●マイルス・デイヴィスのファンク(6)

ファンクの視点から『キリマンジャロの娘』以降のマイルス・デイヴィスの音楽を聴きな
おしていたわけだが、いろいろと目移りがして困ってしまう。どういうことかというと、
デイヴィスの音楽を注意深く聴いていると、次々と疑問に思うことがでてきてしまうので
ある。だからこそ魅力的な音楽であることは重々承知しているが、やはり回答(というも
のがあるのであれば)を知りたくなってしまう。しかし、その回答は、ぼくの知る限りの
国内・海外の関連書籍・資料には示されていない。全世界にある全ての関連書籍・資料を
読んでいるわけではないので、もしかするとどこかにあるのかも知れないが、正規・発掘
音源の双方をふくめて、欠けているピースはまだまだ確実にある。それらのピースは、デ
イヴィス自身の音源(これから発掘されるものを含む)と同時代のデイヴィスに関係する
あらゆるジャンルの音源を確認することによって、補われていく類ものであろう。

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■Filles De Kilimanjaro / Miles Davis 

 デイヴィスが、収録曲の《ブラウン・ホーネット》で
 ベース・ラインを強調するというファンク的な手法を
 、明確にうちだした作品。    
 

インドやブラジルの民族楽器導入とジョー・ザヴィヌルとのコラボレーションを推進して いたデイヴィスの興味は、1970年2月以降、違う方向を向き始める。デイヴィスが向かっ た方向は、ファンキーなロックである。その方向性は、グループのメンバー編成に如実に 表れている。キーボード奏者がレコーディングに参加せず、リズム・セクションはギター 、ベース、ドラムスだけとなる。つまり、当時人気のあったロック・バンド(クリーム、 ジミ・ヘンドリックスなど)と同じ編成である。デイヴィスは、ギター、ベース、ドラム スのリズム・セクションで、複数回のレコーディング・セッションを行っている。したが って、たまたまキーボード奏者が参加できなかったのではないことは明らかである。ただ し、この編成はスタジオでのレコーディングのみで、ライヴにおいては、まだキーボード 奏者が参加している。こうした点もミステリアスな部分である。
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■Mils Davis / The Complete Bitches Brew Sessions 

 インドやブラジルの民族楽器導入、およびザヴィヌル
 とのコラボレーションを含むボックス・セット。
 1970年2月前半で、ザヴィヌルとのコラボは途絶える。 

これらの一連のギターを中心としたリズム・セクションのレコーディングから、『ジャッ ク・ジョンソン』というアルバムがリリースされた。ちなみに、『ジャック・ジョンソン 』には、オルガン奏者としてハービー・ハンコックが参加している。しかし、全面的に参 加しているのではない。ギターを中心としたリズム・セクションに、ゲスト・ソロイスト として入ってくるような参加のしかたである。このようなキーボードの使い方は、『ビッ チェズ・ブリュー』までのデイヴィスの音楽におけるキーボードの役割とは明らかに異な る。なんでも、レコーディング・スタジオに顔を出したら、そのまま参加ということにな ったらしい。その真相はここでは問題ではないので、肝心のファンク的な要素を検証して いきたいと思う。『ジャック・ジョンソン』には2曲収録されているが、この2曲の演奏 には、ファンク的に見過ごせないところがある。
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■Miles Davis / The Complete Jack Johnson Sessions 

 ギターを中心としたリズム・セクションで録音した曲が
 収録されたボックス・セット。デイヴィスがロック的な
 方向にむかっていたことがわかる。 

まずは、1曲目の《ライト・オフ》。この曲には、17回連続で繰り返される有名なリフが 登場する。デイヴィスも晩年まで演奏したこのリフは、スライ&ザ・ファミリー・ストー ンのリフ型ファンク《シング・ア・シンプル・ソング》が元ネタとされている。ここでは 、さらにジェームス・ブラウンの《リッキング・スティック−リッキング・スティック》 との類似も指摘しておく。リフを繰りだしているギターのジョン・マクラフリンは、ブラ ウンのリフをストックしていたそうなので、《リッキング・スティック−リッキング・ス ティック》のリフが《ライト・オフ》の連続リフの元になった可能性もあるように思う。 そもそも《シング・ア・シンプル・ソング》が、それより前に発売されていた《リッキン グ・スティック−リッキング・スティック》を元ネタにした曲ともいえるので、この3曲 は兄弟のような関係と捉えてもよいかもしれない。
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■Sly & The Family Stone / Stand! 

《シング・ア・シンプル・ソング》を収録した、スライ&  
 ザ・ファミリー・ストーンのアルバム。 デイヴィスは
 聴きすぎて擦り減らしたと自伝で語っている。 

2曲目の《イエスターナウ》は、複数の曲を編集でつなげた曲だが、前半部分のパートの ベース・ラインは、ジェームズ・ブラウンの《セイ・イット・ラウド、アイム・ブラック ・アンド・アイム・プラウド》という曲のベースのリフと同じである。ただし、スローで 不気味な緊張感がただようデイヴィスの演奏は、ファンキーなブラウンの演奏とは印象が まったく異なる。したがって、『ジャック・ジョンソン』に収録された2曲は、両方とも ファンクからリフやベース・ラインを借用しているにもかかわらず、ほとんどファンクを 感じさせない音楽になっている。しかし、注目すべき点は、デイヴィスの音楽の中にファ ンクの要素が明確にそれとわかるかたちで提示されていることであろう。それを持ち込ん だのが誰であれ、デイヴィスがブラウンに代表されるファンクの要素を認めていた(ゆえ に、自分の音楽に取り込むことをよしとした)ことの証だと思うのである。
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■James Brown / Star Time

 上記の2曲を含む、ジェームス・ブラウンのベスト盤。  
 歌、ホーン、ギター、ベースと、全てが印象的な楽曲の
 構成要素となっているブラウンのファンクがよくわかる