ハービー・ハンコックの《カメレオン》のベース・ラインに、ファンクを感じる理由のヒ ントを探すため、ファンクの視点からジェームズ・ブラウンを聴きなおしてみた。聴いて みてわかったのは、ブラウンのヒット曲は、《カメレオン》とはスタイルが異なるファン クだということである。ブラウンの曲の場合、ファンクを感じさせるのはベース・ライン だけではない。演奏そのものと、小節の一拍目を強調したグルーヴ感がファンクを感じさ せるのである。《カメレオン》のベース・ラインはメインのメロディーと同等に印象的な リフだが、ブラウンの曲の場合は、ギターもホーンも、印象深さの点ではベース・ライン と同等なのである。この差異は、頭の中で曲を鳴らしてみれば誰でも実感できる。《カメ レオン》の場合はベース・ラインが最初に頭の中で鳴るが、ブラウンの曲の場合は、おそ らく頭の中で鳴るのはヴォーカル、ホーン、ギターなど曲によっていろいろだと思う。 つまりブラウンの曲とハンコックの《カメレオン》は、ファンクとしての楽曲の構造、あ るいはスタイルが異なっているといえる。もっとダイレクトに、《カメレオン》に繋がる 音楽があるはずである。そうしたときに思い浮かぶのが、スティーヴィー・ワンダーの《 スーパースティション(邦題:迷信)》である。クラヴィネットで演奏される《迷信》の ファンキーなリフは、ハンコックの《カメレオン》のベース・ラインと同様に、メインの メロディと同等かそれ以上の存在感をもつ強力なリフである。頭のなかで《迷信》を鳴ら せば、真っ先にクラヴィネットのリフがでてくるということを考えてみても、《カメレオ ン》と同じスタイルの曲といってよいだろう。それに《迷信》は、《カメレオン》が収録 された『ヘッド・ハンターズ』が録音された前年(1972年)のヒット曲である。時系列的に 考えても、ハンコックがインスパイアされた可能性は非常に高いと考えられる。 しかし《迷信》のリフは、厳密にはベース・ラインではない。ハンコックがヘヴィーなベ ース・ラインを思いつくのにインスパイアされた曲は、もしかすると他にあるのではない か。そう考えたときに浮上するのが、《迷信》と同じアルバム『トーキング・ブック』に 収録されている《メイビー・ユア・ベイビー》である。この曲は、かなり黒々としたヘヴ ィーなファンクである。《メイビー・ユア・ベイビー》の”グィン、グィン”とうねるベ ース・ラインを聴いたときはかなり驚いたが、それがワンダーが演奏するシンセサイザー によるものであることを知ったときにはさらに驚いた。ハンコックも、同じキーボードを 演奏するミュージシャンとして、ワンダーのシンセサイザーの使用方法には驚いたのでは ないだろうか。ワンダーの《迷信》と《メイビー・ユア・ベイビー》を、ハンコックが《 カメレオン》の参考にしたのは、おそらく間違いないように思うがどうだろう。