●マイルス・デイヴィスのファンク(2)

マイルス・デイヴィスの音楽におけるファンク(もしくはファンク的な要素)について、
『オン・ザ・コーナー』以前にも遡ってみたい。デイヴィスの音楽に、ファンク的な要素
が最初に現れてくると思うアルバムは、『フィレス・ディ・キリマンジャロ(邦題:キリ
マンジャロの娘)』というアルバムである。しかし、このアルバムに収録されている全て
の曲に、ファンク的な要素を感じるわけではない。このアルバムには、大きく分けて2種
類のメンバーによる演奏が収録されているが、ファンク的な要素を感じるのはチック・コ
リアとデイヴ・ホランドを入れて1968年の秋にレコーディングされた2曲である。なかで
も、とくに強くファンク臭を放っているのが《フレロン・ブルン》(このアルバムは、全
ての曲のタイトルがフランス語になっている。英語表記では《ブラウン・ホーネット》)
という曲だ。

《ブラウン・ホーネット》のどこにファンク臭を感じるのかというと、やはりベース・ラ
インである。このときのデイヴィスのグループは、60年代前半からデイヴィスが率いてき
たクィンテット(トランペット、サックス、ピアノ、ベース、ドラムス)の編成だ。普通
のジャズのグループの場合、曲の作者が指定したい場合を除けば、ベース・ラインはベー
シストが自由に決めるのであろう。デイヴィスのそれまでのクィンテットも、例外ではな
い。しかし、《ブラウン・ホーネット》では、ベースのホランドのみならず、コリアのエ
レクトリック・ピアノも低音部で同じベース・ラインを弾いている。つまり、ベース・ラ
インはあらかじめ作曲されている。《ブラウン・ホーネット》は、ベースとエレクトリッ
ク・ピアノの低音部の演奏により、極めて低音が強調されたサウンドになっているのであ
る。こうした演奏手法は、それまでの一般的なジャズ演奏とは次元がちがっている。

《ブラウン・ホーネット》は、さらにビートに注目したい。デイヴィスとサックスのウェ
イン・ショーターが吹くメロディは、R&Bっぽい8ビート感覚のメロディである。しか
し、ドラムスのトニー・ウィリアムスが叩きだしている風雲急を告げるようなビートの感
覚は、明らかにその倍(16ビート)である。このドラムスによるビート感覚は、天才的
な感覚をもつウィリアムスだけに偶然かもしれないが、新しくメンバーに加わったばかり
のコリアとホランドによるベース・ラインは、サウンド上の効果の点でも、バンドの力関
係の点でも、デイヴィスの指示によるものと考えるのが妥当と思われる。デイヴィスが早
くからベース・ラインに着目していたことは、その後のデイヴィスとファンクの関係を考
えるにあたって重要である。その点において《ブラウン・ホーネット》は、デイヴィスと
ファンクの関係のスタート地点に思えるのである。

Filles De Kilimanjaro ( Miles Davis )
cover
Released  : January 29, 1969

1.Frelon Brun (Brown Hornet), 2.Tout de Suite (Right Away), 3.Petits Machins (Little Stuff), 
4.Filles De Kilimanjaro (Girls of Kilimanjaro), 5.Mademoiselle Mabry (Miss Mabry)

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