●「傷だらけの天使」とホレス・シルヴァー

インストゥルメンタル(つまり歌の入っていない音楽)を自分で意識して聴きはじめたの
は、小学校の高学年のときだ。初めて自分のお金(おこずかい)をはたいて買ったインス
トゥルメンタルのレコードは、当時の人気TVドラマ「太陽にほえろ」のサウンド・トラ
ックである。45回転の、4曲入りシングル盤だ。演奏は、元グループ・サウンズ出身の
ミュージシャンが集まっていた井上堯之バンドである。その当時、ぼくが他に買っていた
のは、ファンだったので無条件に買っていた当時のアイドル桜田淳子のシングルと、少し
背伸びをして買っていた当時の人気グループのガロのレコードくらいだった。つまりそれ
までは歌の入っているレコードを聴いていたのだが、歌の入っていない「太陽にほえろ」
のサントラ盤を買うのに躊躇はなかった。なぜなら、毎週のTV放送で流れるそれらの曲
を聴いて、演奏がカッコイイことがわかっていたからだ。

「太陽にほえろ」で、ショーケンこと萩原建一が演じたマカロニ刑事が衝撃的な殉職を迎
えてまもなく、同じショーケン主演で「傷だらけの天使」というTVドラマが始まった。
「傷だらけの天使」の音楽も、「太陽にほえろ」と同じ井上堯之バンドが担当していた。
「太陽にほえろ」よりも大人っぽい、小学生が見るには刺激的なシーンも多かった「傷だ
らけの天使」の音楽は、ブラック・フィーリングたっぷりのサックスをメインに据えた音
楽になっていた。女に弱くて、見栄っ張りで、いつも腹をすかしている決してスーパーマ
ンじゃない主人公(ショーケン)の姿に、うらぶれたイメージのサックスがブロウする井
上堯之バンドの音楽はハマリすぎるほどハマっていた。そのハマリかげんにしびれたぼく
は、「太陽にほえろ」に続いて、「傷だらけの天使」のサウンド・トラック盤も買ったの
であった。

インストゥルメンタルは、歌がないぶんだけ、音楽そのものでいろいろな表現が求められ
るのだと思う。井上堯之バンドの面々も、おそらくはいろいろと研究したことだろう。小
学生当時はわからなかったことだが、いろいろな音楽を聴いていくと、ふと「太陽にほえ
ろ」や「傷だらけの天使」の音楽がフラッシュ・バックすることがある。ホレス・シルヴ
ァーというミュージシャンのアルバム『セレナーデ・トゥ・ア・ソウル・シスター』を初
めて聴いたときもそうだった。ぼくのなかで、シルヴァーの音楽と井上堯之バンドの「傷
だらけの天使」音楽が、リンクして共鳴しあったのである。これは盗作とか、そういった
レベルの低い話ではない。むしろぼくは、「傷だらけの天使」の音楽を創るにあたって(
根拠があるわけではないが)『セレナーデ・トゥ・ア・ソウル・シスター』のような、い
わゆるジャズまで幅広く聴いていた井上堯之バンドの見識の広さに感心するのである。

『セレナーデ・トゥ・ア・ソウル・シスター』は、ジャズ・ピアニストとして有名なホレ
ス・シルヴァーが40歳のときのアルバムである。即興が重要視されるジャズの中で、編曲
に基づいたグループ・フィーリングも同様に重視したハード・バップというスタイルの確
立に多大な貢献をしたシルヴァーが、”ラヴ&ピースの時代”の最中の1968年に発表した
アルバムだ。ジャズ・ファンの評価は、あまり高くないようだ。しかし、ぼくの中で「傷
だらけの天使」の音楽のカッコよさと共鳴している『セレナーデ・トゥ・ア・ソウル・シ
スター』は、特別なアルバムなのである。とくに、”サイケデリック”や”ソウル・シス
ター”というジャズの世界に似つかわしくない言葉をタイトルに用いた《サイケデリック
・サリー》と《セレナーデ・トゥ・ア・ソウル・シスター》の2曲は、そのまま「傷だら
けの天使」に収録してもおかしくない(つまりはカッコイイ)出来なのだ。

とくにカッコイイのが、冒頭3曲に登場するブラック・フィーリング溢れるスタンレー・
タレンタインのテナー・サックスだ。タレンタインを想定してシルヴァーが曲を書いたの
か、書いた曲にあわせてタレンタインを起用したのか、とにかくピッタリしすぎるくらい
ハマっている。シルヴァーの、”ジャズでありながらシンプルでポップな曲調”と、タレ
ンタインのファンキーでグルーヴィーなサックスが共鳴しあうこの音楽が、井上堯之バン
ド「傷だらけの天使」の音楽に与えた影響はとても大きいとぼくはみているのである。タ
レンタインのサックス以外にも、アルバムの隅々まで行き届いているシルヴァーの音楽の
スタイリッシュなカッコよさがわかるには、ジャズ以外の音楽を否定するような聞きかた
をしていたらわからないのだろうなと思う。少しセロニアス・モンクを思わせる曲調のピ
アノ・トリオによる最終曲も、シルヴァーの隠れた傑作だ。

『 Serenade To A Soul Sister 』( Horace Silver )
cover



1.Psychedelic Sally, 2.Serenade To A Soul Sister, 3.Rain Dance,
4.Jungle Juice, 5.Kinder Spirits, 6.Next Time I Fall In Love

Horace Silver(p), Charles Tolliver(tp), Stanley Turrentine(ts on 1,2,3), 
Bob Cranshaw(b,elb on 1,2,3), Micky Roker(ds on 1,2,3),
Bennie Maupin(ts on 4,5,6), John Williams(b on 4,5,6), Billy Cobham(ds on 4,5,6)

Produced : Alfred Lion
Recorded : March 25 & 29, 1968
Label    : Blue Note
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