ブリティッシュ・インヴェイジョン旋風がチャートを吹き荒れるなか、ついにアメリカの ロック・グループの曲がチャートの1位を飾ります。ビーチ・ボーイズの《アイ・ゲット ・アラウンド》です。B面のカップリング曲は、ビーチ・ボーイズ屈指の名曲《ドント・ ウォーリー・ベイビー》。アルバムではなくシングル盤主体の時代のなかで、お買得感の あるシングルだったことでしょう。ビーチ・ボーイズのリーダーのブライアン・ウィルソ ンの自叙伝を読むと、《アイ・ゲット・アラウンド》は、ビートルズのアメリカ訪問時に は既にできていたようです。自叙伝の中に、ビートルズの有名なTV出演「エド・サリヴ ァン・ショー」の放映前にその場にいる人達にこの曲をピアノで披露した後、ビートルズ に脅威を感じるエピソードがでてきます。その脅威にも負けずに曲を完成させ、シングル としてリリースした結果の1位ですから、ブライアンも嬉しかったことでしょう。 実際《アイ・ゲット・アラウンド》は、ブライアンの自信作だったと思います。前作の傑 作《ファン・ファン・ファン》がビートルズによって1位を阻まれていますので、「今度 こそは!」という思いもあったのではないでしょうか。クルマのエンジン音を模したと思 われる冒頭の「ブン!」という音から始まるサウンドは、当時のロックンロール・バンド の中では最もヘヴィーです。そのヘヴィーさは、もはやロックンロールではなくロックと 言ってよいでしょう。しかし中間部のギター・ソロは、ロックンロールから脱却できてい ません。《アイ・ゲット・アラウンド》には、ロックとロックンロールが同居しているの です。時系列で同じ時代の曲を聴いてみるとわかりますが、その点が同時代のミュージシ ャンには斬新だったのでしょう。ミック・ジャガーやエリック・クラプトンも、「《アイ ・ゲット・アラウンド》にはヤラレタ」というようなコメントを述べています。 曲も斬新そのものです。ぼくが《アイ・ゲット・アラウンド》を最初に聴いた感想を言う と、「全米No.1のヒット曲にもかかわらず複雑な曲だなぁ」というものでした。《アイ・ ゲット・アラウンド》は、みなが一緒に歌える親しみやすさも残しつつも、実に複雑な曲 なのです。その秘密は、目まぐるしく変わる曲のキーにあります。Gのキーで始まり、マ イク・ラヴのヴォーカルになるところではAになって、ギター・ソロが終わると半音上が ってA#となり、最後はG#で終わるのです。しかしこれらの転調は、よく聴いていない と気がつかないくらい、実に自然に行われるのです。しかもこの手法ならば、どこまでも 転調を繰り返せます。このようにヘヴィーなサウンドと斬新な転調を併せ持つ《アイ・ゲ ット・アラウンド》は、同時代の人たちに、ビーチ・ボーイズの名前とブライアン・ウィ ルソンの才能を思い知らしめた曲だったのではないかと思うのです。