●ストリート・サウンドに帰るエムトゥーメ

エムトゥーメという言葉は、スワヒリ語なのだそうだ。英語では、”メッセンジャー”と
いう言葉に相当するという。ジェームズ・フォアマン・ヒースというアメリカ人としての
名をもった黒人青年は、音楽活動を始めるにあたり自分の名を”エムトゥーメ”とした。
エムトゥーメの他にも、アメリカ生まれの黒人ミュージシャンで、アフリカに起源をもつ
伝統や文化を守り育てるという考えにもとづき、スワヒリ語の名前を自分につけた人はい
る。例えばハービー・ハンコックは、エムワンディシというスワヒリ語を自分の名前につ
け、同じ名を冠したグループを率いていた時代がある。しかし、スワヒリ語の名前を一貫
して使い続けたミュージシャンは、エムトゥーメを除いてはいないのではないか。この事
実が、アメリカに生きる黒人として日常的なストリート感覚を失わない音楽を作り続けた
エムトゥーメの生き方をよく表しているように感じるのである。
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■Mtume Umoja Emsemble / Alkebu-Lan (Land Of The Blacks) 
 1971年の8月にライヴ録音された、一大音楽絵巻。
 アフリカへの尊敬をこめたダンス、詩の朗読、フィルムの
 上映などを包括した、壮大なステージが繰り広げられてい
 たという。プロデュースはエムトゥーメ。

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■Mtume / Kiss This World Goodbye
 マイルス・デイヴィスのグループで意気投合したエムトゥ
 ーメとレジー・ルーカスはグループを結成。1978年の彼ら
 のアルバムは、黒人達の日常生活にもっとも密接な音楽だ
 ったと思われるファンクを中心とした曲がならぶ。

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■Mtume / Juicy Fruit 
 エムトゥーメの1983年のアルバム。デジタル楽器の独特な
 グルーヴ感で、黒人の日常生活でもっとも関心の高い事項
 のひとつのセックスをテーマに、絶妙なサウンドを作りあ
 げた《ジューシー・フルーツ》を収録。

1986年に映画「ネイティヴ・サン」のオリジナル・サウンド・トラックを担当したことも 、アフリカン・アメリカンとしてのエムトゥーメの姿勢と、おそらく無関係ではないと思 われる。「ネイティヴ・サン」はリチャード・ライトという黒人作家が1940年に出版した 小説で、1930年代の白人社会のなかで、運命のいたずらにより犯罪を重ねていってしまう 黒人青年を主人公とした物語である(日本では「アメリカの息子」という邦題で出版され ている)。1951年に一度映画化されているようだが、エムトゥーメがサウンド・トラック を担当したのは2回目の映画化のとき。このサウンド・トラックでは、主人公の黒人青年 ビガーをテーマとした《ビガーズ・テーマ》や、アップタウン・クルーというグループの ウッディ・ブロックのラップをフィーチャーした《ビガーズ・ビート》などで、当時の黒 人の若者達にもっとも近い音楽であったヒップ・ホップ・サウンドを導入している。
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■James Mtume / Native Son (Original Sound Track)
 エムトゥーメが担当した映画「ネイティヴ・サン」の
 オリジナル・サウンド・トラック・アルバム。
 まったりとした《ビガーズ・テーマ》などインスト中心。
 懐かしいステファニー・ミルズが1曲参加。

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■Woody Rock / Bigger's Beat
 映画「ネイティヴ・サン」のオリジナル・サウンド・ト
 ラックからシングル・カットされた、ウッディ・ブロッ
 クをフィチャ―した《ビガーズ・ビート》。サウンドは
 ラップをフィーチャーした完全なヒップ・ホップ。

以降のエムトゥーメは、アルバムの数曲のみをプロデュースする形態をとっていくように なる。このようなプロデュースの形態は、同じ時期のレジー・ルーカスと共通している。 ひとつのアルバムを複数のプロデューサーに任せるのは、当時の新人歌手のアルバムにも 多くみられた形態なので、レコード会社の販売戦略によるものと思われる。エムトゥーメ が80年代後半にプロデュースしたシンガーやグループは、男性2人組のグループのキアラ 、女性シンガーのスー・アン、男性4人組のヴォーカル・グループのティーズ、ベテラン のファンク・グループのバーケイズなどがあるが、すべて1曲か数曲のみのプロデュース となっている。例外的に、1988年に男性2人組のヒップ・ホップ・グループ、フリーズ・ ファクターの『チル』というアルバムを、新生エムトゥーメのメンバーだったフィリップ ・フィールズやエド・ムーアを引き連れて全面的にプロデュースしている。
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■Freeze Factor / Chil
 久しぶりの全面的なプロデュース作品となった、フリー
 ズ・ファクターというグループの1989年のアルバム。
 フィリップ・フィールズとエド・ムーアも参加。
 サウンド的にはヒップ・ホップ中心。

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■Sue Ann / Blue Velvet
 《ラヴ・ダイズ・ハード》1曲をプロデュース。曲調は、
 エムトゥーメがアーバン・セクシー路線の際にもっとも
 得意とするスローなテンポの曲。
 フィールズ、ムーア、タワサも参加。

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■Tease / I Can't Stand In The Rain
 エムトゥーメのプロデュースするヒップ・ホップ風の
 エレクトロ・ファンク・ビートにのせて、ゴスペル風の
 カッコいいヴォーカルとコーラスが聴けるティーズの
 12インチ・シングル。

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■kiara / To Change And/Or Make A Difference
 ルーズ・エンズ、レジーナ・ベルのプロデューサーの
 ニック・マーティネリがメインでプロデュースした、
 R&Bヴォーカル・デュオのキアラのアルバムで、
 《キャンディ・リップス》1曲をプロデュース。

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■Bar-Kays / Animal
 《ストップ!ルック・ホワット・ユーア・ミッシング》、
 《リーヴィング・ユー》など3曲をエムトゥーメが担当
 したバーケイズのアルバム。スライ・ストーンとの共同
 プロデュース《ジャスト・ライク・ア・ティーター・ト
 ゥーター》は聴きもの。
90年代に入ると、エムトゥーメのプロデュースもめっきりと減る。ブラック・パンサーが 題材にした「パンサー」や、ベトナム戦争末期の黒人男女を題材にした「ジェーソンズ・ リリック」など、映画のオリジナル・サウンド・トラック・アルバムで、ときどき名前を みかける程度なっていく。しかし、TVドラマ「ニュー・ヨーク・アンダーカヴァー」で は、久しぶりにメインで音楽を担当。そのサウンド・トラック・アルバムで、ヒップ・ホ ップの女王メアリー・J・ブライジによるアレサ・フランクリンの《(ユー・メイク・ミ ー・フィール・ライク・ア)ナチュラル・ウーマン》のカヴァーのプロデュースをしたこ と(または、ブライジのレコード会社の設立者のDr.ジキルことアンドレ・ハレルとの 共演)がきっかけとなったのか、そのままブライジの3枚目のアルバム『シェア・マイ・ ワールド』にも1曲だけプロデューサーおよびミュージシャンとして参加している。
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■Panther (Original Sound Track)
 60年代の黒人の自衛組織ブラック・パンサー党を題材に
 した映画のオリジナル・サウンド・トラックで、エムト
 ゥーメはベテランのラスト・ポエッツをプロデュース。
 サウンドはヒップ・ホップ/ファンク。

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■Jason's Lyric (Original Sound Track)
 ベトナム戦争末期を題材にしたブラック・ムーヴィーで、
 エムトゥーメは、K-Ciによるボビー・ウーマックの傑作
 アルバム『ザ・ポエット』にされていた《イフ・ユー・
 シンク・ユーア・ロンリー・ノウ》のカヴァーを担当。

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■New York Undercover (Original Sound Track)
 エムトゥーメが音楽監督を手掛けたアメリカの人気TV
 シリーズ。メイン・テーマをはじめ、メーヴィス・ステ
 ープルズ、グラディス・ナイト、シャンテ・ムーアなど
 5曲をプロデュース。

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■Mary J. Blige / Share My World
 メアリー・J・ブライジが本物であることを知らしめた
 傑作アルバム。エムトゥーメは、ナタリー・コールの曲
 《アワー・ラヴ》のカヴァーのプロデュースを担当。
 久しぶりにバジル・フェアリントンも参加。

こうした音楽的な経歴だけを眺めても、エムトゥーメのアフリカン・アメリカンとしての 姿勢は徹底しているように見える。ストリートに根ざした音楽を模索し続けてきたエムト ゥーメが、ストリートから出てきた新しい文化のヒップ・ホップと共鳴しあったのは必然 だったように思える。ダンス、イラスト、ファッション、ラップなど、ヒップ・ホップ・ カルチャーの要素は、スタイルの差異はあれど、エムトゥーメにとっては自らの音楽活動 のなかで実践してきたことばかりだったのではないか。おそらくエムトゥーメにとって、 ヒップ・ホップはストリート性と姿勢という意味では自分がやってきた音楽と同じものだ ったように思える。エムトゥーメが作りだしたエレクトロなファンクも、ディスコ・ミュ ージックとヒップ・ホップの橋渡しをしたように思う。そしてエムトゥーメは、自分の名 前のとおり、今日でも黒人文化を守り伝える役割を果たし続けている。
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■Mtume / Theater Of The Mind
 エムトゥーメ(グループ)としての最後になったアルバム。
 ファンクが前面に押し出され、ラップも含まれている。
 アフリカン・アメリカンとして音楽を追求してきたエムト
 ゥーメの、ひとつの到達点のように思う。

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