1965年の10月に全米No.1になったのが、ビートルズの《イエスタデイ》です。ある意味で 最も有名なビートルズの曲といってよい《イエスタデイ》ですが、彼らの本国のイギリス ではシングル・カットされませんでした。しかしアメリカでは、A面がリンゴ・スターが ヴォーカルをとるノンキな《アクト・ナチュラリー》という、ビートルズ史上でもっとも 変な組み合わせのシングルとしてリリースされました(日本でも同様)。《アクト・ナチ ュラリー》のB面という不遇というしかない立場でありながら、当たり前のように4週間 連続で全米No.1に輝いています。発表当時から、マリアンヌ・フェイスフルなんかにカヴ ァーされた《イエスタデイ》ですが、現在では、もっとも他人にカヴァーされた曲として も有名なようです。しかし、オリジナルのビートルズ・ヴァージョンがもっている魅力に は、当たり前ですが到底およびません。類のない美しさの、奇跡のような1曲です。 しかしぼくがビートルズの《イエスタデイ》から感じるのは、「遠慮」や「自信のなさ」 のような感情なのです。少なくとも、世紀の傑作を録音しているというような自信満々な 印象は皆無です。《イエスタデイ》は、同時期の《チケット・トゥ・ライド》のような、 威風堂々としたところがまったくないのです。映画「ヘルプ」ではサウンド・トラックと して使われず、アルバム『ヘルプ!』ではB面の最後のほうにひっそりと収録されていま す。レコーディング・セッションでも、取り上げられたのは最後のほう。イギリスではシ ングル・カットされず、アメリカでもるノンキな《アクト・ナチュラリー》のB面と、な にからなにまで遠慮がちな曲なのです。《イエスタデイ》はビートルズの作品ですが、実 際に演奏に参加しているのはポールのみです。メンバーと一緒に演奏しなかったことが、 「遠慮」や「自信のなさ」に関係しているのでしょうか。 そこで注目したいのが、この曲が作られたとされる時期です。プロデューサーのジョージ ・マーティンによれば、「はじめて聴かせてもらったのは、1964年の1月」だそうです。 この話が正しければ、《キャント・バイ・ミー・ラヴ》の録音の頃です。なぜポールはス グに曲を完成させて録音しなかったのでしょう。その謎をとくカギが、《イエスタデイ》 が書かれた時期と、《イエスタデイ》が録音された時期です。2つの時期に共通するのは ズバリ映画。ポールは、映画で女性に対してロマンティックにギターで弾き語りで歌うと いうような自分のソロ場面を想定して《イエスタデイ》を書いたのではないでしょうか。 つまり、もともとバンドとしての演奏を想定した曲ではなかったのではないでしょうか。 《イエスタデイ》は、それが「遠慮」や「自信のなさ」というかたちで、表れているよう な気がするのです。