No.47

             トランプ氏三題


共和党全国大会委員長の司会の下、
ドナルド・トランプ氏を党の大統領候補に指名したこの7月21日(木)
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メディア(それも、ほぼ世界中の)が、これをトップに掲げているのは、至極当然のことであろう。
その中で、NPRの記事の3つに注目した。



1つは、数ヶ月前まで共和党予備選(プライマリーズ)の中で
トランプ氏に次いで大体2位に付けていたテキサス州のテッド・クルーズ氏に対する
トランプ氏の「彼が、仮に支持を表明しても、そんなのは受けないよ…断る!」
というものである(7月20日)。

大会3日目にクルーズ氏が演壇に立ったが、「トランプを支持する」はおろか、
トランプ氏の名前にも触れなかった
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(共和党のルールで、大統領候補に名乗り出る時には、
「誰が選ばれようと、党が決めた候補をサポートする」、旨の誓約書が入れられている。
このクルーズ氏には、大会会場もちょっと異様な雰囲気に包まれていた)。

これについてクルーズ氏は、翌7月21日(木)朝テキサス州の代議員と朝食をともにしながら、
「自分は、妻のことをとやかく言った男をサポートすることには、慣れていない…」
と説明していたという。

一方のトランプ氏は、上記の誓約書に言及したうえで、
クルーズ氏に対する腹いせに、クルーズ氏の父親についての、次のような話を持出している。

「雑誌“National Enquirer”の表紙に彼の父親と、
あの気狂いLee Harvey Oswaldとが一緒に朝食しているところが載っていたが
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クルーズ氏は一度も、それが自分の父親であることを否定していない…」。


第2は、トランプ氏の受諾スピーチについてである。

これなども、日本とアメリカ社会の成立ちの違いを感じさせるものがある。
大統領候補の演説の代表とも言うべき受諾演説には、
これまでも脚注が使われた例が少なくないが、今回のトランプ氏の演説は何と75分と長かった。
これに282の脚注が付けられている。

事実、彼の脚注のNo.145では、その理由をも説明し、
自らのプレゼンが、事実を「平易かつ正直に述べたものであると示すため」
としていた
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それらの脚注の多くが、メディアからの引用、
つまりNew York Times、CBS News、CNN、Forbes、NPRなど、
トランプ氏が批評している局などのものである。
ところが、トランプ氏の引用の中には、引用違いもある
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(と、Pam FesslerというNPRの女記者はいう)。

たとえば、「アメリカを安全な国にする」というトランプ氏は、
「アメリカの50大都市での殺人は昨年、過去25年間で最大の17%アップした
…また首都では50%上がった」、
としてWashington Post紙を引いている

(そのWashington Post紙の記者に対しては、
トランプ氏はついこの間、「出て行け!」と怒鳴って会場から追い出したうえ、
「インチキで、不正直な新聞だ」などと貶していたが)。

Pam Fessler記者は、同僚から
「あなたの記事も引用されているわよ!」と注意され、よくよくチェックしたという。

連邦投票権法に絡む点で、トランプ氏はNPRの記事を
「システムが、バーニー・サンダースや一般市民などに不利なように歪められていて、
チャンスをつかめないようになっている…」と引用している。

原文では、投票権法に対する人々の信頼に関するもので、
結論として、「多くの人々が、システムに何ら疑問を感じることなく信頼している…」となっていた。


第3は、NPRの記者による与党民主党で
下院議員集会
(Caucus)長を務めるベッセラ氏(Xavier Becerra)に対するインタビューで、
トランプ氏に係るものである。

「トランプ氏の昨夜の演説は、いかがでした?」と訊ねているが、
それに対する答えは、「やかましく、長く、不機嫌!」
(…loud, long and angry)と、短く強烈なものであった。

記者が、「事実も語っていましたよね?」と言ったのに対しては、

「多少の事実もあったには違いないが、そのすべてをチェックするとなると、大忙しだ。
中には、初めから怪しいのもある」として、
ベッセラ氏は、ベンガジ
(Benghazi)での事実、アメリカ経済の診断、
そして「なぜ、誰が、経済の問題を生じさせたか」、つまり経済の犯人探しの3つを挙げた。

その上でトランプ氏は、他人の後ろ姿の指さし非難ばかりだ。
何の解決法も示していない。確かに、自らを中流だと考えていたアメリカ人の多くが、
「状況が変った」、と感じている。

それに対するトランプ氏の処方箋は、裏付けに欠けている。
今や党の正式候補なんだから、今までと同じように、
表面的なことばかり言って済ますわけにはいかない。
それでは困る。「何を、いかに、どうすべきか」を、はっきり示して言って欲しい。

続く記者の質問は、
昨夜は、過去に民主党寄りだったと思われる人々にトランプ氏が焦点を当てて喋っていましたね!
LGBT問題だとか、娘のIvankaまで出てきて、女性の権利などを喋っていましたね、
というものだ。

これに対するベッセラ氏の返答は、こうだ。

「トランプ氏は何でも屋だよ。彼は民主党でもあり、共和党でもあり
…大統領になったら、何になっているんだろうね!
まあしかし、LGBTを持出したのは良かった。
ただ、慣れないのか、その発音が、ちょっとばかりおかしかったが。
しかしトランプ氏にとっての問題は、彼の副大統領候補も含め、
共和党のご友人らが皆、そういった点に反対していることだ」

「我々民主党は来週、事実でやる。意見じゃない。
意見は意見。各人の自由だ。てんでバラバラだ。
だが事実は、「自分だけの事実」なんてものはない。



**脚注**

1 慣例により、その時の野党の方から先に、この全国大会を開くことになっており、オバマ大統領の与党民主党は来週を予定している。
2 クルーズ氏が言ったのは、「良心に従って選べ!」で、最後の瞬間にそう変えたのだという。
3 トランプ氏としては、J.F.ケネディ大統領を狙撃して殺害したとされるオズワルドとの関係を問題にしたもの(2016年7月22日、npr.org)。
4 トランプ氏は、記者団に向って
 「事実とは違う、もっと捻ったの、巧みなでっち上げ、メディアにとっての謎が欲しかったら、民主党大会に行ったらいい!」
 と言ったという(7月22日NPR)。
5 しかしPam Fessler記者がいうのは、Washington Post紙には
 1991年にはこれら50大都市での殺人は2倍も多かったという事実も報じられていたことである。


                                    2016年7月26日