●エムトゥーメ&ルーカスとマイルス・デイヴィスの音楽

アフリカ回帰志向の強い音楽をやっていたエムトゥーメと、フィリー・ソウルの中心地に
いたレジー・ルーカスは、1972年からマイルス・デイヴィス・グループで一緒に演奏活動
を行っている。エムトゥーメとルーカスが、デイヴィスのグループに参加したことで得た
ものはいったいなんなのだろう。また、エムトゥーメとルーカスが参加したことによって
、デイヴィスの音楽にはなにか変化があったのだろうか。それを確認するためには、当時
のデイヴィスのグループがやっていた音楽をよく聴いてみる必要がある。ルーカスが参加
したての頃のデイヴィスのグループは、9人編成という大所帯であった。ジャズというジ
ャンルで、トランペット奏者が主体となるグループによく見られる編成は、トランペット
、サックス、ピアノ、ベース、ドラムスという5人編成である。デイヴィスも、50年代や
60年代にかけて、この編成によるグループを率いている。
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■Miles Davis / Miles In The Sky
 60年代のデイヴィスのクインテット(5人編成)による
 最後期のアルバム(1曲だけギターが加わる)。
 このアルバムから、エレクトリック楽器が意識的に導入
 されるようになっていく。

ルーカスが参加した頃のデイヴィスのグループは、上記の5人編成に、ギター、パーカッ ション、シタール、タブラが加わった変わった編成だった。この編成でデイヴィスが創り だしていた音楽は、特定のジャンルにあてはめることのできないアヴァンギャルドな音楽 であった。やがて、キーボードとシタールとタブラがグループから抜け、ギターが1人増 えて7人編成となる。キーボードが不要になったのは、デイヴィスが自らオルガンを弾く ようになったことと、ルーカスがギターで多様なバッキングができるようになったためと 思われる。この7人編成のグループによる演奏は、いくつかの主題や骨組みをもとに、連 続かつ流動的に展開していく音楽であった。このような演奏手法を、デイヴィスは「イン スタント・コンポジション」と呼んでいる。同じ主題の曲であっても、その時々のフィー リングで演奏はまったく異なり、その分ミュージシャンは自由になれるのである。
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■Miles Davis / In Concert
 ルーカスが参加したての頃(1972年)の、デイヴィス
 のグループのライヴ・アルバム。
 楽器編成も不思議だが、インド系楽器を含む見た目も
 かなり異様な感じがするグループであった。

そのような音楽をデイヴィスと一緒に奏でていたエムトゥーメとルーカスは、デイヴィス のグループに参加してなにを得たのだろう。プレイヤーとしての成長はもちろんあった。 高度な即興性をもつ「インスタント・コンポジション」のような演奏をやっていれば、あ る意味で当然といえる。1975年頃の演奏を聴いてみれば、1972年のライヴと比較して2人 ともかなり複雑な演奏ができるようになっていることがわかる。とくにルーカスの演奏は 、他に比較しうるギター奏者が思いつかないくらい多彩なアプローチである。また”デイ ヴィスのグループのメンバーである”という事実も、経済的および注目度(ロック界から も注目されていた)の点で、多くの経験を彼らにもたらしたと思われる(その分、批判も 大きかったとは思う)。しかし、それらのことが、彼らがその後パートナーとなって制作 した音楽にどのような影響を与えたのかについては、少し考えてしまうのである。
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■Miles Davis / Agharta
 1975年の日本におけるライヴ・アルバム。
 1972年の『イン・コンサート』と比較すると、
 エムトゥーメやルーカスの演奏はかなり多彩になっており
 周囲の演奏への反応も鋭くなっているのがわかる。

デイヴィスの音楽と、エムトゥーメとルーカスのプロダクション・チームが作りだした音 楽は、”ファンク”をキーワードにして結びつけることができる。しかし、音楽そのもの への影響という点では、エムトゥーメとルーカスのほうがデイヴィスの音楽に(無意識に )貢献したことのほうが多いのではないか。そう思うのは、70年代のデイヴィスの音楽は 、それ以前よりもメンバーの音楽性に依存するところが大きいように思えるからである。 もちろん音楽をまとめあげているのはデイヴィスなので、優れた音楽性のメンバーがいた としても、その人自身の音楽になってしまうわけではない。デイヴィスがその時点でやり たい音楽がまず最初にあって、そのアイディアを実現するのにもっとも適したミュージシ ャンを集めて、その人の最良の部分をデイヴィスが引き出して、楽曲としてまとめあげる ことによって、70年代のデイヴィスの音楽は成立していたように思うのである。
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■Mutume & Reggie Lucas / The Best Of Mutume & Lucas
 エムトゥーメとルーカスのプロダクション・チームが手掛
 けた主要な楽曲を集めたコンピレーション。
 このような音楽性をもっていたエムトゥーメとルーカスが
 デイヴィスの音楽に持ち込んだものも多くあるように思う。

したがって、エムトゥーメのアフリカ志向の強いコンガやルーカスのファンキーなギター のもつ音楽性は、無意識のうちに、デイヴィスの音楽のパーツとして大きな貢献を果たし ていたと考える。貢献がどの程度のものだったかは、73年以降のデイヴィスの音楽から、 それぞれの演奏を頭の中で抜いてみればわかる。なにか大事なものが欠落しているような 音楽になってしまう。その意味では、デイヴィスが70年代の最後に率いた7人編成のグル ープは、デイヴィスを含む全員が平等(サックスだけは例外かもしれないが)に音楽に貢 献していたグループであった。それは、ロック、ジャズ、クラシック、ファンクなどの、 多様なジャンルおよびスタイルの要素が盛り込まれた音楽であり、それらの要素は各メン バーのもつ音楽性によって多く持ち込まれた。デイヴィスの音楽は、それらの要素を統合 した、壮大なアフリカン・アメリカンの音楽(黒人音楽)に聴こえるのである。
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■Miles Davis / Pangaea
 疾風怒濤のオープニングから、デイヴィスが泣きの
 ソロを繰り広げるエンディングまで耳が離せない。
 あらゆるジャンル・スタイルの要素を持ってきても
 最終的に滲みでる熱いブルースの塊がたまらない。

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