ある歌手やグループのシングルの傑作曲は、ヒット・チャートで必ず上位を獲得すること ができるのか?チャートの歴史を振り返ってみれば、必ずしもそうでなかったことがわか ります。例えば、いまではロック史的な評価がある程度固まった感のあるビーチ・ボーイ ズの傑作アルバム『ペット・サウンズ』の冒頭を飾っていた曲で、シングルとしても発売 された《ウドゥント・イット・ビー・ナイス(邦題:素敵じゃないか)》は、なんと最高 位8位です。ビートルズの最も偉大な曲のひとつの《ストロベリー・フィールズ・フォー エヴァー》も、意外なことに同じく最高位は8位なのです(いずれもアメリカのビルボー ドのチャートの最高位)。8位だって立派な成績ですが、当時のビートルズやビーチ・ボ ーイズのおかれていた状況と、ロック史的からみた傑作の度合いを鑑みてみれば、8位と いうチャートでの成績は意外であり、当事者達にとっても意外だったはずです。 1965年に《ドゥ・ユー・ビリーヴ・イン・マジック(邦題:魔法を信じるかい?)》でデ ビューしたラヴィン・スプーンフルの第2弾シングルの《ユー・ディドント・ハヴ・トゥ ・ビー・ソー・ナイス(邦題:うれしいあの娘)》も、チャートでの最高位は10位と高 くありません。同じ年のラヴィン・スプーンフルのヒット曲だと、No.1の《サマー・イン ・ザ・シティ》はともかく、けったるい《デイ・ドリーム》(決して嫌いではないのです よ)のほうがチャート上の順位は上なのです。なぜ《デイ・ドリーム》よりも《ユー・デ ィドント・ハヴ・トゥ・ビー・ソー・ナイス》のほうが順位が下なのか。しかも《デイ・ ドリーム》は、最近シャネルの口紅のCMにまで使われているではありませんか(ただし 歌っているのは、CMにも出演しているヴァネッサ・パラディ)。ぼくには、どーにも納 得がいかないのです。 いかにも60年代中期を感じさせる華やかなイントロ。チャイムを模したような、ギターの メロディ。ドシラソと下降する、外に歩きだしたくなるようなベース・ライン。裏側で華 やかな雰囲気を醸し出しているオルガンのサウンド。そしてもっともたまらないのが、ヴ ォーカルを追いかけるコーラス・ハーモニー。この曲を歌うとすると、このハーモニーの ほうを歌いたくなってしまうのです。それくらい、このハーモニーは素晴らしい。《ユー ・ディドント・ハヴ・トゥ・ビー・ソー・ナイス》こそ、ラヴィン・スプーンフルの最高 のパフォーマンスだとぼくは信じて疑わないのです。「イギリス人のグループではなく、 自分の国が生んだ誇るべき初期のロック・グループのひとつなのに、なぜチャートの10 位で満足できるのか。えー、どうなんだい!」と、当時のアメリカ人にどうしても文句の ひとつも言いたくなってしまう曲なのです。