●新人男性シンガーを世に送り出すエムトゥーメ&ルーカス

ロバータ・フラックへの楽曲提供で本格的にはじまったエムトゥーメとレジー・ルーカス
の楽曲制作は、1970年代の終盤においてはステファニー・ミルズやフィリス・ハイマンと
いった女性シンガーのアルバム・プロデュースが中心だった。やがてミルズに提供した曲
の《ネヴァー・ニュー・ラヴ・ライク・ディス・ビフォア》がグラミー賞のベストR&B
ソングという栄冠を獲得すると、エムトゥーメとルーカスは男性グループや男性シンガー
のプロデュースに方向を切り替えていくようになる。彼らは、まずリアル・シングやスピ
ナーズといった、経験も実績もある男性のソウル・グループのプロデュースを手掛けた。
そして、エムトゥーメとルーカスがスピナーズのアルバム『キャント・シェイク・ディス
・フィーリン』を手掛けたのと同じ年に、アルバム全体のプロデュース行って世に送り出
したのが、新人男性シンガーのマーク・サダーンである。
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■Marc Sadane
 エムトゥーメ&ルーカスが世に送り出した新人男性シン
 ガーのマーク・サダーン。
 デビュー当時は、”サダーン”名義で活動していた。

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■The Spinners / Can’t Shake This Feelin' 
 エムトゥーメ&ルーカスの男性ヴォーカル・グループに対
 する本格的なプロデュースの第一弾となった、1981年制作
 のスピナーズのアルバム。バーニー・ウォーレル、マーカ
 ス・ミラーなど、グループ以外のミュージシャンも参加。 

マーク・サダーンに関しては情報が少ない。バイオグラフィーを調べてみると、オフ・ブ ロードウェイにいたそうである。70年代のブロードウェイといえば、トニー賞で7部門を 勝ち取ったオール黒人キャストによるミュージカル「ザ・ウィズ」(主役は、後にエムト ゥーメ&ルーカスがプロデュースを行う女性シンガーのステファニー・ミルズ)が注目を 集めていた時期である。サダーンも、ミュージカル・スターを目指していたのか。しかし サダーンは、アッパー・ウェスト・サイドにあった「ミケルズ」というクラブのハウス・ バンドのヴォーカリストとして仕事をするようになったらしい。「ミケルズ」は、スタッ フの結成場所として、ジャズやフュージョンのファンに知られたクラブである。すこしハ ーレムよりにあったせいか、黒人客も多いクラブであった。ルーカスも、リアル・シング と出演したことがあるようなので、そのときにサダーンと知り合ったのかもしれない。
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■Various / The Wiz The Super Soul Musical "Wonderful Wizard Of OZ"
 トニー賞で7部門を獲得した「ザ・ウィズ」のオリジナル・
 ブロードウェイ版のミュージカル・スコア。ステファニー・
 ミルズやディー・ディー・ブリッジウォーターが参加。
 ダイアナ・ロス、マイケル・ジャクソン出演で映画化された。

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■Stuff / Live At Montreux 1976
 「ミケルズ」が生んだバンドのスタッフが、デビュー当時
 にどのような音楽を繰り広げていたかは、同時期にモント
 ルーでライヴ録音されたこのアルバムを聴くのがよい。
 R&Bとファンクのグルーヴが炸裂している。

サダーンのバイオグラフィーによれば、ステファニー・ミルズのツァーに同行したことも あるようだ。その後、エムトゥーメとルーカスのプロデュースにより、サダーンは大手レ コード会社のワーナー・ブラザーズからデビューすることになるのである。ブロードウェ イ・ミュージカルの主役のミルズ、オフ・ブロードウェイにいたサダーン。ミルズのプロ デュースを行ったエムトゥーメとルーカス、ミルズのツァーに同行したサダーン。「ミケ ルズ」に出演したルーカス、「ミケルズ」で歌っていたサダーン。ワーナー・ブラザーズ からデビューした「ミケルズ」出身バンドのスタッフ、ワーナー・ブラザーズからデビュ ーしたサダーンと、どうして全くの新人のサダーンが、大手レコード会社のワーナー・ブ ラザーズからデビューできたのか、そしてプロデュースを行ったエムトゥーメ&ルーカス との関係が、これらのつながりから見えてくるような気がする。
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■Sadane / One-Way Love Affair
 エムトゥーメ&ルーカスがエムトゥーメ(グループ)をあ
 げて全面的にバックアップした、サダーン名義によるマー
 ク・サダーンのデビュー・アルバム。
 収録曲から、アルバムに対する彼らの気合が伝わってくる。

サダーンのワーナー・ブラザーズからの第一弾アルバムとなった『ワン・ウェイ・ラヴ ・アフェア』は、なかなかの力作である。収録された全10曲のうち7曲をエムトゥー メ&ルーカス(1曲のみ、エムトゥーメ(グループ)のベース奏者のバジル・フェアリ ントンとの共作)が書き下ろしているところに、プロデューサーとしてこのアルバムに かける彼らの意気込みを感じる。残りの3曲は、1曲が60年代にモータウンからフォー ・トップスが放ったヒット曲《スタンディング・イン・ザ・シャドウ・オブ・ラヴ》、 2曲はエムトゥーメ(グループ)のメンバーの書き下ろしである。《スタンディング・ イン・ザ・シャドウ・オブ・ラヴ》のカヴァーがあるせいか、サダーンのヴォーカルの すこししゃがれた中音域を中心にシャウトするヴォーカルは、フォー・トップスのリー ド・ヴォーカルのリーヴァイ・スタッブスを思わせなくもない。
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■The Four Tops / Definitive Collection 
 ダイアナ・ロス&ザ・シュプリームズと共に、ホランド/
 ドジャー/ホランドの強力なバックアップによって60年代
 モータウンの黄金時代を担ったフォー・トップスのシング
 ルを集めたコンピレーション。

エムトゥーメとルーカスがサダーンのプロデュースを引き受けた理由は、まだ世の中に 実力が広く知られていないシンガーを、自分達のサウンドで成功に導く彼らの基本姿勢 があったと思われる。それに加えてサダーンの場合、当時の黒人音楽に対するアンチ・ テーゼのような部分があったのではないか。1981年に全米トップ10入りした黒人歌手の 曲は、ダイアナ・ロスとライオネル・リッチーのデュエットの《エンドレス・ラヴ》、 サックス奏者のグローヴァー・ワシントン・Jrとビル・ウィザーズのコラボ《ジャス ト・ザ・トゥ・オブ・アス》といったソフトな曲が多かった。サダーンの荒々しくエモ ーショナルなヴォーカルは、その反対をいくものである。エムトゥーメとルーカスは、 サダーンのアルバムで自らを含む黒人音楽の”進むべき方向”を示したのではないか。 『ワン・ウェイ・ラヴ・アフェア』を聴くと、そのように感じるのである。
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■Endless Love
 マイケル・ジャクソンのお友達としても名高い、女優の
 ブルック・シールズ主演の同名映画のサウンドトラック。
 ライオネル・リッチーとダイアナ・ロスがデュエットし
 た主題歌は、夏に全米チャートの1位を獲得した。

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■Grover Washington Jr / Winelight
 ”クリスタルの恋人たち”という邦題が、今となっては
 なんともいえない《ジャスト・ザ・トゥ・オブ・アス》。
 確かに、「なんとなくクリスタル」な時代を象徴する、
 音楽ではあった。黒人達はどう聴いたのだろう。

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