レイ・チャールズの《ホワッド・アイ・セイ》は、1959年にポップとR&Bの双方のチャ ートで大きな成功を得た曲です。プレスリー、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、エ リック・クラプトン、ジミヘンなど、おそらくこの曲をプレイしたことない有名ロック・ ミュージシャンはいないのではないかと思われるくらい、チャールズの曲のなかでは有名 な曲ではないかと思われます。高倉健まで、映画「ブラック・レイン」のなかで黒いサン グラスをかけて歌っています。チャック・ベリーの《ジョニー・B・グッド》などと同様 に、ロック・ミュージシャンで知らない奴はモグリといっても過言ではない《ホワッド・ アイ・セイ》なのですが、ぼくにはとても不思議に思うことがあるのです。それは、みな が口を揃えてこの曲の魅力としてあげる、後半の有名なコール&レスポンス部分について です。 コール&レスポンス部分というのは、チャールズが「アー」と歌うと、バック・ヴォーカ ルの女性コーラス隊が同じように「アー」と返す部分のことです。コール&レスポンスは 、もともとはアメリカ南部のキリスト教の教会の神父と教会に集まる信徒との間のやり取 りによく見られ、その様式は教会で発展してきたゴスペルにも聴くことができます。チャ ールズの《ホワッド・アイ・セイ》はその様式を取り入れているのですが、やがて「アー 」&「アー」から、「アハーン」&「アハーン」と悩ましいやり取りに変わっていくので す。このやり取りがセックスを模している(事実そのとおりなのですが)と言われ、敬虔 なキリスト教社会であるアメリカ国内で物議をかもし、ラジオ・プレイも制限されたとい う伝説が残っています。しかし制限されれば聴きたくなるのが人の道。誰もが営む行為を 模したやり取りは、確かに《ホワッド・アイ・セイ》の魅力的な部分です。 ぼくが不思議に思うのは、このコール&レスポンス部分が収録されているのはアナログ・ シングルのB面だということなのです。《ホワッド・アイ・セイ》は、もともと6分25秒 の長さがあり、収録時間が3分前後のシングルに収録するには長すぎたため、エンジニア が曲を編集して2つに分け、シングルの両面に収録しました。そのためシングルA面に収 録された曲の前半部分には、コール&レスポンス部分は含まれていません。当時のラジオ でプレイされたのはA面のはずで、それにもかかわらず《ホワッド・アイ・セイ》が大き な成功を収めたということは、この曲の魅力がコール&レスポンス部分とは別にあること を意味していると思うのです。その魅力とは、ラテンを取り入れた躍動感あふれるリズム と、そのリズムにのせてドライヴするチャールズのヴォーカルではないでしょうか。この 2点こそ、《ホワッド・アイ・セイ》の一番の魅力だとぼくは思うのです。