●総括:レジー・ルーカス

エムトゥーメとレジー・ルーカスの音楽的な歩みを、数ケ月に渡ってふりかえってみた。
このあたりで総括を試みてみたい。そのうえで、エムトゥーメおよびルーカスそれぞれと
、楽曲制作チームとしての彼らのベスト10曲を選んでみたいと思う。まずは、レジー・
ルーカスからいってみたい。アヴァンギャルドなファンクを演奏していた時期のマイルス
・デイヴィスのグループのギタリスト、または70年代末から80年代にかけてのアーバン・
ソウルのプロデューサーというのが、一般的な音楽ファンのルーカスに対するイメージで
はないだろうか。そして殆どの音楽ファンは、どちらか一方もしくはその周辺のルーカス
しか聴いていないように思う。ルーカスの名前が世の中に大きく知られたのは、デイヴィ
スのグループに抜擢されたときだと思われる。ルーカスは、デイヴィスがライヴ用に率い
たグループにレギュラーで参加した初めてのギタリストであった。
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■Reggie Lucas
 70年代のマイルス・デイヴィスのアヴァンギャルドな音楽
 を支えた、ギター奏者のレジー・ルーカス。デイヴィスの
 グループの同僚のエムトゥーメと楽曲制作・プロデュース
 業に乗り出しグラミー賞も受賞。単独でもマドンナをプロ
 デュースして大成功をはたす。
それまでの音楽的な功績から、”ジャズ”というパブリック・イメージの中で語られるこ とが多かったデイヴィスのグループにおいて、ルーカスは”ソロの弾けないギタリスト” と酷評されたこともあったようだ。しかし、ルーカスがもともといた場所は、フィリー・ ソウルの名曲を生みだしたフィラデルフィアの音楽シーンである。デイヴィスのグループ に抜擢された時点のルーカスは、R&Bのセッション・ミュージシャンにすぎなかった。 デイヴィスがルーカスに求めたものは、おそらくギター・ソロがうまく弾けるということ より、R&B、ソウル、ファンク的な主にリズム面でのフィーリングそのものであったの だろう。以降のルーカスは、数年間にわたってデイヴィスのグループのギター奏者を務め 、独特の和声感覚で即興演奏に対応できる能力(換言すれば音楽的なセンス)身につけて いく。ルーカスに対するデイヴィスの影響は、そのようなセンスに関する部分だと思う。
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■Miles Davis / Pangaea
 ミュージシャンとしてのルーカスのベストは、マイルス・
 デイヴィスの音楽に刻まれている。『パンゲア』における
 凄まじいリズム・ギター、刻々と変化していく音楽に即座
 に対応するコードは、他のギタリストの追従を許さない。
 1枚目の最後のほうでロックっぽいリードも披露している。
一方でルーカスは、デイヴィスのグループ在籍中から並行してソウル/ファンク系の音楽 に接近していく。やがて健康上の理由でデイヴィスが音楽活動を休止すると、ロバータ・ フラックのグループにデイヴィス・グループの同僚のエムトゥーメらと参加。この頃から エムトゥーメと共作を始め、フラックに提供した《ザ・クローザー・アイ・ゲット・トゥ ・ユー》が大ヒットを記録する。エムトゥーメと音楽的な方向性で意気投合したルーカス は、ゲイリー・バーツのグループにいたヒューバート・イーヴスらと、初代エムトゥーメ (グループ)を立ち上げる。同時に、エムトゥーメとの楽曲制作(作詞・作曲、アレンジ 、プロデュースなど)チームを正式にスタートさせている。こういったルーカスの行動の 一連の流れには、フィラデルフィアで優れたプロデューサー、アレンジャー、ミュージシ ャンなどから無意識に受けていた音楽制作に対する大きな影響を感じるのである。
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■Roberta Flack / Blue Lights In The Basement
 エムトゥーメとの楽曲制作およびグループ結成の方向性を
 決定づけたと思われるのが、ロバータ・フラックに提供し
 た《ザ・クローザー・アイ・ゲット・トゥ・ユー》の成功
 によるものと考えられる。当時のルーカスは、エムトゥー
 メらとともに、フラックのグループに参加していたそうだ。
暫くするとルーカスは、エムトゥーメ(グループ)とは別に、自己のユニットのサンファ イアを立ち上げ、徐々にエムトゥーメと別の道を歩み始める。そしてエムトゥーメ(グル ープ)から独立した後、当時は無名の新人歌手であったマドンナのプロデュースを手掛け る。マドンナがじわじわと成功をおさめ、その人気が全米・全世界にまで及んでいくとと もに、ルーカスにも大きな成功がもたらされることとなった。サンファイアやマドンナの ポップなR&B系の曲を聴くと、エムトゥーメと共作していた時代の曲のポップな部分は ルーカスによるものではないかと思えてくる。マドンナで大成功をおさめた後、ルーカス は最新のデジタル楽器と設備を導入した音楽スタジオを設立している。そこで白人と黒人 、およびポップスやR&Bを問わずに、年に数回というペースでプロデュースを行ってい くようになっていくのである。
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■Stephanie Mills / Sweet Sensation 
 エムトゥーメ&ルーカスのプロデュース作品のなかでも
 とびきりポップな魅力をもっているステファニー・ミル
 ズの《ネヴァー・ニュー・ラヴ・ライク・ディス・ビフ
 ォア》は、ルーカスが主体となって作った曲かも。ミル
 ズの実力を100%以上引き出した素晴らしい楽曲である。
以上のようなルーカスの音楽人生を振り返ってみると、ルーカスのイメージがすこしばか り変わってくるのではないだろうか。おそらくルーカスは、ミュージシャンというよりも コンポーザー/アレンジャー志向の強い人のように思う。最新のデジタル機器で音楽制作 を行うようになったことからも、そのような本質が垣間見える気がする。本物のフィリー ・ソウルの制作現場をじかに見て経験してきたことが、ルーカスの音楽人生に大きな影響 を与えたように思える。一方で、ギター奏者としては、ハーモニーやリズム面で非凡な演 奏能力を持ちながらも、ギターだけを前面に押し出すような音楽を作ることはなかった。 クロスオーヴァーに片足を突っ込みかけたこともあるが、ギター奏者としての自分の本質 を知っていたのだろう。《ボーダーライン》のようなポップな魅力をもつ曲を創った事実 こそ、ルーカスの最もスポット・ライトをあてるべき才能だと思うのである。 ◆◆◆ レジー・ルーカスを聴く10曲 ◆◆◆
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■Babatunde Olatunji / Takuta
 アフリカン・パーカッション奏者のオラトゥンジの『ソウ
 ル・マコッサ』収録の《タクタ》。パーカッションが熱狂
 的に鳴り響くなか、他の楽器に対し不穏な緊張感をもって
 グルーヴするルーカスのリズム・ギターの存在感がイイ。
 ベースはスタッフのゴードン・エドワーズ。
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■Norman Connors / Saturday Night Special
 ソウル/ファンクに接近していたドラム奏者のノーマン・
 コナーズ。ルーカスは『サタディ・ナイト・スペシャル』
 でファンキーなタイトル曲を提供しギターも弾いている。
 完全なファンクの曲を書いていたことと、ジャズ・ギタリ
 ストとは一味違うギター・ソロのフレーズ構成に注目。
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■Gary Bartz / Gentle Smiles (Saxy)
 サックス奏者ゲイリー・バーツの『ザ・シャドウ・ドゥ』
 にルーカスが提供した曲。プロデューサーは、ドナルド・
 バードの『ブラック・バード』で有名なマイゼル・ブラザ
 ーズ。不思議な浮遊感を感じさせるこの曲は、アルバムの
 中でも異彩を放つベスト・トラックである。
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■Reggie Lucas / The Barefoot Song
  日本制作による唯一のルーカスのソロ・アルバム『サヴァ
 イヴァル・シームズ』収録の《ザ・ベアフット・ソング》
 は、当時最先端のサウンドだったクロスオーヴァーを取り
 入れたルーカスの曲。演奏はギター奏者としての限界を感
 じさせるが、曲はイイ。
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■Hubert Eaves / Painfull Pleasure
  ルーカスはときどきウェス・モンゴメリー風の演奏を行う。
 初代エムトゥーメのキーボード奏者のヒューバート・イー
 ヴスの『エソテリック・ファンク』収録の《ペインフル・
 プレジャー》も、モンゴメリー風の演奏が聴ける1曲。
 ジャズ的なギター演奏の限界を感じさせる。
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■Flora Purim / Fairy Tale Song
 クロスオーヴァーに近づいていた時期のルーカスの演奏例。
  フローラ・プリムのアルバムで、ジョージ・デュークらと
 ミルトン・ナシメントの《フェアリーテイル・ソング》の
 カヴァーを演奏。ギター・ソロも担当しているが、変にジ
 ャズを意識しておらず吹っ切れたロックっぽいソロがイイ。
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■Sunfire / Millionaire
  ルーカスが、エムトゥーメとの活動の次のステップとして
 結成したサンファイア。彼らが残した唯一のアルバム用に
 ルーカスが提供した曲は、どの曲も傑作である。なかでも
 ゆったりとした《ミリオネア》は、ポップさを感じさせる
 素晴らしいバラード。ホーン・セクションが素晴らしい。
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■Madonna / Borderline
  ルーカスの音楽人生のベスト1は、やはりマドンナに提供
 した《ボーダーライン》だろう。メロディとコード進行の
 どちらも本当に素晴らしい。このようなポップな魅力を持
 つR&B系の曲は、ジャズだけやっていても、ファンクだ
 けやっていても、なかなか作れるものではないと思う。
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■Randy Crawford / Betcha
  ランディ・クロフォードの『アブストラクト・エモーショ
 ンズ』に収録された《ベッチャ》のメロディは、かつてエ
 ムトゥーメと共にプロデュースを行ったスピナーズの《ク
 ドゥ・イット・ビー・アイム・フォール・イン・ラヴ》を
 思わせる。ルーカスのフィラデルフィア愛を感じる1曲。
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■Constina / Without You
  ルーカスが80年代の終わり全面的にプロデュースした歌手
 のコンスティナ。アルバム『コンスティナ』用にルーカス
 が提供したバラードの《ウィズアウト・ユー》は、凝った
 転調の不自然さを感じさせないポップなバラードに仕上が
 っている。
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