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「帳簿書類の保存等の在り方について」報告書について


公認会計士 税理士       

佐久間 裕幸   


■背景
 平成9年3月26日に国税庁国税審議官の私的研究会である「帳簿書類の保存等の在り方に関する研究会」より「帳簿書類の保存等の在り方について」という報告書(以下「報告書」と記載)が出された。本稿は、この報告書について検討し、問題点及び今後の課題について検討するものである。
 今回の報告書は、コンピュータとネットワークによる情報通信の高度化が進む中で、我が国の現行法体系が情報通信の利用を想定していない状況にあり、また情報化の遅れた行政側の対応が一因になって旧来の紙ベースでの情報処理、取引決済方式を取らざるを得ない状況にあることで我が国企業の国際競争力の低下が生じる恐れがあること、さらには紙の保存等のコスト・資源浪費を憂慮して設置された「高度情報通新社会推進本部制度見直し作業部会」の報告書を受けて、国税庁で昨年7月より検討されてきたものである。
 報告書の前文を読むと「高度情報化社会の到来を踏まえると、帳簿書類の電子データ化による保存は、時代の要請というべきものであり、納税者のコスト負担の軽減にもつながるものである。」とされている。しかし、「適正・公平な税負担の確保等の観点からの条件整備も必要である」と書かれていることで、単純な帳簿の電子保存の話でなくなっている側面もあり、それゆえいくつかの問題点を抱えることになっているように思われる。

■混在する考え方
 「帳簿の電子保存」といった場合に、読者の方々はどのようなイメージを持たれるであろうか。私は2つの考え方ができると考えている。
 ・帳簿の作成過程やチェック過程も含めて保存する考え方
 ・出力された紙の保存に変えて、保存すべき帳簿の出力内容を電子保存する考え方
 前者は、コンピュータによる帳簿システム自体を残すことで、帳簿の作成プロセス自体をチェックすることもでき、税務調査においても必要な資料を検索したり、必要なデータを抽出するようなことも念頭に入れた保存の考えかたといえる。巨大な多国籍企業が連結納税を行っているアメリカをはじめ、帳簿の電子保存を認めている国では、コンピュータを利用した税務調査を調査の効率化のために活用しているようである。半面、日本公認会計士協会から「その結果、制度自体の運用を困難にしている」*1との指摘がなされている。
 後者は、電子保存の対象を帳簿のみに限定して考え、法人税法第126条ならびに同施行規則第53条以下の帳簿類を電子データとして保存する考え方である。この考え方は、現行法の文理解釈に忠実な考え方であり、保存期間を定めた起算の日から5年を経過した日以後の期間における保存方法として認められているマイクロフィルムによる保存を定めた大蔵省告示の発想と共通する考え方である。
 今回の報告書を吟味すると、実は、これら2つの考え方が報告書の中に特に指摘もないままに混在していることが読み取れる。そのため、この報告書により、今まで企業に求められていなかった帳簿システム自体の保存が新たに納税関連義務として登場する可能性も否定できず、納税者のコスト負担の軽減という本来の目的が達成されないということもあり得るのである。

■具体的な問題点
 以下、報告書の内容について私が問題だと考える項目について個別に取り上げる。
(1) 電子データのよる保存を行うことができる帳簿書類の範囲
 報告書では、仕訳帳、総勘定元帳等の各種帳簿や取引の相手方に紙で交付する領収書、請求書等の控えについては、電子データによる保存を認め、一方、相手方から紙で受け取る領収書、請求書等及び手書きの帳簿については電子データによる保存の対象からは除外することが適当であるとしている。
 除外する理由として、@紙には紙質、筆跡、書き込み等の情報が記録されており、税務調査上の重要な着眼点であり、A脱税事件の調査、立証の観点からすると、証拠収集上問題が多い、B納税者においても取引先とのトラブル防止や内部牽制上オリジナルの保存が必要であるという点を挙げている。
 しかし、請求書等の量の多さこそが帳簿保存や事務処理の効率改善のネックの1つであり、それゆえ請求データを通信回線で仕入れ先から受け取るような取引手法が日常化してきている現実に目を向けていないと言わざるをえず、紙で受け取った請求書等をスキャナで読み取り電子データで保存しても筆跡や書き込みは保存できることを見落としているように思える。また、取引先とのトラブル防止や内部牽制上は、取引時点から半年から1年間の保存でもその目的を達するのであり、5年から7年にわたる長期間の保存を求める税務上の要求とは企業にかかる負担が異なることに留意すべきである。
(2) 可視性の確保について
 電子データは、紙の帳簿と異なり、データ自体を直接視認することができないため、ディスプレイ、プリンタ等の見読可能装置の確保は重要である。しかし、報告書では電子データの保管場所についてまで納税地等に保管することが適当だとしている。大企業においては計算センターを本社と別の場所に設置したり、中小企業が税理士事務所に経理処理を委託していることは多く見られる経理処理形態である。税務調査の際に計算センターのデータに通信回線を通してアクセスしたり、税理士事務所のノートパソコンで帳簿データを見たり、帳簿を出力するのでは駄目だということなのであろうか。納税地等に保管すべしという現行規定が高度情報化社会にマッチしなくなっているという発想が欠けているように思える。
 また、「データについては、番号、取引年月日、勘定科目等をキーとして検索できるような形で保存される必要がある」という記載や「(データについて)システム上訂正・加除の履歴が確保されていることは、データの真実性を高める上で特に重要である」という記載が見られる。しかし、現行法上では紙の帳簿では帳簿間の照合ができることは帳簿に求める要件として理解できないでもないが、検索可能性や訂正・加除の履歴は求められていない。これは、冒頭で述べた「帳簿システム自体」の保存を求める考え方から出てきたものと思われる。また、システム変更などがあった場合についても「旧システムで作成・保存された記録についても、明瞭にディスプレイ上で確認できるとともに、プリントアウトできる処置が講じられるべきである」という記載があるが、もし、これが検索が可能であったり、データの訂正・加除の履歴を残すことまで要求するものであると解するならば、企業はハードウェアの入れ換えを行った場合にも旧システムを廃棄することができず、設置場所の無駄やリース料の支払いなど過重な負担を課せられることになろう。

■「帳簿のみ」の電子保存について
 以上のような報告書の問題点を考えると、今回の報告書は、「帳簿システム自体の電子保存」を念頭においているか、「帳簿のみの電子保存」との考え方の切りわけができていないということができよう。高度情報化社会に対応して、企業から紙の書類を保管するコストを軽減するという趣旨からいえば、「帳簿のみ」の電子保存を前提に検討すべきであり、「帳簿システム自体」の保存は、大企業への税務調査効率化の観点から別途検討すべきものであり、その際には、帳簿保存ではなく帳簿作成システムの保存という観点から法人税法の改正が必要になるものと考える。
 もっとも単純な帳簿の電子保存を考えるならば、現行の会計システムに紙での出力に加えて電子データへの出力をオプションとして追加することが考えられる。例えば、表計算ソフトのワークシートの形式、CSV形式(データ項目をカンマで区切ったテキストファイル)で出力したり、画像データとして出力することが思いつく。これにより、コンピュータの機種に依存することなく容易に帳簿を再現することができるようになる。このデータの真実性を確保(改ざん等の防止)することは、この出力を物理的な書き換えが不可能なCD−ROM等の媒体に行うことで達成できる。あるいは、法務省・郵政省などで検討されている電子公証人*2のもとにデータを保管することで達成できることになる。

■企業並びに税理士の対応
 高度情報化社会の進展の速度を考えると帳簿の電子保存は、今後数年内で認められるようになると考えられる。その場合、帳簿の保存期間を考慮すると現在の帳簿も電子保存の対象となってくることも考えられる。そこで、今回の報告書の範囲で想定できる対応策について触れてみる。
 まず、報告書では各種帳簿、決算関係書類及び相手方に紙で交付する領収書、請求書等の控えについては、電子データでの保存が認められるとされている。ただし、紙に打ち出した上で追記、変更、書き込み等を行ってその内容が当初の電子データに反映されていないものについては、その帳簿書類を保存する必要があるとされている。
 したがって、現状の経理処理のプロセスを検討し、紙の帳簿への書き込み等や処理過程での紙による集計表の存在の有無ならびにその必要性を見直し、極力、こうした手書きのプロセスを排除していくことが帳簿の電子保存のためには必要である。例えば、販売管理システムで打ち出す請求書のうち特定の取引先等には手書きで請求書を発行するような例は、多くの企業に見られる。客先指定請求書であったり、納品先と請求書の送付先が違う場合にシステムがこれに対応していなかったり、データの月次更新の後で処理の誤りが発見されるようなことがこれに該当しよう。こうした場合にのみ手書きの書類を保存するのは、保存の完全性の面で不安が残り、結果として請求書控えについてはいつまでも膨大な紙ベースの控えを保存することになる可能性がある。
 反対に領収書、請求書など相手方から紙で受け取るもの、手書きの帳簿等については、電子データによる保存を認めない方向であるから、これらについては従来通り、確実に保存していく必要がある。
 記帳業務を税理士事務所に委嘱している場合の電子データによる保存については報告書を読む限りでは考慮されていない、ないしは認められない方向にあるように思われる。なぜなら、「データの保管場所についても、可視性確保等の観点から納税地等現行税法の規定に従うことが適当である」と書かれているように、納税地にディスプレイ、プリンター等の見読可能装置を設置し、かつデータもそこに保持されていることを求めているからである。したがって、税理士事務所が経理専用機を使っている場合、調査に備えて同種の機材を顧客に購入させることが電子保存の条件であると読み取れなくもなく、多くの中小企業では実質的に帳簿の電子保存が認められないということになる。この点、税理士業界として国税庁への働きかけが必要であろう。

■まとめにかえて
 筆者が財団法人ニューメディア協議会内の電子ネットワーク協議会において平成5〜6年にかけて帳簿の電子保存に関する検討に加わった際にも、税務・会計と情報システムの知識だけでなく、法律上の「文書」とは何か、「証拠」とは何かといった法律知識など広範囲の知識を総合しないと検討は進まなかった。その点では、今回の報告書は短い時間で問題点を集約している点、評価できよう。しかし、納税者の保護の観点からいうならば、今回の報告書は、法人税他の税制体系の中でも企業に要求されていない「帳簿作成システム自体の保管」に発展する危険を潜ませているといわざるを得ない。報告書の発端となった高度情報通信社会推進本部の趣旨である、企業の国際競争力と事務負担の軽減、効率化の実現に沿った方向で今後の検討が進められることを期待したい。

*1日本公認会計士協会「磁気記録による帳簿保存等の在り方についての意見・要望」(平成9年1月17日)
*2電子公証人とは、電子的に作成された文書が特定のものによって真正に作成されたことを公証するほか、これに確定日付を付し、また電子的な記録の形で公正証書を作成・保存して、その文書の存在、内容等を証明する制度である。参考:「電子取引法制に関する研究会の中間報告について」法務省民事局平成9年3月21日など