最近の西新宿のブート地帯では、ロックは言うに及ばず、ジャズ&フュージョンもののブ ートも盛んである。ちょっと前までは、ロック系のブート店でみかけるジャズ関係のミュ ージシャンというと、ブート界の大御所マイルス・デイヴィスやウェザー・リポートなど のフュージョンものだけだった。しかしここ最近は、もはやモダン・ジャズだろうがブル ースの大御所だろうが何でもありという時代に突入したようだ。おそらく70年代後半以降 から家庭用のビデオ・デッキが一般に普及したことによって素材が豊富にあるのだろう。 ジャズ・ギターの大御所、ジム・ホールのライヴDVDなんてのまで出ている。ジム・ホ ールのファンの人は、そのようなDVDが売っていることしっているのだろうか。そのよ うなご時世のなか、お店のロック兄ちゃんがかけているBGMも、いい加減にロックには 飽きたのかジャズ系の音楽が目立っているようだ。 その日も、BGMはジャズ系の音楽の店が多かった。しかし、ブートを物色中の耳には、 殆ど届かない。ブートを選ぶのに、集中しているからだ。しかし暫くすると、キョーレツ な音楽が耳に飛び込んできた。ラテン・フレーバーのロックのライヴだった。ふとブート を物色する手がとまる。ぼくは”ながら聴き”というのができない性質なので、自然と全 神経が店のBGMに集中してしまう。オルガンが入った、ラテン・パーカッションの入っ たラテン系ジャズ・ロックという感じだった。演奏の雰囲気からして、サンタナであるこ とは90%間違いないだろうと思った。しかし、ギターの雰囲気が少し異なる。ハードな クロスオーヴァーに突入するのだ。「えっ、これはマクラフリンだ」と思ったのも束の間 、ギターが2本になった。「なんだこれ、サンタナとマクラフリンのライヴじゃないか」 と思い、店でかかっているジャケットを見たらやはりそうだった。 サンタナとジョン・マクラフリンは、公式共演アルバムを1枚残している。『ラヴ、ディ ヴォーション、サレンダー(邦題:魂の兄弟たち』というアルバムだ。ジョン・コルトレ ーンのカヴァー曲を含むこのアルバムは、発売当時はサンタナ・ファンの間でもロック・ ギター少年の間でもあまり評価は高くなかったらしい。ぼくの周りでもそうだった。ジミ ー・ペイジやジェフ・ベックが格好良かった時代にあって、短い髪の2人が写ったジャケ ット(下のアルバム・ジャケットを参照)は、それだけでアルバムを買いたいと思わせる ものではなかった。宗教色がなんとなく強そうなところも、買いたいと思わない理由のひ とつだった。ちなみに、アルバムの原題は、サンタナとマクラフリンが心酔するスリ・チ ンモイという導師の言葉である。実際、あとになってこのアルバムを聴きなおしたときも 、お互い良さを殺しあっているような気がしてピンとこないアルバムだったのである。 しかしブート店で耳に入ってきた音楽は違った。音楽に殺気がみなぎり、お互いの演奏に 触発された凄みがあった。それで、思わず買ってしまったのだ。ブートの紹介は反則気味 のところもあるが、あまりにも凄かったため紹介したいと思う。ライヴは、マクラフリン 作の《メディティーション》で幕をあける。録音も、高音質のサウンド・ボード録音だ。 同時期の公式ライヴ盤『ロータスの伝説』と同じオープニングだが、マクラフリンとサン タナのギター2本で厳かに奏でられる音が美しい。続く《ザ・ライフ・デヴァイン》では 、ワウワウを使ったサンタナのギターが、1975年くらいのエレクトリック・マイルスのよ うなフレーズで切り込みまくる。実際にフレーズがマイルスと酷似しており、この時期の サンタナのギターがマイルスの頭の中にあったのではないかと想像できるところがおもし ろい。 そして演奏はエロティックなラテン・ビートとベースに導かれ、切れ目無くジョン・コル トレーンの《ア・ラヴ・シュプリーム》に入っていく。演奏の構成は、公式盤と同様にラ リー・ヤングのオルガンがコルトレーンのオリジナルのフレーズを散りばめながらソロを 綴っていく。続くソロはサンタナだ。昇りつめて行くギターをプッシュするビリー・コブ ハムのドラムスが凄い。マクラフリンも負けてはいない。とくいの早弾きで応酬する。続 く《アフロ・ブルー》の後半がぼくがブート店で聴いた演奏だが、コルトレーンの愛奏曲 の《マイ・フェヴァリット・シングス》などを引用しながら高みに達しようとする2人の 咆哮するギターの応酬がもの凄い。2枚目のラスト(ジョージ・ベンソンがカヴァーした 《ブリージン》を引用)では、マクラフリンの得意技の一つのコブハムのドラムスとの応 酬合戦が繰りひろげられる。とにかく公式盤を凌ぐブートである。聴くべし。