ポール・マッカートニーの歌うタイトルと同じ歌詞でいきなり始まるのが、ビートルズの イギリスでの6枚目のシングル《キャント・バイ・ミー・ラヴ》です。イギリスでもアメ リカでも、予約だけで百万枚レベルにまで達したそうです。アメリカでは、訪米の余韻が 覚めやらぬ3月に発売され、いきなりチャートで1位を獲得(予約だけで百万枚を超えて いたのですから、当然でしょう)。ちなみにこのときのチャートは、1位から5位までを ビートルズのシングルが独占(1位から順に、《キャント・バイ・ミー・ラヴ》、《ツィ スト・アンド・シャウト》、《シー・ラヴズ・ユー》、《アイ・ウォント・ホールド・ユ ア・ハンド》、《プリーズ・プリーズ・ミー》)していました。6位以下にはじきとばさ れたフォー・シーズンズのボブ・ゴーディオやビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソ ンにとって、このビートルズの勢いは相当の脅威に写ったことでしょう。 しかし《キャント・バイ・ミー・ラヴ》は、曲の持つインパクトという意味でいうと《シ ー・ラヴズ・ユー》や《アイ・ウォント・ホールド・ユア・ハンド》には及んでいないと 思います。イギリスにおいてもアメリカにおいても、当時のビートルズの持つ勢い(それ は《シー・ラヴズ・ユー》と《アイ・ウォント・ホールド・ユア・ハンド》によってもた らされたものといえる)によって、より多くを売ったシングル曲といえるのではないでし ょうか。ジョンとポールが一緒にリード・ヴォーカルをとる《シー・ラヴズ・ユー》や、 《アイ・ウォント・ホールド・ユア・ハンド》のもつ塊り感と比較すると、終始ポールが リード・ヴォーカルをとる《キャント・バイ・ミー・ラヴ》は、やはりワン・ランク落ち る気がします。しかし楽曲の持っている”明るさ”や”昂揚感”のようなものは、当時の ビートルズの勢いを確実に含んだ楽曲といえるでしょう。 それがよく現れているのが、やはり冒頭の歌いだしの部分と言えるのではないかと思いま す。アイディアはプロデューサーのジョージ・マーティンによるものとのことですが、自 分達の持っていた勢いにピッタリだったのでビートルズも異論はなかったのでしょう。そ のくらい冒頭から歌いだすポールの歌声には、当時のビートルズの勢いを感じさせます。 ぼくはこの冒頭部分を聴くと、視界が「パーッ」と開くような感じを受けます。おそらく ビートルズの最初の主演映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」の監督ディック・レスター も同様だったのではないでしょうか。映画の終盤で、ビートルズの4人が劇場の裏口の階 段から脱出するシーンにおいて、階段(つまり建物の外部)に出るといきなり「キャント ・バイ・ミー・ラヴ」と冒頭部分が始まるのです。《キャント・バイ・ミー・ラヴ》とい う曲の持つイメージを、上手く活かした使い方だといえるのではないかと思います。