●マクラフリンのベスト・アルバム

マイルス・デイヴィスというジャズのトランペット奏者が、ジャズだけではなくロックの
世界からも一目置かれるようなことをやっているようだということを知ったのは、マイル
スがまだ引退していた1970年代の後半のことだった。それまで聴いていたロックに飽きた
らずジャズを聴き始めたばかりの頃のことである。しかし、当時の僕は”ジャズをとにか
く聴きたくて”という心境だったので、『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』、『マイ
ルストーンズ』、『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』といったアルバムを聴いていた。
やがてジャズにもそれなりに詳しくなった頃、友人の家で『ビッチェズ・ブリュー』に出
会ってしまった。それから一気にエレクトリック・マイルス漬けの日々になった。マイル
スが担当した黒人ボクサーのドキュメンタリー映画のサウンド・トラック・アルバムとい
う『ジャック・ジョンソン』との出会いもその頃のことである。

エレクトリック・マイルスのアルバムは2枚組が多かったので、まず貯金をはたき『マイ
ルス・デイヴィス・アット・フィルモア』を買い、続けて2枚組が買えなかったので廉価
盤で出ていた『ジャック・ジョンソン』を買った。『マイルス・デイヴィス・アット・フ
ィルモア』のいかにもロックの時代的なカッコいいジャケットと比べると、『ジャック・
ジョンソン』は古めかしいイラストであまり買いたいとは思わなかったが「お金が無いか
らしょうがない」というような気持ちで購入したことを思い出す。つまり僕は『ジャック
・ジョンソン』に期待をしていなかった。しかし、レコードの裏ジャケットに載っていた
「ギターとベースがどーのこーの」というマイルスの言葉には興味をそそられた。マイル
スは、アルバムにライナーを記載するのを嫌がっていたという伝説があったからだ。わざ
わざ自分で解説らしき言葉を寄せていることに、興味をそそられたのである。

期待に反して、『ジャック・ジョンソン』の音楽はカッコよかった。既に聴いていた『ビ
ッチェズ・ブリュー』や『マイルス・デイヴィス・アット・フィルモア』のどちらとも異
なった音楽であり、一言で言えば一番ロックっぽかった。『ジャック・ジョンソン』のベ
ースになっているマイルスのバンドは、クリームやジミ・ヘンドリックス・エクスペリエ
ンスといった60年代のロックの人気グループと同様のギター、ベース、ドラムスのトリ
オ編成である(後半にハービー・ハンコックによるオルガンが入ってくる)。この編成が
示しているように、マイルス・デイヴィスの全ての音楽の中で一番ロックに近づいた演奏
が『ジャック・ジョンソン』のCDの1トラック目(レコードではA面全てを占めていた
)《ライト・オフ》であろう。マイルスが裏ジャケットで言っていたのは、この曲のギタ
ーとベースのことなんだと思った。

ジョン・マクラフリンによる切れ味鋭いギターと、後にマクラフリンと一緒にマハヴィシ
ュヌ・オーケストラをやることになるドラムスのビリー・コブハム、そして70年代のマ
イルスを支えたベーシストのマイケル・ヘンダーソンによるシンプルなバンド。このバン
ドがシャッフル・ビートにのってグイグイとグルーヴしはじめたところに、マイルスが堂
々としたトーンで入ってくる瞬間はいつ聴いてもスリリングだ。《ライト・オフ》の前半
はストレートなロックといってよい演奏なので、初めてこのアルバムを聴いたときは、ジ
ャズ出身のマイルスのあまりにも堂々としたストレートなロック演奏にビックリしたもの
である。そして多くの人が既に指摘していることではあるが、ここでのマイルスの演奏は
本当に素場らしいのである。ここでのマイルスの演奏を聴いていると、身体を動かしたく
なってくる(というより鍛えたくなってくる)から不思議である。

そして『ジャック・ジョンソン』の一番の聴きどころは、マクラフリンのギターだ。マク
ラフリン自身のリーダー作を含めて、ここまでカッコ良く、そして思いっきりのいいマク
ラフリンはない。ソロがどーのこーのとかいう問題ではなく、演奏そのものがロックでも
ブルーズでもジャズでもない、ワン・アンド・オンリーの素場らしい演奏なのである。そ
の切れの良い独特なカッティングとハーモニーが、他の奏者では味わえない緊張感を演奏
に与えているのである。ジャズっぽい演奏ではないのだが、このような演奏はジャズを通
過した人じゃないとできない。ここでのマクラフリンのような奏法をやっていたギタリス
トは、僕の知る限りマサクァというユニットを組んでいたときの、フリー系のギター奏者
フレッド・フリスくらいしか思いつかない。『ジャック・ジョンソン』は、僕にとってマ
クラフリンのベストとして忘れられないアルバムなのである。

『 A Tribute To Jack Johnson 』( Miles Davis )
cover


Miles Davis(tp), John McLaughlin(elg), Michael Henderson(elb), Billy Cobham(ds),
Steve Grossman(ss), Herbie Hancock(key), 
Chick Corea(elp on 2), Sonny Sharrock(elg on 2), Dave Holland(elb on 2),
Benny Maupin(b-cl on 2), Jack DeJohnette(ds on 2)


Produced by Teo Macero
Recorded  : Feb 18, and April 7, 1970
Label     : Columbia

1.Right Off, 2.Yesternow
※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます