●総括:エムトゥーメ

レジー・ルーカスに続いて、エムトゥーメについても総括を試みてみたい。そのうえで、
エムトゥーメのベスト10曲を選んでみたいと思う。一般的な音楽ファンのエムトゥーメ
に対するイメージは、ルーカスとさほど変わらないことと思われる。ジャズに詳しい音楽
ファンにとっては、パーカッション奏者で後にファンクを演奏するようになった人物とい
う印象を持っている人が多いのではないか。とりわけ、70年代のマイルス・デイヴィスの
グループのメンバーとして、エムトゥーメを記憶している人は多いと思われる。80年代の
アーバン・ソウルに詳しい音楽ファンには、グループのエムトゥーメ(エムトゥーメイと
表記する場合もある)、もしくは様々なシンガーのプロデューサーとしての印象が強いこ
とと思われる。後期エムトゥーメ(グループ)の楽曲はサンプルされることも多いため、
ヒップ・ホップのトラック・メイカーやDJ達にも名前は知られているようである。
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■Mtume (James Mtume)
 70年代のマイルス・デイヴィス・グループのメンバー、
 および自己の名前と同じ名称を持つグループで有名な、
 ミュージシャン/プロデューサーのエムトゥーメ。
 アフリカン・アメリカンとしての、リアルなストリート
 感覚にこだわった音楽人生は一貫している。
父親は、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンとの共演歴をもつサックス奏者の ジミー・ヒース。父親の兄弟は、ベース奏者のパーシー・ヒースとドラム奏者のアルバー ト・ヒースという、音楽関係者の多い家系に生まれたエムトゥーメ。彼が音楽活動を開始 したのは、1960年代の後半頃のようだ。正式な音楽教育も受けたというエムトゥーメは、 デビュー当時から早くも作曲の才能を披露している。アフリカの伝統文化を伝える教義に 傾倒し、それらの教義にもとづいて、詩の朗読、コーラス、ダンスを包括した音楽集団を 率いるようになる。その中には、ゲイリー・バーツ、カルロス・ガーネット、ビリー・ハ ート、ロニー・リストン・スミスといったミュージシャン達がいた。1971年に、マイルス ・デイヴィスのグループに参加。70年代半ばにデイヴィスが音楽活動を休止するまでグル ープのパーカッションを務め、デイヴィスの音楽にアフリカ的な要素を加えることとなる。
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■Miles Davis / Get Up With It
 エムトゥーメが参加していた時期のマイルス・デイヴィスの
 スタジオ録音を集めたオムニバス盤。この時期のデイヴィス
 のグループに出入りしたメンバーと、当時エムトゥーメが中
 心となっていた音楽集団ウモジャ・アンサンブルのメンバー
 が、かなり重複しているところは興味をひく。
一方でデイヴィス・グループの同僚だったルーカスと共に、ソウル/ファンク系の音楽に 接近していく。やがてロバータ・フラックのグループにルーカスと参加。ルーカスと共に フラックに提供した《ザ・クローザー・アイ・ゲット・トゥ・ユー》が大ヒットを記録。 そしてルーカスやゲイリー・バーツのグループにいたヒューバート・イーヴスらと、初代 エムトゥーメ(グループ)を立ち上げ、ルーカスとの楽曲制作(作詞・作曲、アレンジ、 プロデュースなど)チームも正式にスタートさせる。このあたりの経歴は、ルーカスと重 なる。ルーカスと一緒にプロデュースしたシンガーやグループのアルバムには、グループ ・メンバー全員が常に関わり、部分的に楽曲制作を任せるなどメンバーの独立を支援する ような動きも見せている。自分の信頼した仲間と協同で音楽を作りあげる姿勢は、音楽活 動を始めた当初のアフリカの伝統文化を伝える教義に端を発するのかもしれない。
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■Vitamin E / Sharing
 初代エムトゥーメ(グループ)結成前の、エムトゥーメと
 ルーカスの共同作業にあたるヴィタミンEのアルバム。
 スローでネットリしたソウル・ミュージックは、後のエム
 トゥーメ(グループ)によるアーバン・セクシー路線を思
 わせるところがある。 
80年代に入り、初代エムトゥーメ(グループ)の各メンバーはそれぞれユニットを組んで 、自分達の音楽を模索しはじめる。それに伴い、エムトゥーメは女性ヴォーカルのタワサ だけを残してグループのメンバーを一新。ルーカスとの共同作業も解消する(契約上は、 数年間続いたもよう)。メンバーを一新した新生エムトゥーメ(グループ)では、ドラム ・マシンとシンセサイザーによる電子的なミニマル・ビートをもつ独特なファンクを創り だす。そうして創りだされた音楽のテーマは、より黒人の日常の興味に密接なものになっ ていく。また、新生エムトゥーメ(グループ)の活動と同じ時期に、ようやくアンダー・ グラウンドから表舞台に出てきた感のあったラップやヒップ・ホップを、自己の音楽に取 り入れている。同時に子供達の世代のグループやシンガーに対しても、プロデュースなど でバックアップを行っていくようになっていく。
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■James Mtume / Native Son (Original Sound Track)
 ルーカスとの共同作業を解消したあとのエムトゥーメは、
 黒人青年が巻き込まれる不条理な運命を描いた小説を映画
 化した「ネイティヴ・サン」など、黒人を題材にした映画
 のオリジナル・サウンド・トラックも数多く担当するよう
 になっていく。 
以上のエムトゥーメの音楽人生を振り返ってみると、いかにアフリカン・アメリカンとし ての自意識に密接な音楽を創りつづけてきたのかが理解できる。エムトゥーメの音楽は、 ジャズやソウルなど、特定の音楽ジャンルだけでは全貌を捉えることができないものだ。 かつて若き日の自分がストリートのリアルな音楽表現として行っていた黒人としての声明 が、自分の子供達の世代のリアルなストリート文化のヒップ・ホップの中に生きているの を聴いたとき、エムトゥーメは嬉しかったのではないか。エムトゥーメの音楽的な業績は 、そのような黒人文化を音楽でリードしてきた担い手という点で評価されてしかるべきか もしれない(しかし、アメリカでそのような評価がされることはないと思われるのが現実 であろう)。エムトゥーメのような人は、黒人音楽に恩恵を受けてきた私達日本のような 海外においてこそ、もっときちんと評価をしてあげるべきではないかと思う。 ◆◆◆ エムトゥーメを聴く10曲 ◆◆◆
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■Kuumba-Toodie(Albert) Heath / Maulana
 『カワイダ』というアルバムの名義は叔父のアルバート・
 ヒースだが、収録曲は1曲を除き全てエムトゥーメの作曲。
 その中の1曲の《マウラナ》は、エイト・ビートのファン
 キー・ジャズとブラック・スプロイテーションのサントラ
 を合わせたような曲調がイイ。
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■Buddy Terry / Kamili
 サックス奏者のバディー・テリーの『アウエイクネス』に
 収録されたエムトゥーメの作による《カミリ》は、上記の
 『カワイダ』にも収録されていた曲。スタンリー・カウエ
 ルの弾くエレクトリック・ピアノのサウンドが、後の《ジ
 ューシー・フルーツ》を連想させるところが面白い。
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■Mtume Umoja Emsemble / Alkebu-Lan
 1971年8月にライヴ録音されたウモジャ・アンサンブルの
 『アルケブ・ラン』。エムトゥーメが提供したタイトル曲
 は、黒人についてかたる(というより殆ど叫ぶ)詩の朗読
 、切々と歌われる詠唱、演奏が混然一体となった音楽絵巻。
 黒人音楽が発展している最中の、ひとつの例だと思う。
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■Buddy Terry / Baba Hengates
 スタンリー・クラーク、アイアート・モレイラの参加した
 テリーの『ピュア・ダイナマイト』。ウモジャ・アンサン
 ブルも演奏したエムトゥーメ作の《ババ・ヘンゲーツ》は、
 フュージョンと呼ばれた音楽の一部が、ポスト・フリーで
 はなくフリー系ジャズの延長線上にあったことを思わせる。
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■Sonny Rollins / Sais
 マイルス・デイヴィスのグループと並行して、ソニー・ロ
 リンズのグループにも在籍していたエムトゥーメ。当時の
 ロリンズは、エムトゥーメ作の《サイス》をレパートリー
 にしていた。エムトゥーメのアフリカ志向に感化されたの
 か、民族楽器のようにサックスを鳴らすロリンズがイイ。
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■Mtume / Cabral
 エムトゥーメのアルバム『リバース・サイクル』に収録さ
 れた《カブラル》は、スピリチュアルな歌い方が、とても
 印象に残るバラード。アフリカン・アメリカンとしてのア
 フリカ志向的な音楽表現が、ゴスペル的なソウルの表現と
 ほとんど大差ないことを実感させる。
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■Mtume / Juicy Fruit 
 ドラム・マシンのミニマルなグルーヴ感と、エロチック
 な雰囲気が絶妙にマッチしたタイトル曲の《ジューシー
 ・フルーツ》。ブラック・ミュージックは、成立過程や
 表現がセックスと密接な音楽だが、エムトゥーメのこの
 曲も、黒人音楽の歴史に刻むべき傑作だと思う。
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■Mtume / To Be Or Not To Bop That Is The Question (Whether We Funk Or Not)
 『ユー、ミー・アンド・ヒー』収録《トゥ・ビー・オア
 ・ノット・トゥ・バップ・ザット・イズ・ザ・クエッシ
 ョン(ウェザー・ウィー・ファンク・オア・ノット)》
 は、ミニマルなファンク・ビートにジャズ風サックス・
 セクションやビ・バップ風のソロが入る面白い曲。
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■Mtume / Deep Freeze
 『シアター・オブ・ザ・マインド』収録の《ディープ・フリ
 ーズ》は、ドクター・ジキル&ミスター・ハイド(メアリー
 ・J・ブライジを見出すアンドレ・ハレルを含むユニット)
 のラップをフィーチャー。時代のストリート感覚を、巧みに
 取り入れている。
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■Tawatha / Did I Dream Of You
 エムトゥーメの紅一点、タワサの唯一のソロ・アルバム。
 エレクトロなサウンドのセクシーな《タイ・ライド》も
 捨てがたいが、曲の良さとキーボードの印象的なリフの
 良さで《ディド・アイ・ドリーム・ユー》が勝る。
 タワサのヴォーカルも素晴らしいパフォーマンス。
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