『キリマンジャロの娘』の《ブラウン・ホーネット》に感じることができたマイルス・デ イヴィスのファンクだが、その次のスタジオ録音盤となった『イン・ア・サイレント・ウ ェイ』や、周辺のスタジオ録音における試行錯誤からは感じられない。《ブラウン・ホー ネット》に聴くことができたデイヴィスのベース・ラインへの関心は継続しているが、曲 調やサウンドは、ファンクというよりもサイケデリックなR&Bである。とくに『イン・ ア・サイレント・ウェイ』収録の《シュー/ピースフル》は、ジョー・ザヴィヌルの弾く オルガンのサウンドとジョン・マクラフリンのギターから、紫色の煙の香りがプンプンと 漂ってきそうである。マクラフリンのギターからは、インドのお香のにおいもする。しか しデイヴィスのソロは、非常にブルージーだ。そのフレーズは、不思議なことに傑作『カ インド・オブ・ブルー』収録の《ソー・ホワット》におけるソロを思い起こさせる。 しかし、次のスタジオ録音盤『ビッチェズ・ブリュー』は、ファンクを感じさせる曲が収 録されている。その曲は、《ビッチェズ・ブリュー》、《スパニッシュ・キー》、《マイ ルス・ラン・ザ・ヴードゥ・ダウン》の3曲である。これらの曲は、《スパニッシュ・キ ー》を除きテーマ・メロディらしきものがないところもファンクっぽい(《スパニッシュ ・キー》のテ―マも、曲というよりもキッカケのようなリフである)。ベース・ラインを もとにした演奏のグルーヴ感そのものが、曲を成立させているのである。ベース・ライン とリズムが核となる演奏法は、ファンクに通じる考え方である。もしかするとデイヴィス は、完成品の『イン・ア・サイレント・ウェイ』を聴いて、テーマの存在を薄くすること を思いついたのではないか。セッションでは演奏された曲のテーマ部分を編集で削除した 『イン・ア・サイレント・ウェイ』を聴くと、そのような想像もしてしまう。 演奏法の他に、『ビッチェズ・ブリュー』にはベーシストが2人いる点も注目である。1 人は、当時のデイヴィスのグループのベーシストのデイヴ・ホランド。もう1人は、アル ・クーパーのアルバム『スーパー・セッション』などでベースを弾いている、ハーヴェイ ・ブルックスである。ブルックスの弾くエレクトリック・ベースの、シンプルなベース・ ラインの繰り返しは、ファンクあるいはブルース・ロックのようなグルーヴ感を演奏にあ たえている。ジャズを演奏するベーシストは、つい音を弾きすぎてしまいがちになり(ホ ランドも例外ではない)、シンプルなラインの繰り返しには慣れていない。ブルックスを セッションに加えることで、デイヴィスはロックやソウルでは当たり前の、シンプルなベ ース・ラインの繰り返しによるグルーヴ感を手中にした。それが、『ビッチェズ・ブリュ ー』の3曲がファンクを感じさせる要因のひとつになっていると思うのである。
Bitches Brew ( Miles Davis ) | |
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Released : April 1970 Disk1 1.Pharaoh's Dance, 2.Bitches Brew Disk2 1.Spanish Key, 2.John McLaughlin, 3.Miles Runs The Voodoo Down, 4.Sanctuary + bonus track 5.Feio |