アメリカに、《スタッガー・リー》という古い歌があります。作られたのは1910年頃とい うことですので、2009年の現在から数えるとおよそ100年前のことです。実際におきた 事件を題材にしており、タイトルの”スタッガー・リー”というのも実在したリー・シェ ルトンという黒人ドライバーのあだ名なのだそうです。《スタッガー・リー》の歌詞のも とになったその事件は、1895年のクリスマス・イヴにセント・ルイス州ミズーリでおきま した。シェルトンは、ビリー・ライオンという人物と一緒に飲んでいました。そのうち、 なにかのきっかけでライオンがシェルトンの帽子を彼の頭から奪いました。シェルトンは 彼の拳銃を引き抜いてライオンの腹部を撃ち、ライオンの手から帽子を取り戻して、その まま立ち去ったそうです。シェルトンはすぐに逮捕され、ライオンはこの怪我がもとで亡 くなりました。とまあ、概要はそのような事件だったわけです。 《スタッガー・リー》はこの事件を題材にした曲なのですが、面白いのは実にいろいろな シンガーやミュージシャンがレコーディングしていることです。有名な人やグループだけ あげてみても、マ・レイニー(コルネットはルイ・アームストロング)、デューク・エリ ントン、ミシッシッピー・ジョン・ハート、キャブ・キャロウェイ、ウッディ・ガスリー 、メンフィス・スリム、ロニー・ドネガン、ジェリー・リー・ルイス、ファツ・ドミノ、 パット・ブーン、ディオン&ザ・ベルモンツ、ヴェンチャーズ、ライチャス・ブラザーズ 、ジェームズ・ブラウン、メアリー・ウェルズ、ウィルソン・ピケット、タジ・マハール 、プロコル・ハルム、、エルヴィス・プレスリー、ドクター・ジョン、グレートフル・デ ッド、クラッシュ、ボブ・ディランと、ジャズ、フォーク、ブルース、ロックンロール、 ソウル、パンクなど、あらゆるジャンルに渡っているうところが面白いところです。 なかでも《スタッガー・リー》で、全米チャートNo.1(1959年2月)をとっている黒人シ ンガーのロイド・プライス。この人を忘れてはいけません。なんといってもプライスは、 リトル・リチャードを見出した人物です。一応ロックンロールの殿堂入りを果たしていま すが、食品会社など経営しているせいでしょうか、あまりにも過小評価されているような 気がしてなりません。プライスというと、1952年の《ロウディ・ミス・クロウディ》とい う代表曲(ビートルズもカヴァーした)があるのでロックンロール史的に語られることが 多いのですが、その熱くソウルフルな歌い方が、その後のソウル・ミュージックに与えた 影響は少なくないのではないかと思うのです。レイ・チャールズとサム・クックばかり神 格化されていきますが、「スタガリ!」と叫ぶように歌う《スタッガー・リー》を聴くと 、プライスもまたソウル・ミュージックの始祖だったことがよくわかるのです。