●マイルス・デイヴィスのファンク(7)

マイルス・デイヴィスは、アルバム『ジャック・ジョンソン』のもとになったスタジオ・
セッションで、ジェームズ・ブラウンのベース・リフを取り入れながらも、その生涯にお
いて、もっともロック的といえるサウンドを創りだした。しかし、ライヴの場におけるデ
イヴィスのグループは、《フットプリンツ》や《ノー・ブルース》といった、60年代初期
から中期に録音したレパートリーを、まだこの時点ではメドレーに織り込むようにして演
奏している。これらのレパートリーは、キース・ジャレットがグループに参加してからは
、《アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イージリー》など多少の例外を除いて演奏さ
れなくなってくる。チック・コリアとデイヴ・ホランドが脱退すると、60年代初期から中
期のレパートリーは、いっさいライヴでは取り上げられなくなる。ジャレットを得たデイ
ヴィスのサウンドは、これまで以上に変わっていくことになる。

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■Miles Davis At Fillmore / Miles Davis 

 1970年6月「フィルモア・イースト」におけるデイヴィス
  のグループのライヴ。《アイ・フォール・イン・ラヴ・ト
  ゥー・イージリー》が演奏されている。    

デイヴィスのサウンドは、どのように変わっていくのか。あくまでもファンクに拘れば、 1970年という時点においては、デイヴィス自身の興味は、まだファンク的な方向には向い ていないように思う。デイヴィスの関心が向いていた方向は、トランペットのサウンドに 具体的に表れてくる。それは、サウンドを電気的に加工する、エフェクト装置の使用だ。 1970年5月録音の《ホンキー・トンク》と《アリ》という曲では、1オクターブ下げた音 を原音と一緒に鳴らすような効果をもたらすエフェクター(オクタヴィアか?)がトラン ペットに使用されている。この装置の効果は、先の2曲で聴くことができるが、まるでサ ックスと一緒に吹いているようなサウンドになっている。しかし、この装置は、やがて入 手することになるもうひとつのエフェクト装置ほどデイヴィスの興味をひかなかったのか 、その後使用されることはなかったようだ。
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■Miles Davis / The Complete Jack Johnson Sessions 

 1970年5月録音の《ホンキー・トンク》、《アリ》を収め
 たボックス・セット。デイヴィスが、トランペットに電子
 的なエフェクト装置を自らかけはじめている? 

アメリカのジャズ雑誌「ダウン・ビート」(1970年9月3日号)の、デイヴィスの特集記事 に、もうひとつのエフェクト装置を入手したばかりのデイヴィスの様子が記されている。 そのなかで、デイヴィスは”電源を入れて”インタヴュワーにむかってトランペットを吹 いてみせている。記事によると、フット・ペダルでコントロールする音色は、手のひらで ベルを開閉してだす音とたいして変わらず、デイヴィスがこの音色を気にいっていると記 されている。この記事は、デイヴィスが気にいっている装置がワウワウであることを伝え ている。デイヴィスは、10月頃からライヴでワウワウを使いはじめる。ワウワウは主に ギターに使用されるエフェクターだが、デイヴィスはトランペットにワウワウ使用した。 ワウワウによって、デイヴィスはオープンとミュートに次ぐ、3番目の音色を手に入れた のである。そしてその音色は、当時のデイヴィスの音楽的な関心を明確に示している。
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■Down Beat September 3, 1970 

 ワウワウを入手した頃のデイヴィスの様子がうかがえる、
 インタヴュー記事を掲載したアメリカのジャズ雑誌。
 ※ただし、当時は、ロック系の記事も多かった。

この当時のデイヴィスの音楽的な主要な関心は、ジミ・ヘンドリックス、さらにいえばヘ ンドリックスが組んだ黒人3人によるグループのバンド・オブ・ジプシーズにあったと考 える。デイヴィスのスタジオにおける試行錯誤が、それを裏付けているように思う。デイ ヴィスは、ヘンドリックス(バンド・オブ・ジプシーズ)の1970年1月1日のフィルモア ・イーストのショーを観たとされる。その翌月から、スタジオでのレコーディングは、ギ ター、ベース、ドラムスのリズム・セクションを中心とした演奏となる。デイヴィスが観 た、ヘンドリックスのフィルモアのライヴ・アルバムは3月末に発売。その翌々月に録音 された《アリ》のベース・ラインは、そのアルバムに収録されている《フー・ノウズ》と いう曲のベース・ラインによく似ている。そして、満を持してのワウワウの導入で、デイ ヴィスのヘンドリックスを意識したサウンドの急速な変化は進んでいくのである。
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■Jimi Hendrix / Band Of Gypsys 

《フー・ノウズ》、《パワー・トゥ・ラヴ》を収録した、ヘ
 ンドリックスのアルバム。ワウワウや、ヘヴィーなリフを
 中心としたサウンドは、デイヴィスの音楽にも影響を与え
 たと思われる。 

ヘンドリックス(バンド・オブ・ジプシーズ)の影響と思われる部分は、スタジオにおけ る試行錯誤のみならず。ライヴにも記録されているように思う。1970年12月のワシントン ・セーラー・ドアというクラブにおけるライヴを含んだアルバム『ライヴ・イヴィル』に 収録されている《ファンキー・トンク》という曲の最終部分(実際には、曲の3分の1く らいのところ)では、ヘンドリックスの『バンド・オブ・ジプシーズ』に収録されている 《パワー・トゥ・ラヴ(別名:パワー・オブ・ソウル)》という曲のリフによく似たリフ が登場する。こういった物的証拠は、単なる偶然の一致ですませてよいものだろうか。こ れまでに述べてきた状況証拠を総合的に鑑みると、この時期のデイヴィスの音楽の一部は 、ヘンドリックス(バンド・オブ・ジプシーズ)の影響を大なり小なり受けていたと考え るのが自然である。なによりも、残された音楽がそれを示しているように思うのである。
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■Miles Davis / Live-Evil

《ファンキー・トンク》の最終部分に、ヘンドリックスの
《パワー・トゥ・ラヴ(別名:パワー・オブ・ソウル)》
 のリフによく似たリフが登場するのが興味深い。