●北欧の夜をブルージーに染める怒涛のライヴ/ローランド・カーク

ローランド・カークという黒人ミュージシャンがいた。CDショップではジャズのコーナ
ーに置いてあるが、カークの演奏はマイルス・デイヴィスなどと同様にジャズの枠に収ま
りきらない。カークの音楽からは、ジャズだけではなく、ブルース、ゴスペル、R&B、
ソウルなどの要素を聴き取ることができる。そんなカークの音楽は、人間がこの世に残し
た音楽の中で最もエモーショナルな音楽の一つだと僕は感じているのである。実際に眼の
前で演奏を観ることができたら、どんなに凄かったろう。そんな想像をめぐらせるのは、
ジミ・ヘンドリックスとカークしかいない。カークの音楽との最初の出会いは、ジャズ喫
茶で聴いた『カーク・イン・コペンハーゲン』というライヴ・アルバムだった。これに一
発でヤラレタ。このアルバムが、カークの音楽の扉を開け、この世で最もエモーショナル
な演奏をするカークというミュージシャンを僕に教えてくれたのである。

アルバムは、ボレロのリズムにのせたゴスペル・フィーリング漂うブルース《ナロウ・ボ
レロ》で始まる。しょっぱなから、カークの得意技の一つ、驚異の3管同時マルチ・ホー
ン演奏である。まずは北欧の皆様に挨拶がわりということか。通常、管楽器奏者は、同時
に複数の楽器を演奏することは無い。ところがカークは、同時に2つ以上の楽器を演奏す
ることができる。これはカークの専売特許ではなかったらしいが、カークのようにマルチ
ホーンの演奏を極め、巧みに自己表現に取り入れたミュージシャンは他にはいない。カー
クは、ソプラノ・サックスと似た音域を持つとされるマンゼロ、アルト・サックスと似た
音域のストリッチ、そして通常のテナー・サックスの3本の楽器を同時に口に咥えて演奏
を行う。このため見た目はどうしても”異形”となるが、演奏を聴けばわかるが、カーク
はどこまでいっても音楽的なのだ。これにまず驚いてしまう。

続いてはマンゼロとテナーの2管による《ミンガス=グリフ・ソング》。カークは、まず
マンゼロでチャーリー・パーカーの《コンファメーション》を織り交ぜながら軽快に飛ば
す。そしてテナー・サックスに持ちかえると、2コーラス目から怒涛のブローをブチかま
す。最後はマンゼロとテナーによる一人掛け合いから、マルチ・ホーンによるヴァンプに
持っていき、”イヨゥ”と飛び道具のホイッスル(クレジットはサイレンとなっている)
で落すところはカークならではだ。続く《ザ・モンキー・シング》では、ロック・ファン
にはヤードバーズとの共演で有名なソニーボーイ・ウィリアムスンU世(カークとは昔の
仲間らしい)が登場。ブルージーなブルース・ハープを聴かせ、秋の夜の北欧コペンハー
ゲンのジャズ・クラブを一気にアメリカ南部のブルースを演奏しているライヴ・ハウスの
色に染めあげていく。ウィリアムスンをバックでプッシュするカークが見事だ。

続く3曲(アナログ盤のB面)が、僕のカーク初体験かつその一発でヤラレテしまった演
奏である。この3曲の演奏を聴かなかったら、見た目は明らかに”異形”のカークは、恐
いものみたさはあっても近づくことはなかったかもしれない。まずはデューク・エリント
ンの有名なナンバー《ムード・インディゴ》。マンゼロ、ストリッチ、テナー・サックス
の3本を同時に口に咥えた驚異的なマルチ・ホーンで、ブルージーなエリントン・カラー
を見事に醸し出していく。僕は《ムード・インディゴ》という曲で、デューク・エリント
ンという偉大なジャズ・ミュージシャンを少しだけ理解できたようなところがあるのだが
、そのカラーを見事に音楽的に再現するカークも《ムード・インディゴ》によって一歩を
踏み出すことができたのである。ソロではこれまたお得意のフルートによる驚異の演奏を
展開。北欧のみなさんも度肝を抜かれたことであろう。

続く2曲が、このアルバムのクライマックスだ。《キャビン・イン・ザ・スカイ》は、テ
ーマを優美に吹き終えたかと思いきや、ストリッチで驚異的な運指のソロをブチかます。
ピアノ・ソロが続くが、盛り上げるだけ盛り上げたカークに続く緊張感の無いソロに、2
コーラス目からカークが2管同時のリード・セクションとホイッスルの”イヨゥ”でカツ
を入れる。マイルス・デイヴィスの名盤『モダン・ジャズ・ジャイアンツ』のマイルスと
モンクみたいだなぁ。ドラムとの掛け合いのエンディング、および最後のカデンツァもお
見事だ。最後の《オン・ザ・コーナー・キング・オブ・アンド・スコット・ストリート》
では、またもやフルートを駆使しての怒涛のソロを展開する。驚異的な演奏、汗とヨダレ
と体臭、北欧だろうがどこだろうが関係ないブラック・フィーリング、怒涛と興奮の全て
が入り混じる、「ジャズのライヴはこうでなくちゃね」の代表アルバムだ。
『 Kirk In Copenhagen 』( Roland Kirk )
cover



1.Narrow Bolero, 2.Mingus-Griff Song, 3.Monkey Thing,
4.Mood Indigo, 5.Cabin in the Sky,
6.On the Corner of King and Scott Streets

Roland Kirk(ts, manzello, stritch, fl, nose fl, siren),
Tete Montoliu(p), Niels Henning Orsted Pedersen(b), Don Moore(b)
J.C. Moses(ds), Sonny Boy Williamson(hca on 3) 

Recorded : October, 1963 Club Montmartre, Copenhagen, Denmark 
Label    : Mercury
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