●マイルス・デイヴィスのファンク(8)

エレクトリック楽器を取り入れてからのマイルス・デイヴィスの音楽は、ミステリアスな
部分が多い。デイヴィスとファンクの関係について考えてはいるものの、そのようなミス
テリアスな部分をそのまま通り過ぎてしまうことは、魅力があるだけに難しいのである。
『ジャック・ジョンソン』と『ライヴ・イヴィル』の間に行われた、エルメート・パスコ
アールとのセッションは、その最たるものだ。パスコアールは、ブラジル人のミュージシ
ャンで、ピアノ、ギター、フルート、サックスなど、なんでもこなすマルチ・プレイヤー
である。生きている豚をサウンド・エフェクトとして使ったり、1979年に行われた野外フ
ェスティヴァルの「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」出演のために来日したときは、日本
酒のビンまで楽器として吹きまくるという熱演に、その評価も真っ二つにわかれた。その
ような異才がデイヴィスと絡むのであるから、無視して通りすぎるのは難しいのである。

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■Hermeto Pascoal / Slave Mass

 アメリカ制作の、エルメート・パスコアールのアルバム。
  裏ジャケットでは、豚を”演奏中?”のパスコアールの
  写真が確認できる(クレジットでは、アイアートが豚を
 ”演奏”したことになっている)。    

パスコアールとのセッションで録音された曲は、『ライヴ・イヴィル』で発表された。全 部で3曲収録されているが、合計しても10分に満たない音源である。レコードでは、各面 の大半を占めるライヴ音源に対比するようなかたちで収録されていた。そもそも、なぜ急 にデイヴィスのセッションにパスコアールがでてくるのかもミステリアスである。パスコ アールのブラジル時代の音楽仲間のアイアート・モレイラが、デイヴィスのセッションに 加わりはじめた時期なので、モレイラの紹介であればその点はその点は一応納得できる。 わからないのは、パスコアールの曲を録音するのに(データが正しければ)デイヴィスが 3日間もかけているという点だ。『ビッチェズ・ブリュー』、『ジャック・ジョンソン』 に収録された曲でさえ、一日のセッションで録音したデイヴィスが、なぜパスコアールの 曲の録音に、複数回のセッションを実施したのだろう。
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■Miles Davis / The Complete Jack Johnson Sessions 

 パスコアールとの複数回のセッションを収録したボックス
 ・セット。参加メンバーやセッションの日付は、はたして
 正確なのだろうか?

セッションで録音されたパスコアールの曲は、それまでデイヴィスがやっていたギター 中心の曲とは異なるタイプの曲である。当然ながら、同じアルバムに収録されたライヴ 音源とも異なっている。アルバムにおける役割を考えると、躍動感あふれるライヴ音源 との対比という意味で『イン・ア・サイレント・ウェイ』のタイトル曲を思い起こさせ る。しかし、それはあくまでアルバムにおける曲の役割の話であり、セッションを複数 回行った理由は正直よくわからない。パスコアールは確かに類をみない才能をもったミ ュージシャンであるが、音楽をつぶさに聴くと、共演するミュージシャンの自由を制限 してしまうようなところがあるように思う。共演するミュージシャンの隠れた才能まで ひきだすデイヴィスとは、音楽的に合わなかったのではないか。複数回のセッションは 、デイヴィスがそれを見極めるために必要な時間だったのかもしれない。
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■Hermeto Pascoal / A Musica Livre De Hermeto Pascoal 

 デイヴィスとの共演後、ブラジルに戻ってから作られた
 エルメート・パスコアールのアルバム。
  濃密なパスコアールの音楽世界が堪能できる。   

さて、ようやく『ライヴ・イヴィル』に収録されているライヴ音源の話になるが、それ までにデイヴィスが録音してきた曲と比較すると、もっともファンキーな演奏になって いる点に注目である。この変化は、キース・ジャレットの影響もあると思うが。大部分 はマイケル・ヘンダーソンの弾くベースによるものだと思うのである。例えば、最初に 出てくる《シヴァッド》(デイヴィスの綴りを逆にした曲名)。この曲の実体は、ジョ ー・ザヴィヌルの《ディレクションズ》とデイヴィスの《ホンキー・トンク》という曲 である。2曲分の演奏を、編集で1曲にまとめているのである。《ディレクションズ》 はデイヴィスが1年以上間から演奏してきた曲だが、エレクトリック・ベースを弾いて いてもフリー・ジャズ的なパルス・ビートに陥りがちなデイヴ・ホランドに対し、ヘン ダーソンの繰り返されるベース・リフのグルーヴ感は明らかにファンキーである。
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■Michael Henderson / The Best Of Michael Henderson 

 ブラック・ミュージックの世界では、ヴォーカリストと
 して有名なヘンダーソン。こういう音楽性の人が、デイ
 ヴィスのグループのベースを弾いていたところが面白い。   

ライヴ音源のなかでももっともファンキーな演奏が、《ファンキー・トンク》の後半か ら《イナモラータ》の前半である。この部分は、実際は《ファンキー・トンク》という ひとつの演奏だが、『ライヴ・イヴィル』では2曲に分散して収録された。元の演奏は 、『ザ・セーラー・ドア・セッションズ』というボックス・セットに収録されている。 ただし、曲として聴いた場合『ライヴ・イヴィル』のほうが断然よい。《ファンキー・ トンク》後半のジャレットのソロが終わってデジョネットが入ってきて、ドーンという キメとジミヘン・リフが入り、リズムがファンキーになって《イナモラータ》となり、 デイヴィスが《ファンキー・トンク》のリフを吹き、高音部からキリモミ状態で何回も 下降してくるソロは本当にカッコイイ。このグループから、デイヴィスの音楽のファン ク色がグンと濃くなってくるのである。
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■Miles Davis / The Cellor Door Sessions 1970

 『ライヴ・イヴィル』の元が収録されているボックス・
 セット。ファンク色が強くなった、グループの演奏に注
 目である。