●エムトゥーメとレジー・ルーカスの最初の共作

ノーマン・コナーズや、コナーズがプロデュースしたアクエリアン・ドリームなどのアル
バムへの参加によって、ソウル・ミュージックに接近していったエムトゥーメとレジー・
ルーカス。やがて彼らは、”エムトゥーメ&ルーカス”のクレジットのもとに共同で楽曲
制作を行っていくようになる。では、彼らが一緒に作った最初の曲は何という曲なのか。
ロバータ・フラックがダニー・ハサウェイと歌ってヒットした《ザ・クローザー・アイ・
ゲット・トゥ・ユー》(1977年)ではないかと長年思っていたのだが、どうやらトランペ
ット奏者のエディ・ヘンダーソンの《セイ・ユー・ウィル》(1977年)という曲らしい。
《セイ・ユー・ウィル》は、『カミン・スルー』というヘンダーソンのアルバムに収録さ
れていた曲。ディスコの時代をモロに感じさせるノリの良いリズムの曲であり、その後の
”エムトゥーメ&ルーカス”も連想させる。ちなみにシングル・カットもされている。
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■Eddie Henderson / Comin' Through
 ハービー・ハンコックのグループでの活動が、比較的知
 られているヘンダーソンの5作目のスタジオ・アルバム。
 若き日のダイアン・リーヴス、EW&Fのアル・マッケイと
 フィリップ・ベイリーなどが参加している。

エディ・ヘンダーソンは、ハービー・ハンコックが1970年代初頭に率いたエムワンディシ というグループ(別名:ハービー・ハンコック・セクステット)のトランペット奏者とし て知られる人である。ジャズ業界のなかではあまり語られることがない人だが、ハンコッ クが、自分のグループのフロントに据えるだけのことはあり、トランペットの技術とセン スはかなりなものだと思う。エムワンディシのリズム・セクションを担っていたバスター ・ウィリアムズ(ベース奏者)とビリー・ハート(ドラム奏者)はエムトゥーメが率いた ウモジャ・アンサンブルのリズム・セクションでもあるので、エムトゥーメとの交流は、 彼らを介して交流がはじまったのかもしれない。ウモジャ・アンサンブルだけではなく、 ウモジャ人脈が係わったサックス奏者のバディー・テリーのアルバムにも参加している。 したがって、ヘンダーソンもウモジャ人脈の1人と捉えてもよい気もする。
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■Herbie Hancock / Mwandishi 
 ハービー・ハンコックが、明確なグループを組織して、
 自己の音楽表現を追求しはじめたという点でも注目の
 エムワンディシ。ジャズ・ロックやフュージョンだけ
 でなく、アフリカ志向を抜きには語れない。

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■Mtume Umoja Emsemble / Alkebu-Lan (Land Of The Blacks) 
 1971年の8月にライヴ録音された、エムトゥーメ中心
 の一大音楽絵巻。
 エムワンディシのバスター・ウィリアムズとビリー・
 ハートが、リズム・セクションの一部を担っている。

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■Buddy Terry / Pure Dynamite
 テレビや舞台を活躍の場としたサックス奏者のバディ
 ・テリーが残したアルバムに、エムトゥーメやビリー
 ・ハートと共にヘンダーソンも参加している。
 スタンリー・クラークの曲でソロをとっている。

ちなみにエムワンディシは、エムトゥーメ(本名:ジェームズ・フォアマン・ヒース)と 同じく、全員がスワヒリ語の名前をつけている。ヘンダーソンも、エムガンガというアフ リカン・ネームをつけている。アメリカで生まれ育った彼らが、アフリカン・ネームをつ けるという行いは、”祖先がアメリカに連れてこられた後に白人によってつけられた名前 を受け継がずに、自分たちが本来いたはずの場所で使われている言葉を自分の呼び名とす る”という強い黒人意識の表れなのだそうだ。黒人意識については音楽以外のことも深く 調べる必要があり様々な文献でまだ勉強中なので、ここでは単にエムワンディシのメンバ ー全員がアフリカン・ネームをつけていたという事実に着目しておきたい。この事実によ り、エムワンディシの全員が、同じくアフリカン・ネームをつけていたエムトゥーメと考 えが共鳴する部分が多かったのではないかということが想像できるのである。
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■Herbie Hancock / Crossings
 エムワンディシの2作目。ジャズ的なコレクティヴ・
 インプロヴィゼイションとファンク的なリズムが交差
 するなか、シンセサイザーやエレクトリック・ピアノ
 と生楽器の織りなすスペイシーな音響空間が面白い。

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■Herbie Hancock / Sextant
 ワーナーからコロンビアにレコード会社を移籍しての
 エムワンディシの3作目にして最終作。
 エレクトロニクスという言葉がピッタリくるサウンド
 と、ジャズおよびファンクが巧みに融合されている。

ヘンダーソンとエムトゥーメは、バディー・テリーやノーマン・コナーズのアルバムを通 じて交流していた。そして満を持して、ヘンダーソンのアルバム『ヘリテージ』にエムト ゥーメは自作の《インサイド・ユー》を持って参加する。《インサイド・ユー》は、まだ ルーカスとの共作ではなく、エムトゥーメの単独作となっている。ベースとピアノの低音 部によるヘヴィーなグルーヴにのった、ミュート・トランペットのサウンドがカッコいい 曲だ。サンプリングのネタ元としてDJから好まれそうなタイプの曲である。90年代のジ ャズ系ヒップ・ホップのサウンドを、70年代半ばの段階で既に達成してしまっているよう にも思える。実際、90年代後半から2000年代にかけてのヒップ・ホップ・サウンドを作り だしていたといえるジェイ・Zは、アルバム『リーズナブル・ダウト』に収録されていた 《カミング・オブ・エイジ》で《インサイド・ユー》を大々的にサンプリングしていた。
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■Eddie Henderson / Heritage
 ヘンダーソンの、4作目のソロ・アルバム。
 楽器を持って上半身のみ写っているヘンダーソンの後ろで
 、大人の白人女性2人の前でトランペットを吹いている黒
 人少年のジャケットにも注目。

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■Jay-Z / Reasonable Doubt
 ニューヨークを拠点にヒップ・ホップ・サウンドを
 支えてきたジェイ・Zのデビュー・アルバム。
 ヘンダーソンの《インサイド・ユー》に眼をつけた
 センスは鋭い。

《インサイド・ユー》の後に、いよいよエムトゥーメとルーカスの2人が係わった作品の 《セイ・ユー・ウィル》がくる。面白いことに、この曲でファンキーなギターを弾いてい るのはルーカス本人ではなく、当時の人気ギター奏者のリー・リトナー。さらに、キーボ ードはリトナーとの共演も多かったパトリース・ラッシェン、エムトゥーメと共にパーカ ッションを担当しているのはアース、ウィンド&ファイアーのフィリップ・ベイリーなの である。エムトゥーメやヘンダーソンと容易には結びつかない彼らが参加している理由は 、おそらくプロデューサーのスキップ・ドリンクウォーターとの関係であろう。ドリンク ウォーターは、リー・リトナーの傑作『キャプテン・フィンガーズ』のプロデュースでも 有名だが、ヘンダーソンやノーマン・コナーズのアルバムのプロデュースも行ってきた。 エムトゥーメとも、彼らのアルバム制作の最中に知り合ったのではと思われる。
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■Lee Ritenour / Captain Fingers
 リトナーというギター奏者が只者ではないことを
 音楽業界に知らしめた、クロスオーヴァーを代表
 する名盤。スキップ・ドリンクウォーターのプロ
 デュースの代表作でもある。

ちなみに、エムトゥーメとルーカスはヘンダーソンの《セイ・ユー・ウィル》と同じ年に 、ドリンクウォーターのプロデュースによるラリー・コリエル&ザ・イレヴン・ハウスの ベース奏者のジョン・リーとドラム奏者のジェリー・ブラウンの共同名義のアルバム『ス ティル・キャント・セイ・イナフ』にも参加している。どちらかというとクロスオーヴァ ー系プロデューサーというイメージのドリンクウォーターが、ヘンダーソンやコナーズを 介してエムトゥーメやルーカスの系列に名前があがってくるのは意外である。”エムトゥ ーメ&ルーカス”サウンドへの影響は正直わからないが、ルーカスのギターについては、 おそらくドリンクウォーターを介して知ったリー・リトナー(および彼がやっていたクロ スオーヴァー)に影響を受けたのは間違いない。ルーカスが、クロスオーヴァーに片足を 踏み入れていたことはここに記しておきたい。
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■John Lee & Gerry Brown / Still Can't Say Enough
 イレヴン・ハウスのリズム・セクションだったジョン
 ・リーとジェリー・ブラウンの双頭リーダー作。
 西海岸のクロスオーヴァー勢との交流は、ルーカスの
 楽曲制作に多少の影響を与えたように思う。 

話は横道にそれたが、ドリンクウォーターのプロデュースの元でエムトゥーメらとともに 作ったヘンダーソンの《インサイド・ユー》や《セイ・ユー・ウィル》のようなサウンド は、これまでフュージョンやレア・グルーヴといった言葉で、”単純に”括られてきたよ うなところがあるように思う。しかし、当時のエムトゥーメやヘンダーソンが強く意識し ていたアフリカン・アメリカンとしての黒人意識を核において音楽を眺めてみると、ジャ ズ、ソウル、ラテンなどのブラック・ミュージックと70年代の終盤に登場した黒人による ヒップ・ホップを結ぶ線上にある音楽であることがわかる。さらに言えば、ヘンダーソン がやっていた音楽は、トランペットという楽器のもつサウンドのせいもあるが、同じ楽器 を演奏するマイルス・デイヴィスが、1980年代に活動を再開してからライヴで行っていた 音楽と繋がっているようにも思えるのである。
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■Miles Davis / Doo-Bop
 ヘンダーソンが70年代にやっていた音楽は、
 デイヴィスの最後のスタジオ作(未完)となった
 『ドゥー・バップ』にも繋がるように思える。
 デイヴィスの晩年の音楽も再検証が必須だ。

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