●総括:エムトゥーメ&ルーカス

エムトゥーメとレジー・ルーカスに関する総括として、彼らの共同作業についてもふれて
おきたい。エムトゥーメとルーカスは、70年代の前半をマイルス・デイヴィス・グループ
のメンバーとして共に過ごした。彼ら以外のメンバーもグループにはいたわけだが、なぜ
彼らだけが共同作業をするまでに至ったのだろうか。単純に考えれば、一緒にやっていこ
うと意気投合するだけの共通する何かがあったということだろう。そのキーワードになる
のは、フィラデルフィアとソウル・ミュージックではないかと考える。エムトゥーメとル
ーカスは、2人ともフィラデルフィアという街と関係が深い。エムトゥーメはフィラデル
フィアの出身であり、ルーカスはフィラデルフィアでセッション・ミュージシャンとして
働いていた経歴をもつ。アメリカの黒人間の地域による結びつきは、ことのほか強いもの
と聞く。彼らの関係にも、地域性が大きく影響したのではないかと想像する。
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■Miles Davis / Get Up With It
 エムトゥーメとルーカスが参加していた70年代前半における
 マイルス・デイヴィスのスタジオ作業を集めたオムニバス盤。
 他のグループでは聴くことのできないような、壮大な音楽が
 展開される。《レイテッドX》は、ブラック・ミュージック
 史に残すべき傑作だと思う。
地域による結びつきをさらに強くしたのが、ソウル・ミュージックに対する音楽的な志向 性だったように思う。エムトゥーメとルーカスがデイヴィスのグループに在籍していた頃 、フィラデルフィア生まれのソウル・ミュージックがポップとR&Bの双方のチャートで 大ヒットを飛ばしていた。しかも、それらのヒット曲は黒人ならではのメッセージを内包 していた。アフリカン・アメリカンとして黒人意識を追求してきたエムトゥーメにとって 、これらのヒット曲は大いに注目に値するものであったに違いない。ルーカスにとっては 、それらのヒット曲を制作していたのは、かつて自分が一緒に働いていた人達であった。 そのような理由からエムトゥーメとルーカスは、デイヴィスのグループでアヴァンギャル ドなファンクを演奏しながらも、自分達に関係深いフィラデルフィアで制作されたソウル ・ミュージックに着目していたように思うのである。
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■The O'Jays / Back Stabbers
 男性ヴォーカル・グループのオージェイズの作品には、作品
 を生みだした楽曲制作チームのギャンブル&ハフ、とりわけ
 ケニー・ギャンブルの黒人としてのメッセージ性がよく表れ
 ているように思う。彼らの見事な制作手腕は、エムトゥーメ
 とルーカスをおおいに刺激したのではないだろうか。
フィラデルフィア生まれのソウル・ミュージック、つまりフィリー・ソウルのきらびやか なサウンドと、それを生みだした楽曲制作の手法は、エムトゥーメとルーカスがこれから やろうとしていたことに大きな示唆を与えたように思う。70年代半ばに、マイルス・デイ ヴィスが健康上の理由でグループ活動を休止するとのと前後して、彼らはソウル/ファン クに大きく接近していく。手始めに、同じように音楽的志向性をもったドラム奏者のノー マン・コナーズがプロデュースするソウル/ファンク系のアルバムに参加。おそらく並行 して共作活動も開始。そうしてできあがった彼らの曲が、新しい雇用主のロバータ・フラ ックの耳にとまる。フラックは、彼らの協力のもとにその曲をレコーディング。その曲、 《ザ・クローサー・アイ・ゲット・トゥ・ユー》が大ヒットしたことにより、楽曲制作チ ームとしてのエムトゥーメとルーカスは大きな注目を集めるのである。
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■Roberta Flack / Blue Lights In The Basement
 エムトゥーメとルーカスの初期の共同作業《ザ・クローサー
 ・アイ・ゲット・トゥ・ユー》収録の、ロバータ・フラック
 のアルバム。マイルス・デイヴィスのグループが活動を休止
 した後、フラックはエムトゥーメやルーカスといったデイヴ
 ィスのグループのメンバーを自分のグループに迎い入れた。
エムトゥーメとルーカスは、フラックのグループを離れエムトゥーメという名のグループ を結成。グループ活動を行う一方、他のシンガーやグループのプロデュースを行うように なる。彼らがプロデュースを行ったシンガーやグループのアルバムのほとんどは、収録曲 の作詞・作曲、ベーシックなアレンジ、演奏、プロデュースを、全て自分達(およびグル ープのメンバー)で行っている、その結果、エムトゥーメ&ルーカス印の共通感をもった サウンドを築きあげた。エムトゥーメが”ソフィスタファンク”と呼んだそのサウンドは 、きらびやかなフィリー・ソウルの成分を残し、当時流行していたブラック・ロック、フ ァンク、クロスオーヴァーの影響を受けたような個性に彩られたサウンドであった。とく に都会的でセクシーなミドル・テンポのダンス・ナンバー、R&Bにはなかった軽やかな ポップさを持った曲は、その後数多く模倣されるサウンドとなった。
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■Stephanie Mills / Feel The Fire - 20th Century Collection
 エムトゥーメ&ルーカスのプロデュースによる『ホワット・
 チャ・ゴナ・ドゥ・ウィズ・マイ・ラヴィン』、『スイート
 ・センセーション』、『ステファニー』の3枚のアルバム全
 曲と関連する12インチ・シングルを収録した、ステファニ
 ー・ミルズのコンピレーション。彼らの傑作を多数収録。 
しかし同じメンバーで楽曲制作を続けるということは、同じようなサウンドになってしま う危険性を常に孕んでいるということである。エムトゥーメ&ルーカスは、個々のメンバ ーの外部での活動や、プロデュース対象を男性と女性、新人とベテラン、ソロとグループ など次々と変えていくことによってマンネリズムに陥るのを巧みに回避していた。しかし 音楽的な限界がくるのは意外と早く、初代エムトゥーメは発展的解散へと至る。その間に 彼らが制作した音楽のなかで光るのは、ファンク系の曲よりも、フィリー・ソウル譲りの きらびやかなサウンドに彩られたポップなメロディーの曲につきると思うのである。同じ 時期のアース、ウィンド&ファイアー周辺の音楽や、60年代から70年代初頭のモータウン のヒット曲とも一味ちがう、都会的なサウンドの合間に顔をのぞかせるポップさが、エム トゥーメ&ルーカスの作りあげたサウンドの真骨頂だと強く思うのである。 ◆◆◆ エムトゥーメ&ルーカスを聴く10曲 ◆◆◆
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■Roberta Flack / The Closer I Get To You
 ロバータ・フラックとダニー・ハサウェイの久しぶりの
 デュエット曲になった《ザ・クローサー・アイ・ゲット
 ・トゥ・ユー》。スペイシ―なサウンドのキーボードで
 演奏されるイントロのメロディ(曲の出だしのメロディ
 と同じ)が、不思議な浮遊感を醸し出す。強い印象を残
 すメロディの反復が気持ちイイ。
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■Mtume / This Is Your World
  エムトゥーメとルーカスのグループの最初のアルバムに
 収録された《ディス・イズ・ユア・ワールド》は、彼ら
 の作ったバラードのなかでももっともドラマティックな
 展開の曲だ思う。メロディ、コード進行、アレンジなど
 どれをとっても素晴らしい出来。
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■Flora Purim / Love Lock
 フローラ・プリムが歌ったエムトゥーメとルーカス作の
 《ラヴ・ロック》は、もともとはエムトゥーメ(グルー
 プ)の最初のアルバムに収録されていた曲。曲調がブラ
 ジルを思わすことから、最初からプリムに提供する目的
 で書いたのかもしれない。独特の浮遊感のコードがイイ。
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■Stephanie Mills / Starlight
 エムトゥーメ&ルーカスのプロデュースによる最高傑作
  はステファニー・ミルズの『ホワット・チャ・ゴナ・ド
  ゥ・ウィズ・マイ・ラヴィン』である。ミルズの実力を
 見事に引き出したヴァラエティに富む収録曲は、どれも
 傑作。なかでも《スターライト》は全て素晴らしい。
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■Phyllis Hyman / Under Your Spell 
 フィリス・ハイマンの『ユー・ノウ・ハウ・トゥ・ラヴ
 ・ミー』に提供した《アンダー・ユア・スペル》は、80
 年代のサウンドを先取りしたかのようなアレンジのポッ
 プな曲だ。メロディに絡むルーカスのギターのフレーズ
 が、実に気持ちイイ。
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■Rena Scott / Super Lover 
 レナ・スコットのファースト・アルバム『カム・オン・
 インサイド』に収録された《スーパー・ラヴァー》は、
 70年代のディスコを思わせる16ビートがたまらない。
 ルーカスのリズム・ギターとエムトゥーメのコンガが大
 きくフィーチャーされているのもイイ。
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■Mtume / We're Gonna Make It This Time
 初代エムトゥーメ(グループ)のセカンド・アルバムの
 『イン・サーチ・オブ・ザ・レインボウ・シーカー』に
 収録されている《ウィア・ゴナ・メイク・イット・ディ
 ス・タイム》は、彼ら独特の不思議なメロディとコード
 の曲だがソフトにまとまるところが凄い。ギターもイイ。
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■Stephanie Mills / Never Knew Love Like This Before 
 エムトゥーメ&ルーカスにグラミー賞の栄冠をもたらし
 た、ステファニー・ミルズの《ネヴァー・ニュー・ラヴ
 ・ライク・ディス・ビフォア》は、最高のR&Bポップ
 だと思う。彼らのチーム・ワークによって引き出された
 ミルズのパフォーマンスも凄い。
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■Sadane / One-Way Love Affair
 エムトゥーメ&ルーカスが久しぶりにグループをあげて
 バックアップした、新人男性歌手のマーク・サダーン。
 デビュー・アルバムのタイトル曲の《ワン・ウェイ・ラ
 ヴ・アフェア》は、エムトゥーメ&ルーカス作の都会派
 サウンドでは一番ソウルフル。転調がカッコイイ。
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■Lou Rawls / Now Is The Time 
 トム・ベル対エムトゥーメ&ルーカスという、ふた組の
 プロデュース・チームがしのぎをけずる、ヴェテラン歌
 手のルー・ロウルズの80年代の傑作。ロウルズの渋い声
 を、軽やかなサウンドで包むアイディアが秀逸である。
 イントロのルーカスのギターや、アレンジも最高。
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