1957年という年をみてみると、前年からのエルヴィスのTV出演、映画「ザ・ガール・キ ャント・ヘルプ・イット(邦題:女はそれを我慢できない)」へのリトル・リチャード、 ジーン・ヴィンセント、エディ・コクランといったロックンローラー達の出演、ラジオの 人気DJでロックンロール・ブームの火付け役だったアラン・フリードによる「アラン・ フリード・ショー」や「アメリカン・バンド・スタンド」といったTV番組のスタートと 、ラジオから人気に火がついたロックンロールが、いよいよメディアにとって無視できな い文化になっていった様子を伺うことができます。なかでも、大手レコード会社のRCA に移籍してからのエルヴィス人気は、とどまるところを知らないかのような快進撃を続け ていました。そんなエルヴィス人気にあやかったのか、1957年にエルヴィス2本目の主演 映画「ラヴィング・ユー(邦題:さまよう青春)」が制作されています。 今回紹介するエルヴィスの1957年7月のヒット・シングル《(レット・ミー・ビー・ユア )テディ・ベア(邦題:テディ・ベア)》は、「さまよう青春」のサウンドトラックとし て録音された曲です。映画の中でも、歌われているそうです(ぼくは未見)。「さまよう 青春」という映画のストーリーは、孤児院育ちの若者と、その若者をスターにしていくマ ネージャーを軸にしたサクセス物語だそうで、当時まさに全米的なスターになろうとして いた等身大のエルヴィスを描いたという点では、エルヴィス・ファンにとって必見の映画 となっているそうです。確かに下記のアルバム『ラヴィング・ユー(邦題:さまよう青春 )』のジャケットに映るエルヴィスを見ると、まだスターとしては完成の域に達していな い、ロックンローラーとしての衝動を内に秘めたような魅力的なエルヴィスのポートレイ トであり、この映画を必見とするファンの気持ちも理解できる気がします。 その映画で歌われたという《テディ・ベア》ですが、リトル・リチャード風の叩きつける ような8ビートのピアノのイントロで始まります。しかし演奏そのものは、リトル・リチ ャードのようなエキセントリックなロックンロールではありません。曲全体の雰囲気は、 1940年代に流行ったようなブギ・ウギ・ピアノとドゥ・ワップを混ぜ合わせてロックンロ ールのスパイスをまぶしたような印象です。ジョーダネアーズが延々と繰り返す「パッパ ラーラ」という楽しげなコーラスのせいか、いかにも映画のサウンド・トラックといった 軽快で楽しげなハリウッド的香りのする曲です。エルヴィスのヴォーカルも、1年ほど前 に過ぎないRCAの初期と比較すると明らかにスマートになっており、初期のエルヴィス の曲にあったR&Bの香りは殆どしません。明るい白人家庭のラジオやTVドラマから流 れてくる、ロックンロール風ポップスといった印象です。 サウンド的には、低音部の動きが見事なブギ・ウギ・ピアノと、ジョーダネアーズによる コーラスが曲の要となっています。つまり《テディ・ベア》は、前作のシングル《オール ・シュック・アップ》の流れを組むものとなっているのです。ヒットした前作の路線を踏 襲したのでしょうか。この推測はおそらく違っており、たまたま録音の時期が近かったた め同じようなサウンドになってしまったのだと思います(《テディ・ベア》のセッション は、《オール・シュック・アップ》のセッションの僅か3日後)。初期のエルヴィスの曲 のサウンドの要ともいえたスコッティ・ムーアのギターは、残念ながら聴き取ることはで きません。一応セッションには参加していたようなので、下記パーソネルにはムーアと、 もう一人ヒルマー・ティンブレルという2人の名前をギタリストとして一応あげてはあり ますが、《テディ・ベア》にこの2人は参加していないと思われます。 結論として、ぼくにとっての《テディ・ベア》は、大ヒットしたとはいえ《オール・シュ ック・アップ》と同様にロックンロール的な魅力を持った曲ではありません。初期のエル ヴィスの曲にあった、パンク・ロックにも通じるようなガレージ・バンド的な魅力がない ため、単なるオールディーズのヒット曲にすぎません。ただし、エルヴィスはアップ・テ ンポなこの曲を余裕で歌いこなしており、そのせいで《テディ・ベア》は《オール・シュ ック・アップ》よりは魅力がある曲に聴こえます。《テディ・ベア》を歌っているのは、 デビュー当時より明らかに歌が上手くなり、「さまよう青春」をまさに終えようとしてい たエルヴィス・プレスリーという青年スター歌手です。エルヴィスにとって、1956年から 1957年にかけての時期は、ロックンロールがどうのこうのとは全く無関係に、単なるロカ ビリー歌手から本物のスター歌手へと変貌していく時期だったのだと思います。