●マイルス・デイヴィスとフィラデルフィアの音楽シーン

マイルス・デイヴィスの《レッド・チャイナ・ブルース》(1972年録音)には、それまで
のデイヴィスのセッション・メンバーとは異なる顔ぶれが数多くみられる。なかでも興味
を惹くのは、リズム・アレンジとプロデュース(テオ・マセロとの共同名義)を担当した
ビリー・ジャクソンという人だ。ジャクソンは、フィラデルフィアのR&Bシーンに古く
から関わっていた人である。フィラデルフィアの音楽シーンは、古くは60年代のカメオ/
パークウェイ・レコード、70年代にはフィラデルフィア・インターナショナルの成功によ
って、ブラック・ミュージック史では重要な位置をしめている。そのような音楽シーンの
中にいたジャクソンが、デイヴィスのセッションに関わってくるのがミステリアスで面白
いのである。エムトゥーメ(フィラデルフィア出身:デイヴィスのグループのパーカッシ
ョン奏者)が紹介した可能性も高いが、フィラデルフィアの音楽シーンとデイヴィスの関
係はこれだけで終わらず、次の録音となった『オン・ザ・コーナー』以降も続くのである。

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■Miles Davis / On The Corner 

 発売当時から賛否両論あるデイヴィスの問題作。
 うずまくリズム、うなりをあげるシタールが
 カッコいい。

デイヴィスの自叙伝によれば、『オン・ザ・コーナー』は、ジェームズ・ブラウン、スラ イ・ストーン、イギリスのミュージシャンのポール・バックマスター、現代音楽のシュト ックハウゼン、ジャズ・ミュージシャンのオーネット・コールマンのコンセプトをまとめ あげた音楽ということだ。デイヴィス以外の誰が、ジェームズ・ブラウンとシュトックハ ウゼンを結びつけることを思いつくだろう。この音楽そのものに関する話だけでも、十分 にミステリアスで面白いのだが、そのコンセプトの音楽を録音するためのセッションに、 ハロルド・ウィリアムスという人物が参加している。ウィリアムスは、フィラデルフィア の有名なセッション・ミュージシャン集団のMFSBのメンバーとして名を連ねている人 である。ウィリアムズのようなフィラデルフィアの音楽シーンに関わりの深い人物が、ジ ャクソンに続いてデイヴィスのセッションに参加しているのは偶然なのだろうか。
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■MFSB / Love Is The Message:The Best Of MFSB

 MFSBの代表曲を収録したコンピレーション。
 意外にも、ジャズ的な演奏をしていたこともわかる。
 ハロルド・ウィリアムス、レジー・ルーカス参加。 

MFSBは、作詞家のケニー・ギャンブルとピアニストでアレンジャーのリオン・ハフの 2人が設立したレコード会社、フィラデルフィア・インターナショナルを支えたミュージ シャン集団である。彼らが、ギャンブル&ハフのプロデュースのもとでバックアップした オージェイズやハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツのヒット曲は、一般的にフィ リー・ソウルの名で親しまれている。またMFSB名義のレコードもリリースしている。 日本でも放映された「ソウル・トレイン」というテレビ番組のテーマ曲《TSOP(ザ・ サウンド・オブ・フィラデルフィア)》における、ソウル・オーケストラとでもいうべき 特徴的なサウンドを記憶している人も多いだろう。そのようなグループでピアノを弾いて いたウィリアムスが、なぜ『オン・ザ・コーナー』の録音に関わっていたのか。いろいろ と調査してみたが、確実な情報は現時点ではわからない。
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■The O'Jays / The Essential The O'Jays

 MFSBがバックアップしたフィリー・ソウルの代表的
 なグループのオージェイズ。
 ハロルド・ウィリアムス、レジ―・ルーカス参加。

しかしウィリアムスは、ギタリストのレジー・ルーカスをデイヴィスに紹介するという、 重要な役割をはたしたようだ。ルーカスは、ウィリアムスと同じくMFSBのメンバーで あった。イントルーダーズやオージェイズなどのアルバムに、ルーカスの名はMFSBの メンバーとしてクレジットされている(MFSBはセッション・ミュージシャンの集団な のでメンバーが一定ではない)。ルーカスは、『オン・ザ・コーナー』録音後にデイヴィ スのグループに参加。その後、デイヴィスが1975年に一時的に引退するまで、レギュラー ・ギタリストとして、主にリズム面で重要な役割をはたす。ジャクソン、ウィリアムス、 ルーカスと連なる(さらに加えればエムトゥーメも)当時のフィラデルフィアの音楽シー ンの人脈とデイヴィスとの関わりは、単に紹介が続いただけの音楽的には意味がないもの なのだろうか。そこに、なんらかの意図はなかったのか。実に興味深いのである。
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■The Intruders / The Hits

 ギャンブル&ハフがフィラデルフィア・インターナショ
 ナル設立前からプロデュースで関わっていたグループ。
 ハロルド・ウィリアムス、レジ―・ルーカス参加。

ちなみにルーカスは、デイヴィスのグループに参加する前は、歌手のビリー・ポールのバ ックでギターを弾いていたということだ。ビリー・ポールは、フィラデルフィア・インタ ーナショナルに、《ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ》という不倫ソングで最初にNo.1 ヒットをもたらした人である。まさに、フィラデルフィアの音楽シーンに関係の深い人物 とデイヴィスが関わっていたその年に、フィラデルフィア・インターナショナルはヒット 曲を連発しはじめ、黒人マーケットを重要視していたレコード会社(デイヴィスの所属し ていたコロンビアの親会社のCBS)のバックアップによって、ブラック・ミュージック の歴史に大きく名を残すレコード会社になっていくのである。その周辺にいた人たちが、 デイヴィスのレコーディング・セッションにも連続して関わっていたのは、非常に興味く かつミステリアスなことといえるのではないかと思うのである。
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■Billy Paul / Me And Mrs.Jones The Best Of Billy Paul

 ジャズとソウルがとけあったような、心地よいメロウな
 サウンドが特徴的なビリー・ポールの歌。
 このようなタイプの歌のバックをやっていたルーカスは、
 当時のデイヴィスの音楽にとまどわなかったのだろうか。