No.93

        大統領と並ぶアメリカの政治的巨人、連邦議会上院


建国の礎石の1つが、権力の分立と法の支配とされるアメリカ。

そうした政治原理を示す判り易い形が、
三権の関係(位置付け)を定めた連邦憲法であろう。

国の司法の立場(力)が、立法(議会)、行政(大統領)と対等であることが、
全体としての憲法上で謳われている
(更に、連邦および各州議会の議員、すべての行政と司法の官吏が、
憲法とその体制を保持すべく宣誓している)(Y(3))。

慣例も含め、すべての重要な憲法先例が羈束力を持つそのアメリカで、
9人の最高裁の裁判官(終身制)の大統領による指名と、議会上院による同意は(U,1)、
権力の配分図式として、実に妙を得たものと言える。

このように、大統領の人事権に、上院が助言と承認の形で力を振るえるのは、
憲法上では、閣僚などの行政庁の長と、それ以下の一定の高級役人、
および全ての連邦の判事(ArticleV判事のみであって、破産裁判所の判事などは含まない)
とされている(U.1)。
この司法との権力分立と牽制が、政治的に重く大きい。


最高裁の裁判官の例としては、
最近では、クリントン大統領時代に2つの空席が埋められ(Ruth GinsburgとStephen Breyer)、
オバマ大統領時代に、更にもう2人が任命された(Sonia SotomayorとElena Kagan)。
いずれの場合も、いわゆる引延し作戦
(filibuster)なしの同意、
いわゆる単純な投票
(up-or-down votes)によって承認されていた。

トランプ大統領も、この最高裁の裁判官の空席を埋めるため [1]、
先日、第10控訴裁判所のゴルサッチ判事
(Neil Gorsuch)を指名したが、
この上院による上記の手続が、この先始る。

そこで多数決による承認を求める公式の手続としての公聴会の前に、
ゴルサッチ氏が経るべき事前の手続が、いくつかある。

第1が、現在共和11人、民主9人の議員から成る上院司法委員会へ付議されることである
(その前にも、各委員には、検討のための資料が配られる) [2]。

それと同時に、本人は、それら各委員の所を廻って歩くことをする(正に「挨拶回り」である)
その間、各委員から、何らかの質問状が来れば、回答することになる。

第3が、上記の上院司法委員会での採決である。
そこで可決されれば、議員が100人の、上院本会議にかけられる。

そこでの可決要件であるが、この絡みのルールが、ちょっと複雑である。
一気に採決となればよいが、民主党が反対して引延しに入ると、そうはいかない。
しかも、タフな議員がいるもので、この引延しの演説で、段々と長いものが後から後へと出てきた
(遂に記録は、1957年の24時間18分と言う長さに達した)。


では、この引延し作戦に係る歴史が編み出したルールを見てみよう。

上記の引延し作戦は、1957年公民権法の成立を阻もうとしたもので、
その後も、1960年代に公民権法の立法が本格化すると、
南部民主党を中心に、長時間の引延し作戦が数多く横行した。

そこで、何とか、その引延しをショートカットしなければならない。
引延しを止めさせるための上院規則(この引延しを辞めさせる決議のことをclotureと呼ぶが、
いわばそのcloture ruleが、W.W.Tの最中、1917年にできた [3]。
当時のルールは、3分の2の多数、67人を必要とした。

このような引延し作戦との戦いの中で、遂に1975年に上院は、
上記のclotureルールを、「3分の2の多数」と言う厳格さを緩和して、
5分の3、つまり60をもって足りるとした。

このルールを、今回の判事任命承認に当て嵌めてみると、
現在、共和は多数と言っても、52名にすぎないから、
clotureを発動するためには、1975年の緩和ルールでもまだ不足する。

そこで、多数与党共和党がトランプ大統領の任命を実現するためにとる作戦がある。


その前に、この1975年ルールに対する更なる変更の動きがあったことを記さねばならない。

2013年11月21日に上院は、いわゆるnuclear optionを使って、
52:48で引延し作戦
(filibuster)の力を失わせる決議(cloture)をした。
nuclear optionとは、日本語でいうと「核戦争」である
(ただし、このclotureは、連邦の判事と行政庁の役人とは対象に入るが、
最高裁判事の任命承認には適用されない) [4]。


**注釈**

[1] Antonin Scalia判事が、オバマ大統領の最終年の2016年2月に亡くなって生じた空席は、
 同大統領がMerrick Garland氏を指名していたが、上院共和党のMitch McConnellは、その同意手続き入りを拒んでいたため、
 ずっと空席のままが、新大統領に持ち越された(民主党は、これを共和党が「指名を盗んだ…!」と言っている)。
[2] それらは、ゴルサッチ氏の判決文のほか、過去のスピーチ、公けの声明、新聞記事などと、本人による論述である。
[3] この年は、ドイツの潜水艦がアメリカの商船に魚雷攻撃を仕掛けた中で、ウィルソン大統領が参戦の決議を求めていた。
 その中で、戦争反対派は、延々と演説を続けていたため、それを終らせる切実な必要があった。
[4] この時の決議は52:48であったが、それでも引延し作戦を破ることができたのは、
 それがnuclear optionと呼ばれる決議だったからである(こうした理屈が通るのも、そもそも「51:49であれば何でも通すのが、
 憲法上のルールだ」という学説などもあることが働いている)。そこから、このnuclear optionのことをconstitutiond optionともいう。



                                        2017年2月20日