うーん、なんという繊細な曲なのでしょう。この曲の登場以前に、こんなに胸をしめつけ られるような繊細なポピュラー音楽があったでしょうか。この曲というのは、サイモン& ガーファンクルの《ザ・サウンズ・オブ・サイレンス(邦題:サウンド・オブ・サイレン ス)》のことです。《ザ・サウンズ・オブ・サイレンス》には、最初に発表されたポール ・サイモンのアコースティック・ギターのみをバックにしたヴァージョンと、プロデュー サーのトム・ウィルソン(ボブ・ディランの《ライク・ア・ローリング・ストーン》のプ ロデューサー)がエレクトリック・ギター、エレクトリック・ベース、ドラムスをダビン グしたヴァージョンがあります。フォーク・ロック・ブームの勢いにのってか、シングル ・ヒットしたのは、後者のヴァージョンで、1966年の1月に全米No.1になっています。殆 ど無名だったサイモン&ガーファンクルも、この曲のヒットで一躍有名になりました。 《ザ・サウンズ・オブ・サイレンス》は「卒業」というハリウッド映画に使われていたの で、映画の記憶とともにこの曲を憶えている人も多いのではないでしょうか。「卒業」は 、若き日のダスティン・ホフマンが主演した映画で、結婚式をあげている式場から主人公 が花嫁を奪って逃げるラストが有名です。このラストが秀逸で、主人公は勢いにまかせて 花嫁を奪い、2人でバスに乗り込むのですが、ハッピー・エンドになるはずの最後の最後 で主人公の表情が暗く不安げな表情になるのです。映画を観た人にいろいろな思いを抱か せる、うまい演出なのです。もしかしたら、「卒業」を創った監督は《ザ・サウンズ・オ ブ・サイレンス》の曲想からラストの演出を思いついたのではないか。思わずそう考えた くなるくらい、この曲からは作者のサイモンが感じていたであろう不安感や孤独感が、歌 詞を読むまでもなく伝わってくるのです。 不思議なことに、それを強く感じるのは、トム・ウィルソンがバンドのサウンドをダビン グしたヴァージョンなのです。プロデューサー主体で、売れ線だったフォーク・ロック・ サウンドにしたヴァージョンが、アコースティックなヴァージョンより、より感情に訴え てくるのはどういうことなのでしょうか。これは、サイモンの曲想が、もともとバンド・ サウンドを(無意識に)必要としたものだったからではないかと思うのです。バンドとい うと分かりにくいので、ヒット曲の感覚といったほうが伝わるでしょうか。《ザ・サウン ズ・オブ・サイレンス》の抑揚の大きなメロディが感じさせる孤独、不安の感情は、ヒッ ト曲のような”バンド・サウンド”のほうがより活きた。トム・ウィルソンがやったこと は、曲がもともと持っていた感覚を、現実的なバンド・サウンドに置き換えただけなので はないか。《ザ・サウンズ・オブ・サイレンス》を聴くと、そんなように思うのです。