「ギター、ジョン・マクラフリンー、ベェエス、ジャコゥ・パストリァース、ドラムス、 トニー・ウィリアムスー」。このメンバー紹介で血がざわざわ騒ぐのは、ぼくと同様70年 代後半にジャズもしくはクロスオーバー&フュージョン三昧の日々を過ごしてきた人であ ろう。ザ・トニー・ウィリアムス・ライフタイムやマイルス・デイヴィスのアルバムで鬼 気迫るエレクトリック・ギターを弾きまくり、自身のバンドのマハビシュヌ・オーケスト ラでは凄まじい早弾きを武器にロック・ギター少年どもの度肝を抜いたジョン・マクラフ リン、60年代マイルスを支えた天才ドラマーと言われ、その後ジャズ・ロックの傑作『エ マージェンシー』(マクラフリンも参加)を発表したトニー・ウィリアムス、そして当時 人気が頂点に達した感のあったウェザー・リポートの天才ベーシストのジャコ・パストリ アス。この3人が一緒に演奏しているのだから、血が騒がないはずがない。 当時のクロスオーバー&フュージョン・ファンにとって、そしていま思い返してみても夢 のような出来事であったこの3人の演奏は、1979年の夏に入ってきた『ハバナ・ジャム』 および同年の冬頃入ってきた『ハバナ・ジャムU』というレコードに収録されたいた。当 時は輸入盤しかなかったと記憶しているが、いまでは両方ともCDで容易に入手できる。 ハバナ・ジャムは、1979年3月2日から3月4日の3日間にわたり、キューバのカール・マル クス・シアター(凄い名前の劇場だ)で開かれたコンサートだ。アメリカとキューバの国 交改善と文化的交流を目的として、当時のアメリカ大統領のカーターの肝いりで開催され たのだという。企画はCBSレコードで、そのため出演者はビリー・ジョエル、クリス・ クリストファーソン、スティーブン・スティルス&カリフォルニア・ブルース・バンド、 リタ・クーリッジなどCBSレコード所属のミュージシャンが中心だった。 そしてハバナ・ジャムには、当時はまだ大手レコード会社と契約できる力を持っていたジ ャズ&フュージョン系ミュージシャン(スタン・ゲッツ、デクスター・ゴードン、ボビー ・ハッチャーソンなど)が大挙して出演していた。当時もいまも最高のフュージョン・グ ループのウェザー・リポートも出演している。注目のマクラフリン、トニー、ジャコの3 人は、ハバナ・ジャム限定のグループとして出演した。マクラフリンとトニーは、トニー のグループのライフタイムやマイルス・デイヴィスのグループで、ジャコとトニーはウェ ザー・リポートの『ミスター・ゴーン』やハービー・ハンコックの『サン・ライト』での 共演歴があったが、マクラフリンとジャコは公式には初めてである。トリオの名前は、ジ ャコによってトリオ・オブ・ドゥームと名付けられたらしい。このトリオ・オブ・ドゥー ムの演奏が、当時輸入盤で出た2枚のハバナ・ジャムのライヴ盤に収録されたのである。 このトリオのスタジオ音源とハバナ・ジャムのライヴ音源をカップリングしたアルバムが 、なんと今年(2007年)発表された。これに再び血が騒いだ。面白い事に、今回の発売に よって2枚の『ハバナ・ジャム』に収録されていたのはスタジオ録音だったことが判明し た。なぜライヴ音源を使わずに、スタジオで録音しなおしたのか。ライヴ・アルバムで実 際の音源を使わないのはよくある話である。トリオ・オブ・ドゥームの場合は、演奏の出 来が原因だったようだ。なんでもジャコがアンプのヴォリュームを異常に大きくして、演 奏をぶち壊したらしい。ちゃんとミキシングされたCDではわからないが、実際に似たよ うなジャコのライヴを目撃した人間は理解できるだろう。ぼくがジャコを見たときも、ジ ャコは異常なくらいアンプの音量を上げてアンサンブルをぶち壊した(そのときのジャコ は、上半身裸のうえに泥を塗りたるという異様な姿でステージにあがっていた)。 そんなこともありマクラフリンはライヴ音源の発表を許可せず、28年もの間音源は封印さ れることとなった。結論をいってしまえば、ライヴも元々発表されていたスタジオ音源も 大騒ぎするほどのものではない。それでもこのアルバムに血が騒いでしまうのは、マクラ フリン、トニー、ジャコという3人が一緒に演奏したライヴは凄いことになっているかも しれないという期待が心のどこかにあるからだ。いまの時代、それだけの期待をもってア ルバムを買うに値するミュージシャンがどれほどいるのか。現場では異常な音量だったの かもしれないが、誰の真似でもないジャコの真にオリジナルなベース音を聴くと、個性豊 かな真の天才がいて、本物の音楽を奏でていた時代と現在のギャップに言葉を失う。演奏 は散漫ではあるが、瞬間的な緊張感溢れるインタープレイはジャズそのものだ。28年前は ジャズもフュージョンもこんなに熱かった。トニーもジャコも、いまはもういない。