●エムトゥーメの原点

70年代に、様々なシンガーやグループに対して、プロデュースや楽曲制作・提供を行った
ギタリストのレジー・ルーカスとパーカッション奏者のエムトゥーメ。彼らの原点とは、
はたしてなんなのであろうか。彼らが共に参加していた、マイルス・デイヴィスのグルー
プがやっていたような音楽なのだろうか。しかし、ルーカスとエムトゥーメのコラボレー
ション・チームが創りだした都会的で洗練されたダンサンブルなサウンドは、デイヴィス
のグループがやっていた音楽とはかなり異なる。少なくとも聴感上は、両者を容易に結び
つけることはできない。そもそも彼らが気になるようになったきっかけは、デイヴィスと
一緒にアヴァンギャルドなエレクトリック・ミュージックをやっていた頃のイメージと、
デイヴィスのグループを離れたあとに創りだしたポップなサウンドとのギャップにある。
彼らをもっと深く知るために、彼らのやったことを再度よく聴いてみる必要がある。
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■パーカッション奏者のエムトゥーメ
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■Miles Davis / In Concert 
 ルーカスとエムトゥーメが一緒になってまもなくの頃の、
 デイヴィスのグループのニュー・ヨークにおけるライヴ。
 世評は芳しくないが、バンドが猛然とグルーヴする《テ
 ーマ・フロム・ジャック・ジョンソン》はカッコイイ。

まずは、エムトゥーメ。彼はデイヴィスのグループへの参加で音楽ファンに名を知られる ようになるが、デイヴィスのグループに参加する前の1969年12月に、ドラム奏者で叔父に あたるアルバート・ヒース名義の『カワイダ』というアルバムで、既にレコーディングを 経験している。アルバート・ヒースは、サックス奏者でエムトゥーメの父親のジミー・ヒ ースの弟にあたる。ジミー・ヒースも『カワイダ』にサックス奏者として参加し、全曲の アレンジを手掛けている。他の参加ミュージシャンは、ドン・チェリー、エド・ブラック ウェル、バスター・ウィリアムズ、ハービー・ハンコックなど、エムトゥーメが後にプレ イヤーとしてかかわる人脈に繋がる人達が顔を揃えている。興味深いのは、アルバムに収 録されている5曲のうちの4曲がエムトゥーメの作品であることだ。つまり『カワイダ』 は、ヒース兄弟の力を借りた実質エムトゥーメの作品集といえるのである。
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■Kuumba-Toodie(Albert) Heath / Kawaida 
 エムトゥーメの1974年のリーダー作に連なる流れをもつ
 アフロ・アメリカンな香りでいっぱいの音楽が収録され
 たアルバム。日本ではハンコックとチェリー名義で発売
 されたこともある。5曲目は《処女航海》を連想させる。

『カワイダ』の演奏は、ジャズと呼んで違和感のない音楽であるが、スワヒリ語のタイト ルのせいもありアフリカを強くイメージさせる。参加したミュージシャン達のクレジット も、ブラックウェルを除いた全員が、スワヒリ語によるアフリカン・ネームを併記してい る。こうしたアフリカ志向は、アフロ・アメリカンとして、黒人の伝統、つまりアフリカ というルーツに根ざす教義からきているらしい。とはいえ音楽は音楽だ。カッコイイのは 1曲目の《バカラ》で、アレンジしだいでジャズ・ファンクにもなり得る。この曲では、 デイヴィスの『オン・ザ・コーナー』収録の《ブラック・サテン》に入っているような、 ハンド・クラップとベルが使用されており興味深い。『カワイダ』で、エムトゥーメが演 奏だけでなく曲を提供していること、また70年代ジャズの主要な流れのひとつになるアフ リカ志向のジャズを60年代の終盤時点でやっていたことは、注目しておきたいと思う。
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■McCoy Tyner / Expansions 
 エムトゥーメ達と同時期にアフリカ志向を強めていた、
 ピアノ奏者のマッコイ・タイナーの1968年のアルバム。
 ウェイン・ショーター、ロン・カーター、ゲイリー・バ
 ーツの参加が眼をひく。エムトゥーメも後に共演する。