No.60

        迫りくるアメリカ大統領選挙―その法的なあらまし


1.

アメリカの選挙制度は複雑である。
大体、州と連邦との二元政体、二元政治である
(ここでは、先ず連邦、つまりアメリカ合衆国の選挙制度から述べることとする)。

ご承知のように、政府の執行部としてあるのが、大統領であるが、
立法府は、二院制を取っている(連邦議会)。

司法部については詳しいことは割愛するが、連邦には、最高裁判所と下級裁判所とがあり、
いずれの裁判官も、大統領による任命制である
(ただし、連邦議会上院の助言と承認を必要とする(U2.(2)))。

さて、選挙制度であるが、
大統領の任期は4年で、第2回までは当選できる被選挙権がある(修正]]U,1)。
この選挙制度は、一種の間接選挙の形を採り、複雑である。

では、連邦の議員の選挙制度の骨格からは行って見よう。

下院議員は、2年毎に選挙される
[1](つまり、任期は2年である(T,2(1))。
これに対し、上院議員は、任期が6年で3分の1づつ2年毎に改選されるよう設計されている(T,3(2))。
下院議員は、満25歳以上、上院議員は、30歳以上でなければならない(T,2(1)、3(3))
[2]

こうした被選挙権に対し、憲法は選挙(投票)権をどう規定しているか。

憲法は基本的に、この投票に係る定めを州権(州のオリジナルな主権)が規律する問題としていて、
憲法で定めるのは、上述の年齢制限と、住居制限とだけである(T,2(2)、T,3(3))。
その中で、連邦も、上院議員の選挙場所を除外して、選挙の際の日時、場所及び方法を、
それらを変更することを含め、その立法権により、決めることができる(T,4(1))。

注1のような前史により、選挙に係る仕来り、習慣、実績などは
憲法が成立した1789年より1世紀半以上の前から積み重なってきており、
原理的に州以下の政体の問題として決っている。憲法もそれを受けて、選挙民
(electors)に対して、
その州の立法府下院(尤も人数の多い院)の選挙民として必要な資格を要求する(T,2(1))。




2


上の1.で見たとおり、投票権等、選挙法の問題は、
古くから各州法の問題であり、各州議会が規律していた。
そこで、今問題になっている期日投票の問題でも、50州毎に異なり、一律ではない。

迫りくるアメリカ大統領選挙では、派手な候補者の言動が専ら注目を集めているが、
期日前投票なども、州の選挙制度の下でくり広げられることになる。

NPRは、今回の大統領選で投票する人の3分の1が
早期投票
(early voting in person)制度を利用するだろうと予測している(9月23日)。

「ただし、どの州でもOKと言う訳ではない!」との注意も添えて、
早期投票制度につき、次のように解説している。

それによると、一口に早期投票制度と言っても、複雑である。

先ずオレゴンと、ワシントンの2州のように、郵便投票制度
(absentee vote by mail)を採用する州がある
(メイン州も、「不在投票率が高いから」と、その制度を採用する州に加えている)。

それ以外の州は、早期投票が可能な州と
投票日に実際に投票場で投票する制度の2つに分けられる
(更に、早期投票が可能な州にも、何らの理由を示す必要のないno excuse州と、
理由を示す必要のある不在投票州との区別もある)。

その上でNPRは、今回早期投票制度により投票する人の割合を34%と算いている
[3]

また、次のようにも伝えている。

「早期投票制度
(early voting system)をスタートさせたのが、南北戦争であり、
 1864年選挙で25の北部州が、兵士らのための早期投票制度を可能にし、
 その後、病気、老齢、その他の理由を加えるようにする立法をした。
 現在27州とD.C.地区とが、何らの理由を示す必要のない
(no-excuse)早期投票制度を実現している」。





3

アメリカでの投票権は、上記のように州権として存在してきたが、
州権としてである以上、各州の独自性が、殊に奴隷制の上に存続していた南部11州で独自性が強く出る。
奴隷制の下では、投票権を云々すること自体、馬鹿げたことだからである。

南北戦争の最中の1863年1月1日、リンカーン大統領は、
正式な奴隷解放宣言
(Emancipation Proclamation)を出した
(これにより、11州に居た4百万人の奴隷解放が実現した)。

一種の大統領令である。

この後、一切の奴隷制度を禁止する修正]Vが(1865年)、
次いで元奴隷の黒人全てに合衆国市民権を与えた修正]Wが(1868年)、
そしてそれらの黒人全てに合衆国投票権を保障した修正]Xが成立した(1878年)。

これらと併行的に連邦議会では、
連邦法のレベルで、これらの修正憲法を裏付ける立法がなされた
(一連の公民権法
(civil rights acts)1866、1867などがそれである)。

これらの憲法と連邦法により、南部11州議会が、
戦後の1865年夏頃に慌てて(北部が牛耳る連邦議会が召集される前の真空期間に)作った、
いわゆるBlack Code(人種分離を温存しようとする州の法制)を無効化した。

更にその後も、南部州が以上のような連邦法を無視して元奴隷の黒人らを圧迫したため
(その1つとして、州の役人らも絡んだKKKなどの動きがあった)、
大統領になったグラント将軍
(Ulysses S. Grant)は、一連の武力法(Forces Act、1870~1875年)を立法した。
その下で、北軍が南部州に入って行って、武力で法の執行を担保しようとした。

そんな中で、上記の公民権法(1867年)の下で投票権を与えられた黒人らが、
大挙して(投票率は90%にも上った)投票した同年には、
南部州を通して600人以上の黒人が、公職に就いたとされる。

深南部州の中でも、キング牧師が主に運動をしていたアラバマ州が、
20世紀初め(1901年)に人種差別的な憲法(1901)を制定するなど、
ミシシッピ州と並んで、最も人種差別でも酷かった州である。

これを是正できたのは連邦のみであり、そのことを裏付ける証拠として、
実際に1965年に出来上ってきた連邦投票権法(後出)がある
(それを見ると、50州全体に係る部分と、深南部州だけに特化した部分と、
2つの部分に分けて作られている。
後者の定めの方が、ずっと細かく厳しくなっていることが判る)。

こうした20世紀後半での連邦による改革の前の深南部州では、
黒人らに投票権を与えないために、実に色々な方法が考えだされていた。
投票権の登録を黒人らにさせないよう、ありとあらゆる方法で妨害をしていた。

その最たるものが、登録するのに問題がない(資格がある)ことを、
誰か(その郡に登録されている第三者)に証明
(vouch for)して貰わねばならない

(申立用紙は、TからYまで分れている、そのYが、その「別人による検査」となっていて、
「本人は、○○に住んでいて、自分は、○年○ヶ月の間、彼を識っている。
アラバマ州内に少なくとも1年、○○郡内に少なくとも6ヶ月以上になる…」、
などと書かれたそこに、別人が宣誓のうえサインしなければならないようになっている)。

役所で黒人が先ず登録申請書を渡して貰い、
その登録書(A4で4ページ)に記入出来たとして
(この4ページの紙の末尾にある、「偽証罪に当らない」、旨の言葉の下に、サインもしなければならない)、
今度は、登録官によるテストが待っていた。その主観的な判断に身を委ねることになる。




4.


現代での問題として、NPRが指摘する点が2,3ある。

先ず、早期投票制度が出来たことによる、選挙(投票)詐欺の問題であるが、
NPRは、「これは余り多くないだろう」、と推測する(2000〜2012年間で491件だとする)。

次に、今後の技術的進歩の問題としてインターネット(Eメール)を使っての投票があり、
現に米軍兵士と、その家族などに関して行われているとしている
(Uniformed and Overseas Citizens Absentee Voting Act (UOCAVA) of 1986, P.L. 99-410, 4 U.S.C.§1937ff以下)

またno-excuse early votingのない州として、11州を挙げている。

NPRは、アメリカの制度(殊に、その登録制度)が直面している更に新手の問題に触れている。

登録名簿の記載事項そのものに、多くの間違いが生じているというのだ(9月21日)。
それも一部は、投票権を黒人らから実質的に奪う目的でなされた、
登録官による後からの記入が、その犯人だとしている。

これに対し、ACLUが訴訟を起こしていることも伝えている
[4]

公共的役割を持った弁護団体Public Interest Legal Foundationの
J. Christian Adams(元司法省)は、

「全米で200以上の郡
(counties)で、住人数より登録人数の方が多くなっている」
と述べたとも伝えている。

そんなことだと、ドナルド・トランプが以前から疑惑の目を向けている
「民主党の地方組織によるインチキ」、が生じ易くなることは、間違いない。

一方、ドナルド・トランプの方は、
共和党の全国組織(RNC)を使って黒人らやラティノなどの
マイノリティの選挙民に圧力をかける運動をやっている。

これが、民主党による共和党に対する2010年の
「裁判上の和解」のようなconsent decreeに違反しているとの批判が
民主党と、その支持団体などから上がっている。

このconsent decreeは、RNCが2008年に、
1982年の決定の取り消し訴訟を起こしたことに対するもので、
その1982年の決定と言うのは、1981年頃にNRCの支配下の団体(たとえば、KKKなど)が行っていた
黒人らやマイノリティに対する威圧行為につき、以後法律に従うことに同意した内容であった。




**脚注**

[1] アメリカは、元来がイギリス国王の圧政と、王に味方する国会議員らによる支配に反抗して始った国であり、
  上からの政治に対し、とても猜疑心が強く、多くの公職の任期は、1,2年と言う例が多かった、という建国前の歴史がある。
[2] この住人としての必要な住居期間は、下院議員で7年、上院議員で9年と定められている。
[3] 実際に算いているのは、フロリダ大学の政治学の助教授Michael McDonaldで、
  “Elections Project”と言う団体を立ち上げている。
  同助教授は、これから先、早期投票をする人が、「益々増えていくだろう」、としている。
[4] 1920年に作られた全米規模の人権団体American Civil Liberties Unionは、その面での影響力も大きい。



                                    2016年10月17日