●ソフィスタファンクの確立・フィリス・ハイマン

ステファニー・ミルズのアルバムで、自分達のグループのサウンドを基盤とした楽曲制作
を含む本格的なプロデュース業に進出したエムトゥーメ&ルーカス。彼らが初期にプロデ
ュースを行ったシンガーは、ミルズだけではない。フィリス・ハイマンがいる。ハイマン
は、ハスキーでパンチのある歌声の実力派シンガーだ。エムトゥーメとルーカスと一緒に
仕事を行う前は、ノーマン・コナーズ、サックス奏者のファラオ・サンダース、ファット
バック・バンドといった人達と仕事をしている。コナーズのアルバムでは、エムトゥーメ
とルーカスがマイルス・デイヴィス・グループにいたときのベース奏者のマイケル・ヘン
ダーソン(コナーズのアルバムがきっかけとなりソウル系のヴォーカリストに転身する)
とのデュエットを、サンダースのアルバムではハイマンのアルバムにそのまま入れてもお
かしくないような見事な歌を聴かせている。これだけでも、彼女の実力は伺いしれる。
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■フィリス・ハイマン
  イタリア系の父親とアフリカン・アメリカンの母親の
 間に生まれたというハイマン。エキゾチックな顔立ち
 の美人というだけでなく、シンガーとしての実力もな
 かなかのものである。
 
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■Norman Connors / You Are My Starship 
 マイケル・ヘンダーソンとのデュエットの《ウィー・
 ボス・ニード・イーチ・アザー》、スタイリスティク
 スのカヴァー《ベッチャ・バイ・ゴーリー・ワウ》で
 ハイマンのヴォーカルがフィーチャーされている。

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■Pharoah Sanders / Love Will Find A Way 
 ノーマン・コナーズのプロデュースによるサックス奏
 者のファラオ・サンダースのアルバムでは、ハイマン
 のヴォーカルが3曲でフィーチャーされている。《ア
 ズ・ユー・アー》は、完全にハイマンが主役。

エムトゥーメ&ルーカスとの最初の接点は、ハイマンの初めてのソロ・アルバムになる。 ハイマンは、無名だった70年代半ばにシングルを発表したことはあるが、ソロ・アルバム が制作されたのは1977年のことである。このハイマンの初めてのアルバムに、ルーカスと エムトゥーメの初代キーボード奏者のヒューバート・イーヴスが参加している。どのよう な経緯で参加したのかは不明だが、レコード会社がノーマン・コナーズ(ルーカスもアル バム制作に係わった)が所属するブッダ・レコードであったこと、およびルーカスが参加 した《チルドレン・オブ・ザ・ワールド》(作曲およびキーボードはイーヴス)のプロデ ュースが、自身が率いたモンスター・オーケストラ(ルーカスが在籍していたMFSBの メンバーが参加していた)などでフィラデルフィア・インターナショナルと関係の深いジ ョン・デイヴィスであったことが関係しているような気がする。
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■Phyllis Hyman / One On One
 無名時代にリリースしたシングル《リーヴィン・ザ・グ
 ッド・ライフ・ビハインド》、《ベイビー(アイム・ゴ
 ナ・ラヴ・ユー》/《ドゥ・ミー》の3曲を含む、ハイ
 マンのレア・トラックを集めたコンピレーション。

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■John Davis & The Monster Orchestra / Love Magic
 4枚目のアルバム『ザ・モンスター・ストライクス・ア
 ゲイン』からのシングル・カット《ラヴ・マジック》の
 日本盤のジャケット。音は完全にディスコ。
 いやはや、なんとも・・・。

ルーカスの参加した、ハイマンの初ソロ・アルバム『フィリス・ハイマン』収録の《チル ドレン・オブ・ザ・ワールド》は、イーヴスらしいサウンドのアップ・テンポな楽曲だ。 ワウワウを使用したファンキーかつジャストなリズム・カッティングを聴かせるのが、お そらくルーカスのギターだと思う。しかし、このときは、単なるセッション・ミュージシ ャンとしての参加のようだ。やがてハイマンは、ポテンシャルを買われたらしく、レコー ド会社をブッダからアリスタ・レコードに移籍する。そこでの2作目のアルバムのプロデ ューサーとしてレコード会社が白羽の矢を立てたのが、エムトゥーメとルーカスの制作チ ームであったらしい。ロバータ・フラック&ダニー・ハサウェイへの楽曲提供や、なによ りも当時直近の仕事だったステファニー・ミルズのプロデュースによって、ヒット・メイ カーとしての実績が買われたようだ。
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■Phyllis Hyman / Phyllis Hyman
 ルーカスが参加した《チルドレン・オブ・ザ・ワールド》
 収録の、ハイマンの初ソロ・アルバム。全てのR&Bの曲
 の中でも最高に素晴らしい《ノー・ワン・キャン・ラヴ・
 ユー・モア》も収録されている。一聴の価値あり。

以上のような経緯があり、エムトゥーメ&ルーカスがハイマンのアリスタ移籍後のアルバ ムの『ユー・ノウ・ハウ・トゥ・ラヴ・ミー』をプロデュースすることとなった。バック で演奏を担当しているのも、エムトゥーメ(グループ)のメンバーである。ウモジャ人脈 のサックス奏者、ゲイリー・バーツも参加している。しかしセッションは順風満帆にはい かなかったようで、レコード会社もアルバムの出来に満足しなかったらしい。アルバムを 聴くと、エムトゥーメ&ルーカスはハイマンの意向もなるべく汲みあげて良い作品を作ろ うと努力している。結果的には、『ユー・ノウ・ハウ・トゥ・ラヴ・ミー』は、ハイマン およびエムトゥーメ&ルーカスの代表的な作品のひとつとなったが、エムトゥーメとルー カスは、以後ハイマン側のオファーを断ったようだ。自分達のプロデュースの刻印を押す 以上、中途半端なものはお金を積まれても作る気はなかったのであろう。
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■Phyllis Hyman / You Know How to Love Me 
 エムトゥーメ&ルーカスのポップでダンサンブルなサ
 ウンド・プロデュースによって、結果的にハイマンを
 代表するアルバムとなった『ユー・ノウ・ハウ・トゥ
 ・ラヴ・ミー』。

そのような制作裏話とは関係なく、アルバムの収録曲はハイマンのダイナミックなヴォー カルと相まって素晴らしい作品に仕上がっている。とくにタイトル曲《ユー・ノウ・ハウ ・トゥ・ラヴ・ミー》は、フィリー・ソウル譲りのきらびやかなストリングスとジャジー なキーボードに複数のファンキーなギター・リフが絡む、エムトゥーメ&ルーカスの傑作 である。とびきりポップな《アンダー・ユア・スペル》や、アップ・テンポな盛り上げナ ンバー《ヘヴンリー》も素晴らしい。グループ・メンバーのイーヴスが書いた《ホールド ・オン》はイーヴスらしいスペイシーな曲で、少しエキゾチックなコンピューター・サウ ンドにYMO(ちょうどアメリカ発売したばかりの頃)の影響を感じなくもない。自分達 のグループ、ミルズのプロデュースときて、ソフィスティケートされたファンクを追い求 めてきたエムトゥーメ&ルーカスのサウンドが確立されたことがわかるアルバムである。
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■Yellow Magic Orchestra / Yellow Magic Orchestra 
 ゲーム機のサウンドがビートとシンクロして、コンピ
 ュータを使ったマーティン・デニーの《ファイア・ク
 ラッカー》のカヴァーにつながっていくのが衝撃的だ
 ったYMOのアメリカ盤。イーヴスも聴いていたのか。

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