No.59

           多民族社会アメリカ


アメリカが今や多民族国家であることは、「常識」と言ってよいだろう。

アメリカの宗教活動家で、
「公共宗教研究所」
(Public Religion Research Institute)(PRRI)のCEOである
Robert P. Jones (Ph. D)が、また本を出した
[1]
「白人クリスチャンによるアメリカの終焉」
(“End of White Christian America”)である。

白人クリスチャンによるアメリカの絶頂期が1950年代までであったとし、
その弔辞と訃報を読んでいる。

その彼が、NPRとのインタビューで(7月16日)、
人口統計などを基礎として、2,3の大局を語っている。


1つは、2042年には白人クリスチャンが、文字どおりの少数(マイノリティ)に落ちてしまうことだ。
しかし、先の方ばかり見なくとも、既に顕著な変化が出ているという
(オバマ氏が大統領に就任した2008年に54%だったものが、
今(2016)は、その比率が年45%に下ってきている)。彼の説明である。

「これは、単なる人口問題でも、数字の問題だけでもない。
文化の問題、それも、この国のそもそもの出発点となった「ピューリタン精神」の問題である
…市民社会を1つに結合していた膠のようなものが、
それが最早存在しなくなった、ということである」。


彼は、W.W.U中の困難で磨かれた、こうした白人クリスチャン文化が、
戦後の繁栄期の1960年に、その文化的ピークを迎えたとする。

その文化を例示するテレビのお茶の間的人物として、
Jane Cleaver、Andy Griffin(俳優)、Norman Rockwell(イラストレーター)、
更に宗教界では、Billy Graham、
Norman V. Peale(トランプ氏が、両親などと行っていた教会の牧師)
などを挙げる。

NPRの記者も、これに呼応して言っている。

「その後に起こってきた公民権運動、フェミニズム、大統領などの要人の暗殺事件シリーズ、
政治と社会の不安定化などで、こうした人々と、その時代が終わりを告げましたね」。

Jones氏
「私は、こうした20世紀中頃から後の変化をどう受け止めているか、世論調査をしたんですよ」
として、福音伝道派
(Evangelicals)プロテスタント(白人)の70%、
また、福音伝道派より自由志向の高いプロテスタント本流(白人)の60%が、
(世の中が)「悪化した(白人クリスチャンにとって)」と答えたという。

彼は、この国の宗教的にいわば本流の人々のこの反応を、
彼の言う「もっとシンプルで(Simpler)、白人が権力を握っていた時代」、
「精神的なゴールデン・エイジ(黄金期)へのノスタルジア」だと捉えている。


以上のような大きなうねり、文化の変化は止りそうもない。
アメリカへ流入する人種の非白人化、多様化の勢いは衰えるどころか、増大の一途であるからだ。

NPRは、総括していた(2015年10月7日)。
それまでの半世紀の間に、世界で例を見ない規模の59百万人がアメリカに流入(移民)してきたとし、
その背景としてアメリカの移民法の大改正
(Immigration Act of 1965)を挙げている。

同法は、それまで白人(ヨーロッパ人)に事実上限られていたアメリカの移民枠を、
世界中から文字どおり無差別に受入れるようにした。
つまり、この1965年法が今日のアメリカ、その多民族国家制を形作ったと言ってよい。

NPRは、同法が今日のアメリカの
@労働市場を変え、
A政治風景を変え、
Bアメリカ人であることの意味を変えた
(ヨーロッパ系という古いカテゴリーは失われた)という。

この文化面を捉え、ハーバード大学の比較宗教学のDiana Eck氏は、
世界の八大宗教がすべてアメリカに揃っているとし、
多様性追求プロジェクトを立ち上げた(9月7日NPR)。

そのプロジェクトを通して同氏は、
この半世紀の動きの中でも殊に、9.11以降のアメリカ社会の変化が「大きい」と見ている。

比較宗教的な視点から、その多様性を追求する中でも、
特にアメリカ社会中のイスラム
(Muslim)の存在に注目している。

彼らが事件以降、一段とアメリカ社会に溶け込もうと努力していると告げる
(かつては、他の宗教に近付いたり、それを理解しようなどとの試みは、
イスラム教団に「似つかわしくない」と非難され、排斥された)。


Eck氏は、前記の八大宗教のプロテスタントを除くいずれかの宗教に、
アメリカ人がどれほどの親近感を抱いているかを、2つの質問により調査した。

第1は、「全体印象点」を訊ねるもので、
第2点は、「どのグループに知人が多いか」を訊ねたものである。

全体印象点でのナンバーワン以下の順位は、
ユダヤ、カトリック、福音伝道
(Evangelicals)、仏教、ヒンズー、モルモン、無宗教、イスラム
の順であった。

次にEck氏は、宗教と政治との結びつきを調査する中で、
在米のイスラムの人々が、民主と共和のどちらの政党の支持に廻っているかを調べた。
この点で面白いのは、9.11の前後で大きく変化したことである。
9.11前は、共和党支持が多かったイスラムの人々が、今や民主党の支持に廻っているという点である。

それにしても、社会がこのように多様で信仰の対象自体も異なるというのは、
大変な苦痛と言わざるを得ない。

Eck氏は、こうしたアメリカ社会の人種の混在、多様性を分析、指摘したうえで、
1つの国民
(Nation)として進むべき今後の道として、民族とか、信条とかによるのではなく
「(人類の)共通原理に立ち帰り、それを元に一本化するしかない…」という。

「このまま、多様のままずっと行くということは考えられなくて、
また移民の流れが続く以上、多様化はこの先も続くであろうが、
これは、アメリカのいわば運命であり、
それを受容れて、自然と一本化が進んで行くのを待つしかない」という。

現に政治の面では、もっと迅速な一本化(多様性の克服)が見られる。

NPRが例示しているのは(2015年10月7日)、ヴァージニア州フェアフックス郡の話しである
[2]
このワシントンDCの郊外と言ったところで、1970年に3%だった外国生まれの住民が、
2010年には30%、つまり住民の3人に1人が外国生まれとなってしまっていた。

NPRはこのように外国化した、つまり現代アメリカの風景の一部となった
フェアフックス郡の代表(州下院議員)、韓国からの移民一世キム氏を採り上げている。
ヴァージニア州フェアフックス郡の建国来の400年の歴史で初めてのことだという。



**脚注**
1 PRRIはワシントンD.C.にある、非営利、超党派で宗教、倫理、公共サービスなどの研究を行っている団体で、世論調査にも力を入れている。
2 Fairfax Countyといえば、建国の歴史とも関係が深い1769年にジョージ・ワシントン(当時ヴァージニア州議会議員)が、
 同志らと集ってイギリス商品の全面的ボイコットを議会に呼びかけるフェアフックス決議(Fairfax Resolve)を準備していた。



                                  2016年9月12日