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月刊プレジデント97年10月号掲載記事


シリコンバレー訪問記

(誌面でのタイトル)
 「勇気の都・・・ シリコンバレーが元気なもうひとつの理由」

執筆=佐久間裕之・出口弘親・橋本健彦(ビジネス創造フォーラム)

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世界の叡智が集まるところ

「いいですね、羨ましいですね、とみんな言うから、じゃあ君も会社興しなさいよ、というと黙ってしまうんだ」Spruce Technologies,Inc.の曽我弘(ひろむ)氏(62歳)は笑う。シリコンバレーで今年起業し、社員10名を率いて最初の製品開発に忙しい曽我氏は、実はシリコンバレーに来てまだ数年である。新日鉄で定年を迎えた後、残った技術者人生を楽しく過ごそうとアメリカにやって来たシニア・ベンチャー企業家だ。


スプルーステクノロジーの曽我氏
 スプルース・テクノロジーはいくつかの小さな会社が集まったごく普通の平屋のオフィスの一角にある。建物の中ではハイテク技術が開発されているのだが、外観は日本の郊外にあるファミリーレストランのようだ。

「今、動画処理技術を開発しています。9月に製品が出るまでは内容については言えませんが、すでに有望顧客と一緒に内容を詰めているんです」。今は、最初の製品が出るまで資本金を人件費で食いつぶしている一番苦しい時機だという。しかしそれを「時限爆弾のカウントダウンみたいだね」と楽しんでいるように見える。

 曽我氏は、シリコンバレーの強みについてこのように指摘する。「ここには全米いや世界中から優秀な人材が集まっているから、今やっているプロジェクトがなんとか進められるのだと思っている。日本でやろうと思っても人材を集めることが困難です」。

 この会社のエンジニアはアメリカ人、ドイツ人、アイルランド人、韓国人、インド人であり、日本人は曽我氏一人しかいない。人材募集もヘッドハンター経由、ストックオプション付き、開発も1年ほどの超スピード。これが典型的なシリコンバレーのベンチャーの姿なのである。

 この地には、海外からやってきた人々の起業を助ける組織がある。IBI(International Business Incubator)という起業家支援施設である。「IBIはシリコンバレーで起業をする外国人に対してのみ支援をしています。中国、台湾、シンガポール、ドイツ、英国、日本から20社程度の企業がIBIの下で起業準備を進めました」。メキシコ人で副支配人であるロステン女史は当たり前のことのように説明し始めた。IBIは外国人がシリコンバレーで迅速かつ安全に起業できるようにという支援を目的に96年10月に開設されたNon-Profit Agency、いわゆる民間非営利法人である。日本にも良くある官製のインキュベーション施設とは異なり、外国人のみを対象としている。“シリコンバレーの成長はアメリカ人だけではなし得ない、世界中の優秀な人材にシリコンバレーで活躍してもらうことで成し得るのだあとちょnという事実をアメリカ人が認識していなければ、このような施設は誕生しない。実際、IBIのスポンサーはAT&T、CITIBANK、サンノゼ再開発機構(The Redevelopment Agency of the City of San Jose)、サンノゼ州立大学といった有数の企業・団体である。

外国人起業家の創業を
支援するNPOのIBIの
オフィスにて
右端がロステン女史
 ロステン女史はIBIの活動概要を次のように説明してくれた。「シリコンバレーで起業をする外国人にとって、諸契約、税金、会計、保険の手続きに関することからマーケティングやリサーチに関することまで1人ないしは数人で行うことは容易ではありません。これら起業に必要なすべてのことに対しコンサルティングを行っています」。

 IBI本社のあるサンノゼ中心部のビルでオフィスレンタルも行っており、10畳ぐらいのスペースを月300ドル(市価の半分から3分の1程度)で貸している。このオフィスには受付等の共用施設、事務機器等も設置されていた。さらにIBIの代表者やスタッフがオフィスをレンタルした企業を定期的に巡回しており、必要に応じて情報を取り寄せたり、顧客の紹介もしている。オフィスレンタルを除いたすべてのコンサルティングは無償で行っており、IBIを利用すれば、スタートアップ期間3カ月に必要な準備が2000ドル程度で整えられる。


IBIのオフィスの一例
 ロステン女史は最後にIBIの最も重要な機能を話してくれた。「IBIの“究極の支援”はシリコンバレーでのコネクションとネットワークづくりです。これが外国人起業家にとって最も難しく、また重要なことなのです」

ネットワークが支える共通の価値観

 この地には世界中の人が住んでいるのだということを実感したのが、日本でもおなじみのT−ZONEというパソコンショップ。ソフトウエアのコーナーを見ると、「韓国語」「スペイン語」「日本語」といった言語別にソフトウエアの陳列棚が作られていた。日本のパソコンショップでこういう売り場は見たことがない。日本人が考える外国語ソフトといえば、英語圏のソフトであって、スペイン人のためのソフトを売るという発想はないし、実際に在庫を置いたとしても利益が出るほど日本在住の外国人は多くはない。特にパソコンビジネスにかかわる知的外国人労働者は、日本には極めて少ない。


T−ZONEの社員
 このT−ZONEを立ち上げたディレクターの中林千晴氏(33歳)の話では、T−ZONEの10人のマネージャーは、日本人、アメリカ人、フランス人、バングラデシュ人など多国籍で構成されており、「日本ならこうする」「いやアメリカのショップというものは……」といったディスカッションを経て、店舗運営方針が決まるという。こうしないと、世界中の人が集まるシリコンバレーで世界中の人が欲しがる品揃えにはなるわけがない。

 今回の訪問で会った多くの人はみな、生き生きと仕事を楽しんでおり、「シリコンバレーのやり方はこういうもので、こうすればうまくいく」「今後この産業は伸びる」といった共通の価値観を持っていた。この価値観を醸成し、技術革新の速いコンピュータ・ビジネスを支えるためのツールがネットワークなのだ。

 上述のIBIは、訪問先のひとつスタンフォード大学のUS-JAPAN TECHNOLOGY MANAGEMENT CENTER所長のリチャード・ダッシャー博士に紹介されて、即日電子メールでアポイントを取ったが、そのIBIでまた12か所の訪問先を紹介された。電子メールのやり取りでどんどんアポが決まり、仕事も進んでいく。われわれ――パソコン通信のフォーラムという(少なくとも日本ではまだ)確立されたとはいえないメディアの来訪を受けるスタンフォード大学があり、そこから紹介を受けて、訪問先が広がり、その訪問先でまた紹介を受ける。こうして、次々に深い階層の人脈を得ることができる。ここでは日本的なスピード感ではやっていけない。シリコンバレーに駐在する日本人も、こうしたビジネススタイルを取り込んで、現地のネットワークの中に溶け込まない限り、日本への送信情報は現地の新聞雑誌のスクラップと変わらないものになってしまう。だが、「駐在の人は、滞在期間が限られているから、こっちのネットワークに溶け込む時間がないんだろうね」とスプルース・テクノロジーの曽我社長は言う。ネットワークの中に飛び込む勇気というのが重要な要素なのだ。

「アメリカ流」すら通じない街

 エンジニアが会社経営に興味をもっていることはシリコンバレーの強みであろう。スタンフォード大学の経営学部ではなく工学部にダッシャー博士のような人がいて、戦略経営を教えていて、また学生もそれに対して興味をもっている。だからこそ、優れた技術やアイデアをもった人すなわちエンジニアが起業によって自分の技術やアイデアを世間に広めるという選択をすることができる。日本では考えられない状況である。

 シリコンバレーには世界中から人材が集まっている。そしてここで生きるということは、国際人であることを求められる。スタンフォードの学生も世界中から集まっているし、前述の曽我社長も5人のエンジニアの国籍がすべて違うことの大変さを話していた。T-ZONEの中林さんも各国ごとの違いを驚くやら、感心するやらしていた。各国のカルチャーが異なるためにマネジメントは苦労する。そこでは日本の常識どころかアメリカの常識も通じない。

 だが、そんなシリコンバレーにいる日本人は誰もが明るく元気だ。よく、「日本人には独創性や創造性がないから世界的ベンチャーが生まれない」、「秀才ばかり育てる日本の教育プロセスに問題がある」といった議論がされるが、こちらの日本人を見ていると、そんな心配は杞憂である。もし、日本人からは独創的アイデアが出にくいとしても、そこは外国人のパワーで埋めてしまえば問題はない。日本人だけがより集まってシリコンバレーに対抗しようという発想自体がナンセンスなのだ。

 この明るさはどこから来るのだろう。今、景気の最高期にあるということもあろう。が、自らの力を信じ仕事をすればきっと成功する、もし失敗しても運が悪かっただけだ、そういう希望に満ちた明るさなのだ。

 起業家から従業員まで世界中から集まった人たちの活力、躍動。日本で伝えられている「すでに大企業になったシリコンバレー・ベンチャー像」からはわからないこの街の原点を、われわれはこの旅で体感することができた。シリコンバレーの奇跡はアメリカ人の奇跡ではなく、シリコンバレーでネットワークを作った世界中の人々の奇跡なのだ。

[Writen by Hiroyuki Sakuma, Hirochika Deguchi, Takehiko Hashimoto, from Business Incubator Forum :FBINC]