●ロックへの旅(第三章):ザ・ガール・フロム・イパネマ
    (スタン・ゲッツ&アストラッド・ジルベルト:1964)

ビートルズやデイヴ・クラーク・ファイヴといったイギリスのグループ、そしてビーチ・
ボーイズやフォー・シーズンズといったアメリカのグループの曲がヒット・チャートを席
巻するなか、ブラジルの作曲家の曲がポップ・チャートのトップ・ファイヴに食い込む大
ヒットを飛ばします。曲名は《ザ・ガール・フロム・イパネマ(邦題:イパネマの娘)》
、作曲者の名前はアントニオ・カルロス・ジョビンです。ジャズやポピュラーの世界では
ジョビンも有名ですが、彼の名前を知らないロック・ファンのために少し説明を加えてお
くと、ジョビンはサンタナの名盤『キャラバンサライ』に収録されている《ストーン・フ
ラワー》の作曲者でもあります。そのジョビンが作り演奏にも参加しているのが1964年の
初夏の大ヒット《ザ・ガール・フロム・イパネマ》なのですが、歌を歌ったのはジョビン
ではなく、同じくブラジル出身の女性のアストラッド・ジルベルトという人です。

ぼくは《ザ・ガール・フロム・イパネマ》の魅力の殆ど(そして大ヒットとなった要因)
は、この曲を英語の歌詞で歌ったアストラッドのアンニュイなヴォーカルにあると思って
います。アストラッドのヴォーカルには不思議な力があって、彼女が歌うと、どんな曲で
もアストラッドの色に染まってしまうのです。《ザ・ガール・フロム・イパネマ》は、そ
んなアストラッドのヴォーカルがジョビンの浮遊感あふれるメロディーと絡みあうことに
よって、聴いているとある情景が浮かんでくるのです。それは海辺のカフェテラスの中か
ら外側の海の見える風景を見ている自分の姿と、その風景の中を歌詞に出てくるような褐
色で背の高い美しい女性が通り過ぎると情景なのです。アストラッドの歌う(しかもヒッ
トしたこのヴァージョンの)《ザ・ガール・フロム・イパネマ》を聴いた人は、みな同じ
ような情景が思い浮かぶのではないでしょうか。

《ザ・ガール・フロム・イパネマ》には、もう一人の主役がいます。白人のジャズ・テナ
ー・サックス奏者のスタン・ゲッツです。しかしプロデューサーの(そしてゲッツのアル
バムでヒットも飛ばしていた)クリード・テイラーにしてみれば、ゲッツよりも「アスト
ラッドをみーつけた」という気持ちのほうが大きかったのではないでしょうか。不思議な
力を持つ歌を歌うことのできるアストラッドを発見したことは、映画「ローマの休日」の
監督が無名のオードリー・ヘップバーンを発見したのと同じくらいの喜びだったのではな
いかと想像してしまうのです。その証拠にテイラーのプロデュースのもとアストラッドは
ソロ歌手に転向し、数多くのアルバムを制作します。その意味では《ザ・ガール・フロム
・イパネマ》という曲は、アストラッド・ジルベルトという60年代を彩った代表的な女性
ポピュラー歌手の誕生を記録した曲だったように思うのです。

《 The Girl from Ipanema 》( Stan Getz )
cover

Stan Getz(ts), Joao Gilberto(g,vo), Antonio Carlos Jobim(p), Sebastiao Neto(b), Milton Banana(ds) Astrud Gilberto(vo) Written by : Vinicius de Moraes & Antonio Carlos Jobin        English Translation by Norman Gimbel Produced by : Creed Taylor Recorded : March 18 & 19, 1963 Released : March, 1964 Charts : POP#5 Label : Verve Appears on :Getz/Gilberto 1.The Girl from Ipanema, 2.Doralice, 3.P'ra Machucar Meu Coracao, 4.Desafinado, 5.Corcovado, 6.So Danco Samba, 7.O Grande Amor, 8.Vivo Sonhando + bonus tracks 9.The Girl from Ipanema [45 Version], 10.Corcovado (Quiet Nights of Quiet Stars) [45 Version]
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