ビーチ・ボーイズの『フレンズ』は、不思議な魅力を持ったアルバムだ。かなり前からそ の魅力を語りたいと思っていたのだが、このアルバムの音楽の魅力を的確に伝えることが できる言葉がなかなかみつからなかった。今回、思いきってトライしてみたい。それだけ の魅力がある音楽なのだ。アルバムの収録時間は、全ての曲を入れても25分ほどしかない (3分を超える曲は、2曲しかない)。オープニングを飾る美しい《メント・フォー・ユ ー》にいたっては僅か38秒しかない。前作の『ワイルド・ハニー』にはあったヒット性を もった曲(60年代のビーチ・ボーイズの傑作の一つ《ダーリン》が収録されていた)や、 時代性(同時代のモータウンやスタックスといった黒人ミュージシャン達のヒット曲のよ うなR&B的要素があった)があるわけでもない。しかし『フレンズ』の音楽には、確か に抗い難い魅力が存在するのである。 何に一番惹かれるかというと、アルバムを聴いたときに感じるサウンド・カラーである。 いきなりサウンド・カラーと言われても、具体的にどのようなものかイメージがしにくい ことだろう。一言でいうと、力んだところの全く無い音楽なのだ。収録された音楽には、 最終曲を除くと、とてもゆったりとした時間が流れているのである。そのせいか、聴いて いると、とても気持ちが落ち着く音楽なのである。そのアルバム全体のサウンド・カラー は、一つ一つの曲を聴いてもほぼ同じ様に感じることができる。ほぼ、と書いたのは、最 後の曲《トランセンデンタル・メディテイション》だけ少しカラーが異なっているからな のだが、このギル・エヴァンス・オーケストラがジミ・ヘンドリックスの曲を演奏したと きのような当時のロック・ポップスとしては面白いサウンド・プロダクション持つ曲は、 『フレンズ』の最終曲として無くてはならないのである。 おそらくこのアルバムのサウンド・カラーは、ブライアン・ウィルソンの心の状態を反映 したものであろう。《グッド・ヴァイブレーション》で全米1位に輝いたビーチ・ボーイ ズへの期待は、ファンからも、マスコミからも、レコード会社からも大きなものであった と言われている。しかしブライアン・ウィルソンとビーチ・ボーイズは多大な制作費をか けたアルバム『スマイル』の制作を中止、出演が予定されていたというモンタレー・ポッ プ・フェスティバル(ザ・フー、ジャニス・ジョップリン、オーティス・レディング、そ してジミ・ヘンドリックスがロック史に残るパフォーマンスを展開した)も辞退。モンタ レーの辞退と、「出るぞ、出るぞ」と言われていた新しいアルバムが出なかったことから 、一部のファンやマスコミからも裏切り者扱いだったらしい。しかし、これらのプレッシ ャーから開放されたことは、ブライアンにとってはプラスに働いたのではないだろうか。 『スマイル』の失敗で廃人同様になってしまったように語られてきたブライアンであるが 、少なくとも60年代においては”プレッシャーさえなければ”魅力のある音楽を作ること が十分に出来たことを『フレンズ』やその後のプロデュース作品(例えば、ブライアン夫 人のいたガール・グループのハニーズのシングル《グッドナイト・マイ・ラヴ/トゥナイ ト・ユー・ビロング・トゥ・ミー》)は証明している。当時のブライアンにとって一番の 問題点であった身内(即ちビーチ・ボーイズ)からの創作のうえでの反対、とりわけリー ド・ヴォーカリストのマイク・ラヴがビートルズと一緒にインドのマハリシの元に修行に 行って暫く不在だったことが、『フレンズ』に収録された音楽の魅力を考えるうえでのカ ギであることは間違いないだろう。瞑想の世界にいたマイクの要素が薄いのは、『フレン ズ』の大きなポイントである。 魅力的な曲が殆どの『フレンズ』のキモは、美しい《メント・フォー・ユー》、穏やかな フォーク調ワルツ《フレンズ》、『スマイル』の《チャイルド・イズ・ア・ファーザー・ オブ・ザ・マン》とビートルズ的世界が混ざったようなデニスの傑作《リトル・バード》 以降の5曲だ。この7曲だけで『フレンズ』の世界になる。《リトル・バード》からイン タールードのような《ビー・スティル》がきて、ブライアンの穏やかボサノヴァ《ビジー ・ドゥーイン・ナッシン》、エキゾティックかつ実験的なインストゥルメンタル《ダイア モンド・ヘッド》、最後にブラスが強烈な《トランセンデンタル・メディテイション》へ 続く流れ。これがたまらない。類似の音楽まるでなし。ブライアンならではの世界の一端 が見事に展開されている。この流れが、穏やかと言われる『フレンズ』の最大の魅力だと ぼくは思う。最後に「全てナシだかんね!」と言わんばかりの流れが最高なのだ。