●マイルス・デイヴィス/レッド・チャイナ・ブルース

マイルス・デイヴィスの音楽は、実にミステリアスな魅力がある。だから、その秘密を探
ろうと、つい何度も聴きたくなってしまう。近年では、アルバムに参加したミュージシャ
ンといった関係者のインタヴューなどによって、いままでにはわからなかったことがいろ
いろと明らかになってきた。しかし、ミステリアスな魅力がつきることはない。ミュージ
シャンなど関係者の発言の殆どは、新しい情報も与えてはくれるが、主観的なものや思い
こみの可能性も高く、それを100%信頼するには1次資料的な証拠が必要となると思ってい
るからである。真に音楽そのものの秘密を語れる人がいるとすれば、その音楽を創ったデ
イヴィス本人以外にはありえない。しかし、デイヴィスはもうこの世にはいない。幸いに
もデイヴィスは自叙伝を残しているが、それを読んでもわからないことはまだまだ多い。
だから、今日もデイヴィスを聴き続けるのである。

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■マイルス・デイビス自叙伝 

「オレの人生で最高の瞬間は、セックス以外のこと
  だが、それはディズとバードが演奏しているのを
  初めて聴いたときだった」と、とばしまくる帝王
 の貴重な話が満載の自叙伝。

デイヴィスの音楽におけるミステリアスな魅力が増すのは、1960年代の後半からである。 ジョー・ザヴィヌルとの本格的なコラボレーションによって、従来のジャズの枠には完全 に収まらない音楽となった『イン・ア・サイレント・ウェイ』から、デイヴィスの音楽は 物凄いスピードとスケールで変化していく。しかし、1971年には、なぜかスタジオ録音が ピタッととまってしまう。この間デイヴィスは、いまでは最高峰のジャズ・ピアニストと いわれるキース・ジャレットを帯同してライヴ活動は続けていた。やがて1971年末になり ジャレットがグループを脱退。それによって、またデイヴィスの音楽は大きく変化しはじ める。感覚的にいうと、ジャズ的な要素がほぼなくなり、ソウル、ブルース、ファンクと いったR&B的な香りがプンプンにおってくるようになるのである。それが明確なかたち で表れるのが、1972年3月録音の《レッド・チャイナ・ブルース》という曲である。
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■Mils Davis / In A Silent Way 

 ジョー・ザヴィヌルとの本格的なコラボレーション
  となった最初のオリジナル・アルバム。
 このアルバムから、デイヴィスの音楽は疾風怒濤の
 ごとく変化しつづける。    

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■Mils Davis / Get Up With It 

 《レッド・チャイナ・ブルース》が初収録された、
 デイヴィスのコンピレーション・アルバム。
 他にも、70年代のデイヴィスの傑作を多数収録。    
 

デイヴィスの音楽を年代順に聴いてみるとわかるが、《レッド・チャイナ・ブルース》は 同時期にスタジオで録音された曲のなかでも浮いているように感じられる。曲自体は、ヘ ヴィなファンク&ブルース・ロックといえるので、しいていえば、ジョン・マクラフリン のギターをフィーチャーしていた1970年前半の音楽の系列になるといえなくはない。しか し、テイストは異なっている。そのように感じる大きな理由は、始終鳴り響くブルース・ ハープ(ハーモニカ)や、ファンキーなブラス・セクションもさることながら、この曲を 準備してある程度まとめあげたのが、デイヴィス以外の人物の可能性が高いと思われるか らである。それまでにデイヴィスが録音した曲は、ジョー・ザヴィヌルのように他人が書 いた曲でも、デイヴィスのディレクションのもとで録音されてきた。《レッド・チャイナ ・ブルース》が他者の手でまとられたのであれば、テイストは異なって当然といえる。
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■Miles Davis / The Complete Jack Johnson Sessions 

 ジョン・マクラフリンのギターを中心とした一連の録音
 が収録されているボックス・セット。
 マクラフリンをフィーチャーしたブルースっぽい曲も、
 収録されている。

デイヴィスに代わって、《レッド・チャイナ・ブルース》をある程度準備したと思われる 人物は2人いる。ブラス・セクションのアレンジとしてクレジットされているウェイド・ マーカスと、リズム・アレンジとプロデュースでクレジットされているビリー・ジャクソ ンである。デイヴィス以外の人物によって楽曲が準備されたこと自体は、過去にアレンジ ャーのギル・エヴァンスの手によって準備されたガーシュインのフォーク・オペラ『ポー ギー&ベス』などの例もあるとおり、とりたててミステリアスな事ではない。ミステリア スなのは、なぜこの2人が《レッド・チャイナ・ブルース》に関わったのかということで ある。まず、ウェイド・マーカス。マーカスは、モータウンでアレンジャーをやっていた 人だ。マーカスのアレンジした有名な曲をあげるとすれば、ダイアナ・ロス&ザ・スプリ ―ムズの《サムディ・ウィール・ビー・トゥゲザー》あたりか。
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■Mils Davis / Porgy & Bess 

 ギル・エヴァンスが精魂傾けて準備したアレンジにのせ
 デイヴィスのトランペットが感情をこめて歌いあげる
 ガーシュインのフォーク・オペラ。傑作!   

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■Diana Ross & The Supremes / The Ultimate Collection 

 ダイアナ・ロスのフェアウェル・ナンバーとなった
 《サムディ・ウィール・ビー・トゥゲザー》を収録した
 スプリ―ムズのコンピレーション・アルバム。

マーカスの場合は、デイヴィスのグループのベーシストのマイケル・ヘンダーソンがモー タウンに関わっていたので、ヘンダーソンの紹介ということであれば参加の理由は納得で きる。興味深いのは、ビリー・ジャクソンである。ジャクソンは、フィラデルフィアのパ ークウェイ・レコードでソング・ライターをやっていた人だ。ソング・ライターとして関 わった作品で日本でも比較的知られていると思われるのは、ティモシー・B・シュミット や山下達郎のカヴァーで知られるザ・タイムズの1963年の全米No.1《ソー・マッチ・イン ・ラヴ》あたりだろうか。フィラデルフィアの音楽シーンで古くから活躍してきた人物が 、この曲だけデイヴィスの音楽にかかわってくるのである。デイヴィスのグループに1971 年から参加しているパーカッション奏者のエムトゥーメがフィラデルフィアの出身なので 、なにか関係しているのであろうか。こういうところがミステリアスといえるのである。
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■The Tymes / The Best of the Tymes 1963-1964 

 黒人ヴォーカル・グループのタイムズのベスト。
 名曲《ソー・マッチ・イン・ラヴ》以外にも、
 ジャクソンが係わった曲は多い。

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■Timothy B. Schmit / Playin It Cool 

 再結成したイーグルスのメンバーとして来日した
 ティモシー・B・シュミットの1984年のアルバム。
 《ソー・マッチ・イン・ラヴ》は、
 日本ではシュミットのヴァージョンが一番有名か。

ちなみにジャクソンは、ビリー・ジャクソン&ザ・シチズンズ・バンド名義でアルバムも 出している。このアルバムでリズム面をとりしきっているのが、《レッド・チャイナ・ブ ルース》が唯一のデイヴィスとの共演(?)となった、有名なセッション・ドラマーのバ ーナード・パーディである。パーディがデイヴィスのセッションに突然でてくるのもミス テリアスではあるが、ジャクソンのチョイスによるものなのかもしれない。《レッド・チ ャイナ・ブルース》が、デイヴィスのスタジオ録音曲のなかでも、同時期に録音された曲 からひときわ浮いている理由は、パーディを起用してリズム・アレンジとプロデュースを 担当したジャクソンのカラーが濃い曲だからといえるのかも知れない。フィラデルフィア の音楽シーンとデイヴィスとの興味深い関係は、これだけでは終わらない。まだまだ、続 くのである。
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■Billy Jackson & The Citizen's Band 

 1976年発売のジャクソンの作品。
 コーラスとストリングスをフィーチャーした、
 きらびやかなディスコの時代を感じさせる。
 バーナード・パーディ参加。