●ベスト盤では出会えない傑作がいっぱいの『リヴォルヴァー』

ロックがもっとも輝いていた年代はいつかと問われた場合、ビートルズのいた60年代だと
考える人は多いだろう。ぼくもそう思う一人だ。しかし60年代ロックとひとくくりにして
みても、実際には各年ごとに微妙に異なったカラーがある。その中でも、とくに音楽的に
前年までと大きく印象が変わるのが1966年という年だ。前年の1965年までは、まだまだロ
ック・ポップス、R&Bの世界は明るい魅力でいっぱいの曲が多い。逆に言えば、ロック
、ポップス、R&Bの差は少ない。ペトゥラ・クラークの《ダウンタウン》、ライチャス
・ブラザーズの《ふられた気持ち》、テンプテーションズの《マイ・ガール》、ビートル
ズの《エイト・デイズ・ア・ウィーク》、ハーマンズ・ハーミッツの《ミセス・ブラウン
のお嬢さん》、ローリング・ストーンズの《サティスファクション》といった全米No.1ヒ
ットを並べてみると、どの曲にも共通した明るさを感じることができる。

しかし1966年になると、その”ポップス的な”明るさに、ほんの少し翳りが射しこみはじ
める。同時に、サイケデリックやトリップなどという言葉が、ロックの周囲にちらほら見
え隠れしはじめる(例えばビートルズの《デイ・トリッパー》)。サンフランシスコから
グレートフル・デッドやジェファーソン・エアプレインといったバンドが現れ、イギリス
ではクリームやジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスといったバンドがデビューを飾
る。このような事象からは、ロックがそれまでのロック・ポップス的な位置から一つ上に
上り、自己主張をし始めたような印象を受けるのである。そのような時代に呼応するかの
ように、ローリング・ストーンズは全曲ミック・ジャガーとキース・リチャーズのペンに
よる『アフター・マス』を発表、ボブ・ディランは2枚組大作の『ブロンド・オン・ブロ
ンド』を発売、ビーチ・ボーイズもロック史に残る『ペット・サウンズ』を作り上げた。

そのような1996年という年に、ビートルズが発表したのが『リヴォルヴァー』というアル
バムだ。ビートルズのアルバムのなかで『レット・イット・ビー』が一番売れたと言われ
ている日本では、『リヴォルヴァー』あまり聴かれることのないアルバムではないだろう
か。かくいうぼくも、『リヴォルヴァー』を購入したのは『レット・イット・ビー』より
も後であり、『マジカル・ミステリー・ツァー』を入れて全13枚あるビートルズのアル
バムの中でもかなり後のほうであった。”赤盤”、”青盤”を基準にアルバムを聴いてい
ったので、知っている曲が《エリナー・リグビー》と《イエロー・サブマリン》しか入っ
ていない『リヴォルバー』にはなかなか手が伸びなかったのだ。ジャケットが、他のアル
バムよりもいくぶん地味なせいもあったかも知れない。しかし、『リヴォルヴァー』を初
めて聴いたとき、ぼくは改めてビートルズの才能にびっくりしたのである。

まずはポール。《ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア》と《フォー・ノー・ワン》という
、ビートルズのベスト盤を聴いているだけでは決して出会うことのできないポールの傑作
が『リヴォルヴァー』には2曲も収録されている。『リヴォルヴァー』から”赤盤”に収
録された《エリナー・リグビー》と《イエロー・サブマリン》もポール主体の曲だが、「
《ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア》と《フォー・ノー・ワン》は、《エリナー・リグ
ビー》や《イエロー・サブマリン》よりも、いや、もしかすると《イエスタディ》や《レ
ット・イット・ビー》と同じくらい良い曲なのではないか」と初めて聴いたときに思った
のである。《ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア》と《フォー・ノー・ワン》は、そのく
らい素場らしい。ポールのみならず、忘れてはならない我らがジョージの傑作《タックス
マン》も、ベスト盤では決して出会うことのできない傑作である。

そしてジョン。『リヴォルヴァー』のラストを飾る《トゥモロー・ネヴァー・ノウズ》の
類をみない素晴らしさ。『リヴォルヴァー』のセッションでは、ジョンの隠れ名曲《レイ
ン》も生まれているが、《トゥモロー・ネヴァー・ノウズ》は「ビートルズなんて、良い
子のお子様バンド」とかって言っている奴(最近ではさすがにいなくなったけど)に、一
番に投げつけてやりたくなるようなビートルズの曲だ。この曲の強烈なアシッド感覚。超
音速の粒子のように、現れてはすぐに消える様々なサウンド。ぼくはこの曲を聴くと、自
分が空を自在にとべる魂のような存在になって、グルグル回りながらこの世に起こる全て
を見ているような気持ちになってくるのである。『リヴォルヴァー』を聴いているのとい
ないのとでは、ビートルズに、そしてロックに対する評価は大きく違ってくるだろう。ベ
スト盤を聞いているだけでは出会えない、素場らしい傑作も世の中にはあるのである。

『 Revolver 』( The Beatles )
cover


The Beatles are
John Lennon(vo,cho,g,elg,haarmonium), Paul McCartney(vo,cho,elg,elb,p,clavichord),
George Harrison(vo,cho,g,elg,sitar,per), Ringo Starr(vo,ds)

George Martin(org,p), Anil Bhagwat(tabla on 4), Alan Cvill(horn on 10)

Produced by George Martin
Recorded  : April 6, 1966 - June 22, 1966
Released  : August 5, 1966
Label     : Parlophone

1.Taxman, 2.Eleanor Rigby, 3.I'm Only Sleeping, 4.Love You To,
5.Here, There and Everywhere, 6.Yellow Submarine, 7.She Said, She Said,  
8.Good Day Sunshine, 9.And Your Bird Can Sing, 10.For No One  
11.Doctor Robert, 12.I Want to Tell You, 13.Got to Get You into My Life  
14.Tomorrow Never Knows  
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