●マイルス・デイヴィス・グループに参加したころのレジー・ルーカス

レジー・ルーカスがマイルス・デイヴィスのグループに加わったのは、1972年の夏頃のよ
うだ。9月以降に行われた各地のライヴには、レギュラー・メンバーとして参加している
のが発掘音源などで確認できる。したがって、秋の時点ではグループに加わっていたのは
間違いない。よくわからないのは、スタジオ録音である。ルーカスがデイヴィスのもとで
録音した最初の公式音源は、つい最近までは1972年9月録音の《レイテッドX》だった。
内外の資料でもルーカスは参加していることになっており、実際に音を聴いても、ルーカ
スは確かに参加していると思われる(左側から聴こえるリズムを刻むギター)。しかし、
近年になって発売されたボックス・セットに収録されていた《チーフテイン》という曲に
、ルーカスは参加しているようだ。録音は1972年の8月。この曲はライヴでも演奏されて
おり、実際に音を聴いてもルーカスは確かに参加しているようである。
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■70年代のマイルス・デイヴィスを支えた
 ギタリストのレジー・ルーカス。
 エムトゥーメとの音楽制作で業界で名をあげ、
 後にマドンナをプロデュースして大成功をはたす。

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■Miles Davis / Get Up Wtith It
 《レイテッドX》が初収録された、デイヴィスの
 傑作コンピレーション・アルバム。
 デイヴィスの弾くアヴァンギャルドなオルガンと、
 疾走するバンドの演奏の対比がカッコイイ。

わからないのは、『オン・ザ・コーナー』収録の《ブラック・サテン》である。『オン・ ザ・コーナー』は、発売当初から参加ミュージシャンのクレジットが記載されていない。 アメリカのジャズ雑誌「ダウン・ビート」は、レコード会社から参加ミュージシャンの回 答をもらって発表(1973年3月1日号)している。それが基本情報となり、その後何度か訂 正が加えられて現在にいたっているようだ。近年編纂された「ダウン・ビート」のデイヴ ィス関連記事をまとめた書籍「マイルス・デイヴィス・リーダー」に記載されているクレ ジットのパターンだけでも3種類あり、そのすべてが『ザ・コンプリート・オン・ザ・コ ーナー・セッションズ』記載されているレコード会社による正式なクレジットと一致して いない。海外の研究家のサイトでは、さらに異なるパターンも提示されている。つまり、 どれかが真実であれば、あとは全て”抜け・漏れ・ミス”があるという状態なのである。
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■Miles Davis / The Complete On The Corner Sessions
 《チーフテイン》が公式収録された、ボックス・セット。
 『オン・ザ・コーナー』のセッションの全てを収録した
 ようなタイトルだが、実体は1972年から1975年の、主な
 公式発表曲と未発表曲・別テイクをまとめたもの。

さて肝心のルーカスだが、《ブラック・サテン》に参加しているようでもあり、参加して いないようにも聴こえたり微妙である。『オン・ザ・コーナー』には、これまで発表され た情報によればジョン・マクラフリンとデイビッド・クリーマーという2人のギタリスト が参加したことになっている。マクラフリンはタイトル曲に、クリーマーは《ヘレン・ビ ュート/ミスター・フリーダムX》に参加して、それぞれソロもとっている。彼らの参加 もミステリアスな部分がないわけではないが、これを正しいとした場合、《ブラック・サ テン》で聴けるギターの音は、マクラフリンやクリーマーとは異なるように思えるのだ。 サウンドと弾き方から、マクラフリンの可能性はゼロに等しいと考える。ではクリーマー かというと、やはりサウンドや弾き方が異なっている。しかし、同日録音の他の曲では、 ワウワウを使った似たようなサウンドの演奏もあり、可能性は捨てきれない。
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■Miles Davis / On The Corner
 いまもってきちんとした評価が下されていないように
 思える、デイヴィスのアヴァンギャルドな傑作。
 デイヴィスの意図に少しでも近付きたいと思い、
 何度も何度も繰り返し聴いてしまうアルバム。

もし《ブラック・サテン》のギターがマクラフリンでもクリーマーでもないとするならば 、最初に候補にあがるのは、その後でデイヴィスのグループのレギュラー・ギタリストと なったルーカス以外には思い浮かばない。弾き方とシャープなサウンドは、デイヴィスの グループに参加したての頃のルーカスに似ている。セッションには、フィラデルフィアの MFSBでルーカスと同僚だったハロルド・ウィリアムズが参加しているので、ウィリア ムズがルーカスを呼んだ可能性も高い。このように、状況証拠は圧倒的にルーカスを示し ている。それでも迷いがあるのは、クリーマーの可能性もさることながら、エレクトリッ ク・シタールの可能性が捨てきれないからだ。ルーカスと一緒にデイヴィスのグループの メンバーになるカリル・バラクリシュナは、ライヴではエレクトリック・シタールにワウ ワウをかけて、ルーカスのようなサウンドを出しているのである。判別しづらいのだ。
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■Miles Davis / In Concert
 《ブラック・サテン》のライヴ演奏が聴ける。
 ギターはルーカス、エレクトリック・シタールは、
 カリル・バラクリシュナが演奏している。
 『オン・ザ・コーナー』と聴きくらべてみよう。

最新データで《ブラック・サテン》と同じ日の録音とされている《ヘレン・ビュート/ミ スター・フリーダムX》のシタールの音は、エレクトリックではない本物のシタールの音 である。座って演奏するシタールのマイクのセッティングは、アンプを必要とするエレク トリック楽器とは異なる。ハンコックやマクラフリンならともかく、バラクリシュナに対 し、曲単位でそのような面倒なことをするだろうか。またバラクリシュナは、《ブラック ・サテン》をライヴ演奏するとき、エレクトリック・シタールでベースと同じフレーズを 弾いている。つまりスタジオ録音版とは、アプローチが異なっているのである。発掘音源 を含めたライヴ音源を聴いてみると、ルーカスのほうがサウンドも弾き方もスタジオ録音 版に近い。以上の状況証拠から、現時点の結論として《ブラック・サテン》にルーカスは 参加とみるがどうだろう。確証を得るために、ライヴ音源をもっとよく聴いてみよう。
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■マイルス・デイヴィスのグループのライヴで、エレクト
 リック・シタールを演奏するカリル・バラクリシュナ。
 その演奏は、後に2ギターとなるデイヴィスのグループ
 編成に、一役かった感がしなくもない。

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