●僕の聴かず嫌い・『ピルグリム』(エリック・クラプトン)

エリック・クラプトンよ、すまない。「クラプトンのギターを”凄い”とか”感動した”
と思って聴いたことはない」などと書いてまことに申し訳ない。70年代後半以降のアルバ
ムを、全てきちんと聴いていなかったぼくがバカでした。と、いきなり3連発で詫びをい
れなければならないほど、エリック・クラプトンの1998年のオリジナル・アルバム『ピル
グリム』は傑作だ。このアルバムの作品のいくつかは、ぼくの感情の深い部分に訴えかけ
てくる。メロディが特別なわけでもない。歌詞は英語なので、基本的には深いところまで
わからない。しかし『ピルグリム』に収録されたいくつか作品は、ぼくの感情を静かでは
あるが確かに揺さぶるのだ。そんなわけで、『スロー・ハンド』から順番に書いていこう
としていた”聴かず嫌い”であるが、大きくとんで90年代最後のクラプトンのオリジナル
・アルバム『ピルグリム』を先に取り上げたいと思う。

前述したように、『ピルグリム』の発表は1998年である。前作の『ジャーニーマン』の発
表は1989年なので、実に9年ぶりのアルバムだ(ただしその間に、ベスト盤や、あのマイ
クロソフト社のビル・ゲイツまでパロディに使用したほど有名な『アンプラグド』を含む
ライヴ作品は発表されている)。9年間もの間、オリジナル・アルバムを1枚も作らずに
クラプトンは何をしていたのか。1989年の『ジャーニーマン』までは、ほぼ2年に1枚の
ペースでアルバムを作っていたクラプトン。80年代に入ってからも、フィル・コリンズの
プロデュースでMTV時代にもフィットしたコマーシャルなアルバムを作っていたクラプ
トン。順調にみえた音楽面での業績とは裏腹に、私生活の面(とくに恋愛関係)ではかな
りメチャクチャだったようだ。80年代半ばに、正式に結婚していない女性2人との間に子
供を設けている。それが原因なのであろう。長年連れ添った奥さんと離婚もしている。

その奥さんとは、ビートルズのジョージ・ハリスンの元夫人で、苦悩の大恋愛の末に結婚
した女優兼モデルのパティ・ボイドだ。クラプトンの代表作《レイラ》や《ワンダフル・
ナイト》のモデルとなった女性である。元夫のジョージ・ハリスンの最も有名な曲《サム
シング》も、パティのことを歌った曲だ。パティとの離婚は、クラプトンにとって9年も
のブランクを作ってしまうほどのダメージだったのであろうか。クラプトンは、浮気をし
て他の女性2人との間に子供を作ってしまうような人である。パティとの離婚だけが、9
年ものブランクの要因とは考え難い。ブランクの真の要因となったのは、信じられないよ
うな悲しい出来事だ。2人の子供のうちの一人、コナー・クラプトン(当時5歳)が、高
層マンションの53階の窓から転落死したのである。我が子が不慮の事故でいなくなってし
まう悲しみは、クラプトンにとってどれほど大きかったことであろうか。

『ジャーニーマン』でオリジナル・アルバム制作がパタリと止まってしまったのは、パテ
ィとの離婚と息子コナーの死という、これ以上ないくらいの人生にとって悲しい出来事が
クラプトンに降りかかったからと思われる。その悲しみと真っすぐに向き合って新しい創
造の世界に踏み出すのには、9年間という長い年月が必要だったのであろう。しかしクラ
プトンは自分の中の様々な感情と向き合い、それを創造へのパワーへと転化させて、平静
さの中にも大きなパワーを持つ音楽を完成させた。おそらく音楽に込められたそのパワー
が、ぼくの感情を深く揺さぶるのであろう。冒頭の《マイ・ファーザーズ・アイズ》の最
初の一音から、これまでのクラプトンとは違うということが伝わってくる。新しいサウン
ドにのせて聴こえてくるのは紛れもなくクラプトンの音ではあるが、一音に込めるパワー
が違うのか、これまでと違うぞということが伝わってくるのだ。

そんな『ピルグリム』でぼくがもっとも深く感情を揺さぶられたのは、2曲目の《リヴァ
ー・オブ・ティアーズ》である。深い悲しみを乗り越えたクラプトンが到達した心の静け
さが伝わってくるようなサウンド・プロダクションだ。それとは対象的に、歌はエモーシ
ョナルで力強い。そして深い感情を込めて奏でられるギターは、”ギターの神様”と呼ば
れたあの日から本物の音楽を求めてクラプトンが成熟してきたことを如実に示している。
それらの全てには、クラプトンが追い求め、愛し続けてきたリズム&ブルースの大きなエ
コーが見え隠れしているのである。これ以上の作品が今後作れるのだろうかと心配になる
ほどの素場らしい作品だ。《リヴァー・オブ・ティアーズ》1曲により、『ピルグリム』
はぼくにとって忘れられない作品となるだろう。やはり勝手な偏見による聴かず嫌いは、
素場らしい作品との出会いを自分で制限することになるだけであった。
『 Pilgrim 』( Eric Clapton )
cover



1.My Father's Eyes, 2.River of Tears, 3.Pilgrim, 4.Broken Hearted,
5.One Chance, 6.Circus, 7.Goin' Down Slow, 8.Fall Like Rain,
9.Born in Time, 10.Sick & Tired, 11.Needs His Woman,
12.She's Gone, 13.You Were There, 14.Inside of Me

Eric Clapton(vo,g,elg), 
Simon Clime(key,syn,ds programming,back-vo),
Paul Waller(elb,ds programming on 1,2,4,5,6,7,8,9,11,12 & 14),
Steve Gadd(ds on 1,4,12 & 13), Nathan East(elb on 1,4,6,8 & 11), 
Luis Jordim(elb on 2, per on 2 & 9), Pino Paladino(elb on 5,7,9 & 12),
Dave Bronze(elb on 12), Andy Fairweather-Low(elg on 2),
Chris Stainton(org on 1 & 13), Joe Sample(p on 1 & 13),
Paul Carrack(org on 3,5,7,10,12, wurlitzer on 7),
Greg Phillinganes(key on 4,11), Paul Brady(tin whistle, back-vo on 4)
Chyna(back-vo on 1,2,3,4,5,6,12 ,13 & 14),
Kenny Edmonds(back-vo on 9), Tony Rich(back-vo on 11),
Ruth Kelly Clapton(voice on 14),
London Session Orchestra(strings on 2,5,7,9,10,13 & 14)

Recorded : 1997 At Olympic Studios, London,  Ocean Way, LA
Producer  : Eric Clapton and Simon Clime
Label     : Reprise
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