●マイルス・デイヴィスのファンク(5)

■ジョー・ザヴィヌルとのコラボレーション

『ビッチェズ・ブリュー』録音後のマイルス・デイヴィスは、大編成でのレコーディング
という”余韻”を引きずりながらも、そこにとどまることがなかった。さらなる音楽的な
発展を求め、大きくわけて2つのコンセプトを推進している。ひとつは、『イン・ア・サ
イレント・ウェイ』から継続していたジョー・ザヴィヌルとのコラボレーションである。
デイヴィスがザヴィヌルに期待したことは、おそらくレコーディングの素材としての作品
提供である。ザヴィヌルの音楽にデイヴィスが音楽的な可能性を感じていたことは、ザヴ
ィヌルが発表したソロ・アルバム『ザヴィヌル』のジャケットに、デイヴィスが異例とも
いえるコメントを寄せていることからも想像できる。なにより、結果的には殆どが未発表
作品として眠ることになるが、『ビッチェズ・ブリュー』以降にデイヴィスがレコーディ
ングした数多くのザヴィヌルの作品が、デイヴィスの期待を物語っている。

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■Joe Zawinul / Zawinul 

 デイヴィスとレコーディングした、《イン・ア・サイ  
 レント・ウェイ》や《ダブル・イメージ》が再演され 
 た、ジョー・ザヴィヌルのソロ・アルバム。 

しかし、ザヴィヌルとのコラボレーションは、おそらくデイヴィスが思い描いたようには 発展しなかった。未発表になったザヴィヌルの作品群は、そのことを証明しているように 思う。コラボレーションが思うように発展しなかった理由は、いくつか考えられる。まず ザヴィヌル自身が、まだキャノンボール・アダレイ・グループのメンバーであったこと。 そして、どこまで具現化していたのか不明だが、マイルスとのコラボレーションよりも、 自身の音楽をやりたいという欲求が強かったと思われること(それが『ザヴィヌル』制作 へとつながる)があげられる。一方でデイヴィスの側からみた場合、音楽的な指向が、既 にロック的な方向に向かっていたのではないかと思う。ジョン・マクラフリンのギターを フィーチャーしたその後のデイヴィスがむかった音楽的な方向と、ソロ・アルバムでザヴ ィヌルがむかったアンサンブルを重視した方向は、明らかに異なっている。
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■Mils Davis / The Complete Bitches Brew Sessions 

『ビッチェズ・ブリュー』録音後の、ジョー・ザヴィヌル 
 とのコラボレーション作品と、インド楽器を導入した、 
 1969年11月のセッションを含むボックス・セット。 

そのせいか、『ビッチェズ・ブリュー』以降にデイヴィスがレコーディングしたザヴィヌ ルの作品には、デイヴィスが無意識に求めていたレコーディングのための素材のひとつ、 つまり印象的なベース・ラインが感じられない。換言すれば、ファンク的に注目すべきと ころは殆どない。これは、当時のザヴィヌルが、《イン・ア・サイレント・ウェイ》で聴 かれるような、演奏者間のアンサンブルを重視した音楽の方向に進んでいたためであると 考える。『ビッチェズ・ブリュー』収録のリズミックな《ファラオズ・ダンス》のような 作品であっても、演奏のポイントになっているのはベース・ラインというよりザヴィヌル の作ったメロディ(デイヴィスによって、曲のなかで数回繰り返される)である。このよ うなザヴィヌルの方向性に対し、デイヴィスの音楽的方向性は、リズムを重要な要素とす る方向に、回り道をしながらも進んでいくことになるのである。
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■Mils Davis / Bitches Brew 

『ビッチェズ・ブリュー』では、ベース・ラインが印象的 
 なファンクを感じるデイヴィスの曲と、ザヴィヌルの曲
 の方向性の違いが少しづつ現れてきているように思う。

■民族楽器の導入 デイヴィスが推進したもうひとつの音楽的コンセプトが、民族楽器の導入である。『ビッ チェズ・ブリュー』の録音に続く1969年11月のセッションには、インドの楽器(シタール 、タンブーラ、タブラ)とブラジルの楽器(クィーカ、ビリンバウ)が導入されている。 様々なブラジルの民族楽器を操るアイアート・モレイラの演奏は、デイヴィスの音楽空間 を広げる効果があった。その後、モレイラはデイヴィスのグループに参加し、モレイラ以 降もデイヴィスのグループには常にパーカッション奏者がいたことから、モレイラのパー カションが与えるような効果はデイヴィスも気にいっていたと思われる。一方で、インド の民族楽器も、少し間があくものの、その後もレコーディングやライヴで使われている。 これらの民族楽器の導入は、デイヴィスの音楽に不思議な効果をもたらすことになる。
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■Mils Davis / Bitches Brew Legacy Edtion 

『ビッチェズ・ブリュー』発売40周年を記念した4枚組。
 リアルタイムで発表された、インド楽器導入のシングル
 曲を聴くことができる。 
 他に、同時期の未発表ライヴのCDとDVD付属。 

デイヴィスは、初めてインドの楽器を入れて録音した《グレイト・エクスペクテイション ズ》/《ザ・リトル・ブルー・フロッグ》を、シングルとしてリリースする。案の定、イ ンドのカラ―は濃い。この2曲には、不思議なことにファンクを感じる。ミステリアスな のが、2曲とも『オン・ザ・コーナー』と時間を超越してつながっているように感じさせ るところである。とくに《ザ・リトル・ブルー・フロッグ》は、マクラフリンのギターと インド楽器によって、『オン・ザ・コーナー』のタイトル曲の初期ヴァージョンに聴こえ なくもない。『オン・ザ・コーナー』の録音前に、同じ時期にインドの楽器をいれて録音 したクロスビー、スティルス&ナッシュの《グウィニヴィア》をメンバーに聴かせたとい う話もあるようだし、このシングル・リリースされた2曲は、その後のデイヴィスの方向 を考えるうえで、意外と重要な気がするのである。
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■Crosby,Stills & Nash / Crosby,Stills & Nash 

 バーズのデヴィッド・クロスビー、バッファロー・スプリ
 ングフィールドのスティーヴン・スティルス、ホリーズの
 グ ラハム・ナッシュが結成したグループ。ディヴィスが
 インド 楽器を導入してカヴァーした《グウィニヴィア》
 を収録。