未来樹2001主催
『間伐講習会』にお邪魔する
   

♪ 実は今回、ネットでお知り合いになった金澤なほみさんから、
うれしいお誘いのメールをいただいたのです ♪
るうさんのご家族は皆さんおそろいであちこちお出かけになり、いろいろな体験をしてらっしゃいますね。「木を切る所を見に行く」というのはいかがですか。
我が家は桜山の駐車場のすぐ横に山林がありまして、今度そこで間伐の仕方の講習会を開きます。2月17日に勉強会、次の日は実習です。18日にお出でになれば杉や檜を伐採する所を見られますよ。今回は間伐ですから、25年くらいのあまり大きな木ではないのですが、それでも結構壮観ですよ。大木が倒れる瞬間は厳粛な気持ちになります。

        

金澤さんのお山:
群馬県鬼石「桜山公園第一駐車場」付近

主催:『未来樹2001』:
http://tamarin.cside21.com/
大内さま



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心配だったのは、こういったしっかりした考えをもち、積極的に行動している方々の作業に、完全な『観光客』の立場で蓮見一家が見学にいってもいいのかな、ということ。

でも、金澤さんの「お気軽にどうぞ〜」のお言葉に甘えて少しだけ覗かせていただく事にしました。



左から 金澤さん、大内さん、お父さん


      


  

■檜も杉も区別がつかない

どっちが杉の葉でどっちが檜か
分かりますか?

私達の今の生活は『結果』のみを見、重視する事がほとんどで、『経過』を見る事がない。 
目の前にあるビーフステーキには思いを寄せられても、それがその形になるまでのいきさつには考えがいたらない。日常生活のほとんど全てがそうであるような気がしてならない。で、本当に申し訳ないが、林業はその大きな犠牲者であるような感覚さえある。

山ができるのに何年かかる? 生活に使える木がそこで育つのに何年かかる? どんな手間がかかる? 
今の人々は毎日の暮しの中で、『山で木を育てそれを生活のなかで使うということ』にいったいどのくらいの時間、思いを馳せるだろう?いや、ハッキリいうと皆無であろう。
 それでいて、賢しら顔に『環境』だの『自然を守る』だのの言葉を口の端にのせるのだ。

金澤さんの山に入った時、そしていつも遊びに行かせてもらっている小森谷さんの山も思い出して、私は自分がとても恥ずかしくなった。



   


  

■間伐をしないと丈夫な木もダメになる

白いテープのついた木は残す木。
木を切り倒すには、まず倒す方向へいったん切れ目をいれ、
それから反対側を切り始める。

「木を切るところ見に行きたい?」と母が聞いたら、
息子は大喜びしたのに、娘は
「やだ。私見に行かないっ! 木の命をとっちゃうところなんか見たくないもん」と涙目で拒否。
でも母は無理矢理引っ張っていった。

現地で金澤さんと大内さんのの説明
「あのね。間伐をしないとね、元気な木もダメになってみーんなお線香のように細くなってしまうの。丈夫ないい木を作るためにどうしても必要なことなんだよね」
娘「ふ〜ん」

枝打ちや間伐をして光を木の根元にあててやる。そうすると下草が生える。杉や檜以外の植物が生える。動物や鳥がやってくる。その糞が木を育て、また糞の中にあった種が育つ。その育った木の実をまた食べに小動物がやってくる。そのころから山は自然のサイクルを回り始める。
針葉樹の植えっぱなしの植林が、「沈黙の森」といわれるのは、こうしたサイクルがないからだろう。

チェーンソーがうなり、木がたおれ始める時のきしみは悲鳴のようだという。われわれには「認識すること」「無駄をしないこと」「感謝をすること」しかできない。
全員が平等に命を長らえることができるのは、この時代のこの国の人間だからだ。別の命を生かすために終わる命があるということを知ってて欲しい。それでそれを感傷的に否定しないでほしいと思うのが私の気持ち。




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