレッド・コルト−。厚島の美しい風景に魅せられ、この地への永住を望んだ。
「私の思いはひとりあの島に残るだろう」と語ったが、永住はついに叶わず他界。コルト−が愛した厚島はいま「孤留島(こるとう)」とも呼ばれている。

島は厚島 孤留島(コルト−)

29日、ウスバキトンボが舞っていた。まだ数匹程度だが、あの薄いオレンジ色が西日に照らされ、一層濃くみえる。日本生まれではない、はるか南の島からやっ
てきた渡りトンボです。あの小さな体のどこにそんなパワ−が潜んでいるかと思うが、飛ぶというよりは浮かんで流れてくるらしい。夏になると南風に乗って北上し
、夜は海上に浮かび体を休め、黒潮に乗って日本を目指すのだろうか。日本で産卵しても日本の冬には耐えられずに死ぬという。つまり、ウスバキトンボは毎年
、死ぬ運命が待っている日本に「片道切符の旅」をしていると考えられてきたのです。ふるさとの南の島に帰ることなく死ぬのを承知で、毎年、海を渡ってくるとこ
ろがロマンではあるが、いかにも哀れである。 昔の人はこのトンボのことを精霊蜻蛉(しょうりょうとんぼ)と呼んだが、海を渡ってくるこの蜻蛉の習性を知って、祖
霊がトンボに乗って帰ってくると信じたのだろうか。 「夕焼け、小焼けの赤とんぼ」 の作者三木露風は、一頭の赤トンボが竿の先に止っているのを見て、故郷で
の幼い日を思い出して作詞したと伝えられています。一般に赤とんぼとは、日本生まれのアキアカネを指します。このアキアカネが活動するのは午前中であり、
午後2時頃を過ぎますと極端に少なくなります。オレンジ色のウスバキトンボが群れ飛ぶ時、その姿は夕焼けに染まったように赤く見えることがあります。三木
露風は夕方にこの光景を見て、夕焼けに飛ぶ赤トンボというように感じたのではないでしょうか? まあ余計なことを知って、抱いてるロマンに水をさすこともない
だろう。

オスメスともに橙黄色(とうこうしょく)ですが、オスは成熟すると腹部の赤みが強くなります。腹部の黒い模様も特徴的です。

ついこの間、年が明けたと思っていたら、もう半年が過ぎた。「年を重ねると月日の流れが早く感じる」は世間の定説である。幼い木は生長がはやく、一年で2m
も伸びる木もある。 その伸びが五年目には1mになり、十年目には30�pになる。 人の成長も同じで、歳月の感覚もこれに似ている。子供の頃の一年は長いし、
青春の一年も短くはないが、白髪の一年ははかない。 一年を短いと思う感覚は基本的には年齢に比例するようだ。 幼児期の一年は新しい刺激に満ちている
。 吸収、習得することばかりだ。 五十、六十歳になっても習得することは少なくはないが、それでも日々の生活は、惰性的な繰り返しになる。 その繰り返しが一
年を短く思わせるのだろうか。 一歳児の一年を一とすれば、五十歳の一年はその五十分の一のはやさで過ぎる。
梅雨前線が九州南部〜本州の南に停滞し、九州や四国、近畿南部などでは雲に覆われるところが多い予想です。東北地方の太平洋側も湿った空気の影響を
受けて雲が広がりやすくなります。東日本の内陸や西日本の山沿いでは大気の状態が不安定となって、所々で午後に雨雲が発生・発達するため、満月が見ら
れないところが増えてしまいそうです。その満月は6月最終日です。アメリカの先住民は季節に応じて満月に名前をつけていて、6月は「ストロベリームーン」など
と呼ばれます。“6月採り”のいちごが熟す時期からつけられているといわれます。実際に月がイチゴのような赤い色に見えるわけではありません。昇りたてのお月
さまはイチゴのように赤っぽい色に見えるものです。

九州北部地方へ伸びる梅雨前線は、1日夜には対馬海峡まで北上し、その後2日にかけて九州北部地方を南下する見込み。梅雨前線に向かって暖かく湿った
空気が流れ込み、大気の状態が非常に不安定となります。このため、九州北部地方では2日昼前にかけて局地的に雷を伴った激しい雨や非常に激しい雨が降
るおそれがあります。当地は1日だけで100�_を超す雨が降りました。
山口県防府市松崎町の防府天満宮で6月30日、恒例の御田植祭があった。参拝客は自身の水田の害虫、病気よけとして植えるため、神田に植えた苗を競って持ち帰った。境内の末社、老松社・若松社の神前で神事を行った後、楼門前に設けた神田に移動。神田には四隅に小さなすきと代かき、ナスで作った牛、キュウリで作った馬の縁起物を置いて、耕作の様子を表現した。早乙女に扮(ふん)した巫女(みこ)3人が手で苗を植え、
終了後は参拝客が縁起物と苗を次々と手に取っていた。続けて夏越神事があり、参拝客は藤で作った輪をくぐって無病息災を祈願。同市宮市町のほうふ外郎本舗が作り奉納した和菓子「ほうふ水無月」を受け取って暑い夏を無事乗り切ることができるよう祈った。
7月2日は半夏生です。半夏生は雑節のひとつです。雑節というのは、特別な暦日のこと。季節の移り変りをより適確に掴むために設けられた特別な暦日のこと 。有名なところでは、節分や彼岸も雑節です。夏至から数えて11日目頃からの5日間が半夏生。 毎年同じではなく太陽の位置によってその日が決まるのですが 、今年の場合は7月2日から始まります。「半夏生」 は気候の変わり目として、農作業の大切な目安とされています。田植えは 「夏至の後、半夏生に入る前」 に終 わらせるものとされ、それを過ぎると秋の収穫が減るといわれてきました。この頃に降る雨を 「半夏雨」 と言い、大雨になることが多い。地域によっては 「半夏水」 とも言う。今年の6月は360�_の降水量があった。7月に入ってからは1日に100�_以上の雨が降っている。この半夏雨を経て、8日、9日頃に梅雨明けになるので はと思っているが、日本気象協会は18日頃という予想を発表している。ひとつ気になることは、南の海上で発生した台風9号の動きだ。太平洋高気圧の張り出し 如何では、12日頃には列島にかなり接近するかもしれない。 キキョウが咲いています。この青紫色のもつ純粋な深さは比べるものがないほど。青い空をイメ−ジする露草色、セリルアンブル−とはちょっと違う濃く深い青。と かく秋の花とみられるのは、秋の七草のひとつとしてとりあげられたからである。実際は太陽の光を浴びる真夏の季節に咲くのである。さんさんと太陽が降り注ぐ ときよりも、梅雨の陰鬱な空模様のときに映えるような気がするのはアジサイと同様です。ただアジサイと同様、鹿の食害被害はいかんともしがたい。 梅雨末期の大雨が続いています。すでにかなりの量の水が地表下に溜まっています。崖や斜面から水が湧き出していたり、木々が傾いていたり、地鳴りや山鳴り がしたりしたら、土砂災害に巻き込まれるおそれがあります。勾配がきつい崖だけが危険なのではなく、勾配がゆるやかな崖も安心できません。この雨も明日6日 までだと思います。その後は長い真夏が待っていますよ。 日本の夏は三つの季節を含んでいます。むせ返るばかりの若葉が山野に満ち、青空に鯉のぼりが泳ぎ、シャクナゲの咲く五月から、来る日も来る日も曇天が 続き、雨に濡れて紫陽花のひっそりと咲く梅雨を経て、炎暑が列島をおおいつくす七月へ ・・・・・・ この豊かな季節は自然をたたえ涼を求める懐かしい風物詩 に彩られます。一年を通じて心身ともにリフレシュし、自己啓発出来る時期はそう長くありません。その中でもこの季節は最適と申せましょう。 本州最西端の岬「毘沙ノ鼻」の手前に「吉母富士」と地元で愛された山がある。NHKテレビで紹介されたことがある。正式の名称は「小倉ヶ辻」というが、地元の 人は吉母富士と呼んでいる。標高も309�bと低く、頂上が二つに割れており、双頭の山のようにも見える。反対側の室津側からはまったく違う姿に見える。ケチを つける気は毛頭ないが、富士というにはどうなのかなという感じ。いいではないか、地元の人が親しみ、愛する山に違いないのだから。リトル富士といったとろこか な。本州最西端というのに意味があるのだろう。 衆議院・旧山口4区選出だった安倍晋三元総理大臣が銃撃され亡くなってから、まもなく4年となります。
選挙区のあった下関市で5日、「偲ぶ会」が開かれました。
安倍晋三後援会の会員らでつくる実行委員会が開いたもので、700人が参列しました。
去年までは長門市で執り行われていましたが、支援者の多かった下関市で今回初めて開かれました。
安倍元総理大臣の地元秘書を7年余り務めた、下関市の前田市長が挨拶に立ちました。
(下関市 前田晋太郎市長)
「かつてこれほどまでに、多くの国民から愛された政治家がいたのか。世界中の偉大な指導者から愛された政治家、大きな方だった」
そして夫人の安倍昭恵さんが謝辞を述べました。
(安倍昭恵氏)
「どうかこれからも安倍晋三を忘れず、ずっと語り継いでほしいと思いますし、皆さんの中にまかれたそれぞれの種を花を開かせていただけたら主人も喜ぶと思います」
現在の山口3区選出の林芳正総務大臣や、安倍元総理の側近だった萩生田光一自民党幹事長代行も参列し、献花しました。

