No.9

               
茶の間の毎日の話題となるアメリカ


3月3日の夜9時(東部時間)から始ったアメリカ大統領選での共和党候補の討論会は、
日本のテレビでも、そのさわりを流していたが、今まで以上に興奮の渦に包まれた。

3月1日(火)のスーパーチューズデーを経て、一段とリードを広げたトランプ氏に対し、
その左右に並んで壇上にたったテッド・クルーズ氏とマルコ・ルビオ氏が交代して(と言うよりも、息つく暇も与えず)、
攻撃的質問やら、コメントを投げかけ、トランプ氏も応対に大わらわだった。


これまでのキャンペーンを通して、トランプ氏の発言が変化してきたことも突っ込まれる一因となっている
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NPRはここへ来て、トランプ氏もシリアからの難民問題、銃規制、および移民問題で、
「自らが、立場を変えつつあること(changing his tune)を肯定した」、としている。

NPRの記者は、更にトランプ氏に食い下がっている。

「国家安全保障局の前役員が言っていたとされる
『トランプ氏のキャンペーンでの政策の中にある違法な部分
(安全保障上で問題のある難民などに、水責めの拷問をすることなど)については、
合衆国軍も、その履行を拒否するだろう』についてどう思うか」

トランプ氏はこれに対し、
「軍は拒否なんぞしないよ!」

「でも、違法な部分についてですよ?」

「言っておくが、中東の話しだ。そこでは彼らは、両手を切断する拷問をやっている。水責めなんぞは、ずっと生易しい」

「テロリストを見つけ出すために、その家族にまでも?」

「僕はリーダー、指導者なんだ。今までもずっとリーダーで来た。それで問題なんかあった試しがない。
『こうしろ』といえば、皆がそのとおりする…」



これを受けて、ルビオ氏が更に、彼が過去に経営してきた
トランプ大学、トランプ航空、トランプ・ステーキ、トランプ不動産、トランプ・ウォッカなど、様々な事業を挙げ
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その中から、トランプ大学で学生が彼を訴えていることなどを、やり玉に挙げて質問する
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質問だけならまだしも、

「もし、共和党がこのままトランプ氏を候補に選出したら、その我が党候補者は、
夏から秋にかけて、詐欺事件の被告ということに…」


クルーズ氏がここまで口にしたところで、トランプ氏が
「やめろ!」と言ってから、巧みな攻撃を試みている。

「皆さん!この中で、本当の詐欺師(real con artist)が誰だか教えましょうか。
このルビオ上院議員ですよ…フロリダ州から来た。
この人の投票実績は上院で最低!大体会議に欠席して、投票していないんですから。
フロリダ州人らは呆れ返って、もう彼を選ぶなんてことはしないですよ。
最低の公職者(dog catcher)になることもできないこの男!」


クルーズ氏が、
「ヒラリー・クリントンが言うには…」と、(トランプ氏が、彼女のため選挙資金を出したことを)切り出そうとすると、

「そんなのは小さな問題だ」と遮った。

クルーズ氏が今度は、
「どうして僕のキャンペーンにまで出したの?…10万ドルを…」と、過去の実績を持ち出す。

「そんなのは、小さな民事の問題さ」とトランプ氏。

クルーズ氏は止めない。

「ヒラリー・クリントンが言うには、2008年のときを含め、大統領選挙で4回も資金を出してくれたって?」

「そんなのは、小さな民事の問題さ」

これに対しクルーズ氏は、
「ドナルド、人の話しに割り込むのを止めることを習いなさい!」

「小さな民事の問題なぞ、山ほどあるさ」

「ドナルド、10数えよう。簡単な事さ。(話に割り込む前に) 10数えられるか」


この間、トランプ氏は、
「ちょっと待ってくれ」(give me a break)を、3回も言っている。

これより前、トランプ氏の方も、自らの左右に立つ2人に向って、「小人のマルコ」「ウソつきクルーズ」とかと、呼んでいた。



この日の討論会で司会が、トランプ氏に向かって投げた第一の質問は、
前回2012年大統領選挙で共和党代表となって、民主党のオバマ大統領と闘ったミット・ロムニ氏の、
トランプ氏に対するかなりひどいコメントに対し、「どう思うか」であった。


トランプ氏の答。

「彼は、負け候補だ。オバマに容易に勝つべきなのに、酷い負け方をした
…その酷さに誰もが唖然とした。共和党は無論だ。
しかも、その後1ヶ月どこかに消えてしまった。旅行に行ったらしい」


日本のメディアでもかなり伝えているので、ここでは、この日の討論会の品の無さに係る司会の自嘲の言葉は記さない。
1つだけ言えば、トランプ氏が、聴衆に両手を拡げて見せつつ、
「自分の手が小さい」なんてことはない(つまり、局所も小さくない)、とルビオ氏に応えていた点である。

NPRの記者も、これを「おやおやの瞬間」(OMG moment)と形容していた。
しかし記者は、「お前の母親は軍靴を履いていた」(mother wore army boots) 式(売春の意味)
の酷いことまでは出なかった、と伝えている。



問題は、ヒスパニックとか、ラティノと呼ばれている、
今やアメリカでも17.4%と、黒人の13.2%を抜いて、白人以外ではナンバーワンの大きさを占めている、
その人々による「受け」の問題である。

ともにラティノ系であるクルーズ氏とルビオ氏との比較において、
本人は認めていないが、トランプ氏は引けを取ることになると見られている。

それにここに来て、クルーズ氏とルビオ氏とは、これまでとは違って、
2人の間での互いの攻撃は控えて、対トランプ攻撃で拍子を揃えている。

7月の党大会で共和党としての候補が決ったら、誰が候補になろうと、支持しなければならない
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3人とも、その点は皆が初めから血判を押した形になっている。

しかし、共和党本流(establishment)の中からは「トランプ氏がそうなった時、どうするか」、
を今更のように再考して、色々な動きを見せている。


共和党は元来から、「秩序と統一性」(unity, order)を伝統とし、それを大切にする党とされてきた。
しかし、トランプ氏の勢いが、ここまで来るとは、予想してなかったし、
それによって、共和党内の亀裂がプライマリ(予備選)にありふれた程度(garden variety)のものではなく、
かつてない深い亀裂に成長しつつある今、かつての1912年の記憶が今一度甦ってきた。

その時も、取り返しの付かないような亀裂が生じ、その亀裂に乗じて1896〜1932年の間で
たった1人の民主党、Woodrow Wilsonに大統領の椅子を持って行かれてしまった。

その時の亀裂とは、Ted Roosevelt前大統領(1901~1909)が、
4年の間を開けて、1908年の大統領選挙に再び自ら共和党から立候補しようとしたときのことである。

Rooseveltは、かねて親友でもあった、そして自らが、最高裁長官に任命しようとしたこともあったが
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1904年の政治情勢から、そのときの大統領候補として後押しをしていたWilliam H. Taftの、
その第1期目の終わりであった。

ところがTaft大統領も、1908年に再選を目指しており(共和党も現職大統領のTaft支持に固まっていた)、
結局Rooseveltは、自ら進歩党(Progressive Party)を立ち上げる
(つまり、共和党から分れる)形になってしまった、その記憶である
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 ・Bill Pascoe氏の分析・


クルーズ氏をサポートする右翼政治団体Tea Party PatriotsのBill Pascoe氏は、トランプ氏が、「これまで有利な進め方をしてきた」と言われている点を、次のように分析している。

「彼は、発言内容を『くるくる変えてきた』と言われているが
(Fox News司会のこの3月3日の討論会の時も、補助として、
トランプ氏が発言を変えてきたビデオを映しながら質問していた)、
実際は、彼は主張そのものを余り変えていない。
問題は、なぜ彼がその場その場で変ったトーンで、ものを言うかだが、動機は一貫している。
その場での彼のために、最適な立場をとるという点だ。
つまり、人々が一番聞きたがっている角度から、喋っているという点だ」

「2010年の選挙で共和党が、最近では最大の巻き返しを見せて、下院でも多数を取った。
更に2014年もだ…いずれも、小さな政府、財政の黒字を謳っていて、支持を集めた
…ところが2つとも、一向に改まらない…人々は、これでワシントン不信、政治不信に陥ってしまった
…いまや問題は共和党かどうか、保守党かどうか、そういった問題ではない。
そこへ、政治とはまるで縁のなかったトランプ氏が現れた。そのトランプ氏の言は、人々に新鮮だった。
『私はリーダーだ。私は勝者だ、アメリカを偉大にして見せる…』」



NPRの記者が、今度はクルーズ氏に矛先を向けて、

「クルーズ氏は柔軟性に欠ける。彼は何をしてきたか。
上院での議事妨害だけだ…何も片付いていない。
自分では、『私は物事を片付ける人』と言っているが…」

などと仕向けたのに対しては、Pascoe氏は、クルーズ氏を擁護して述べている。

「彼はTea Partyの精神に沿って選出された…その3年間の実績を見ても、保守としてよくやっている
…不法移民の問題でも大統領に反対し、国の借入上限問題でも、厳しく対応している…イランの核の問題でも同じだ
…すべてキャンペーンでの約束を守ってやってきた…」



一方、そのクルーズ氏が頼りにしているキリスト教の団体の中からは、トランプ氏に対する支持の例も示されている。

たとえば、Liberty Univ.学長のJerry Falwell, Jr.のような大物のほか、
NPRは、Military Bible Associationの設立牧師James Linzeyにインタビューしたものを流している。

そのLinzeyは、上記とは反対に、クルーズ氏を悪い方の引合いとして、トランプ氏を誉める形をとっている。

「クルーズ氏は偽善者…色々キリスト教のことを喋っているが、『ショー』に過ぎない。
ゴールドマン・サックスにより、いいようにされている。
これに比べ、トランプ氏は『買われた男』じゃない。
彼は、国境管理を主張、外国からアメリカ企業を呼び戻して雇用を創出し、
不法移民を送り返して財政負担を軽減するとともに、アメリカをもっと安全な国にすると言っている」


「政治問題でのトランプ氏の姿勢は判りましたが、信仰とか宗教上ではどうなんでしょう?彼の信仰に問題はないですか」

NPRの記者の質問に対するPascoe氏の答えは明快であった。

「全く…信仰によって誰も投票を決めていませんよ!
第一、トランプ氏は牧師じゃない…牧師の第一人者を決めるための選挙に出ている訳でもない。
軍の総司令官に誰がなるかを決める選挙に出ているのです」


「でも、彼の道徳心のようなものは問題ないですか。ストリップ・ショーやカジノの経営者ですが?」

「彼は、ビジネスマンです。大統領に成れば(切り替えるでしょう)、ビジネスとは別の存在です。
多分、彼はその間、ビジネスは一任勘定(blind trust)扱いにするでしょう。
道徳心の点ではミット・ロムニーこそ問題です。
彼は4年前、トランプ氏のまえに跪かんばかりにして、「応援する」(endorse)の一言を求めました。
そこでトランプ氏は、それを与えたのです。それを今、掌を返したかのように、トランプ氏を貶して…これは、信義に悖る…」






 ・縮小した民主党・

共和党が危機を迎えるかのような今年の大会(7月)の可能性を述べたが、
NPRは民主党こそ、もっと問題含みだとしている。
というか、オバマ大統領の下で民主党は「縮小した」と言う。

オバマ大統領は、FordやGMを救済し、健康保険法やDodd-Frank Actを成立させ、党の名声を高めた一方、
次のように、その間その勢力は縮小してきたとしている。

当初60人いた連邦上院の勢力が、今は46人、下院でも257が188へと減少した。
全州の知事の数でも、その間に9人減っているほか、各州のその他の公職でも、民主党は代表を減らしている。

もっともこれには、アメリカの連邦と州の選挙法のミックスで出来ている
現在の選挙法の仕組みも関係していると、NPRは分析している。

4年ごとの大統領選挙では、多くが参加するから、
都会的で若く、独身で、宗教により無関心な層、即ち民主党が多くなる、と見る。

2年ごとの中間選挙では反対に、より年配の、田舎出の白人が多く、より宗教的な人々、共和党に偏り勝となる
(この中間選挙で、全州知事や、その立法府の議員が選ばれる)。




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 ≪脚注≫

1 移民問題についての発言でも不法移民を国外退去(deport)させると言っていたのが、少し変わってきている、など。

2 その中では、New York Timesの記事からの引用で、フロリダのMar-a-Lago Clubというリゾート施設で、応募してきた多くのアメリカ人を雇わないで、
 (ポーランド系の不法移民や)安いキューバ人などを雇っていたこと、衣類製造工場を、アメリカ国内から海外へ持って行ったこと、などを攻撃していた。
 これに対してトランプ氏も反撃した。「これまで何万人も雇ってきた。君らは、人を雇ったことなんかないじゃないか」

3 ルビオ氏が持ち出したのは、この日の討論が行われたデトロイトの伝統あるFox TheatreでのFox(ニューズ社)の3人の司会者のうちの1人(女性)、
 2015年8月、トランプ氏に対する応答で彼を怒らせてしまった、Megyn Kellyが専ら質問していた件、「トランプ大学で、36000ドルを払った学生が、
 宣伝とは違う内容であったとして(詐欺にあったとして)損害賠償を請求している事件」であった。

4 問題は、大会での代表選出が、一回で決着がつくのか否かである。共和党でも民主党でも。大会で「投票のやり直し」というものをしたことが、ずっとなかった
 (共和党の場合は、1948年以来)。

5 そのとき、フィリピン総督をしていたTaftは、そちらの方に心を入れ込んでいたので、最高裁長官は、彼が自ら望んでいた職であったにもかかわらず、断っている。
 その後1921年、Wilson大統領の時に、この最高裁長官の職に就いている(國生一彦、「アメリカの憲法成立史―法令索引判例索引、事項索引による憲政史―」p.664など)。

6 この点での解決策として、前注のFox Newsは、ジョージタウン大(Georgtown Univ.)のRandy Barnettの提案として、クルーズ氏とルビオ氏とが、
 大会では互いに相手を支持し、もし一方が、大会で指名を受けられると決ったら、他方を、副大統領候補とすると言う「パートナーシップを作る」ことを伝えている。



                                             2016年3月6日